日が再び昇る時
三月八日、というらしいです。
あの方が再びこの世界に生を受けた日。
私はヒトの暦になど興味はありませんでしたが、
素敵な音の並びだな、と思いました。
「ラインハルト!」
あの方が、明るい声で私を呼びます。
転生したあの方は、
以前のような黒髪ではなく、
日の光で明るく輝く狐色の髪。
「帰ってきてたんなら声掛けろよな!」
「レオンの誕生日は、皆さんで祝うんでしょう。
それなら、私はお邪魔ですからね。」
特にあの、武神の生まれ変わり。
レオンの相棒面して、邪魔だったらありゃしません。
レオン、と。
お呼びしていいと、言ってくれました。
あなたを殺してから経た二千年ののち、
懐かしく、新しいあなたは、
私から再び管理者を奪って、
あなたのために捧げた孤独に報いてくれました。
私は管理者を代替わりしましたが、
そのあとレオンは私にとどめを刺さなかったらしく、
不老不死の体のまま、次に殺されると死ぬという条件だけがついた状態です。
そう、つまり殺されなければ永遠の命。
今の管理者であるレオンと、今度こそ。
永遠に一緒にいられるということです。
今は、確信しています。
私も世界に愛されていました。
こんな奇跡を与えてもらえるくらい、
私は精霊たる彼女らの愛し子だったのです。
愛は捧げるものだと説教してやった雷神は、
転生した炎の神と、再会を誓った最愛の人と、
三人で楽しそうにしています。
仲間に誰も欠けてほしくないだけだった地神は、
レオンに今日も熱烈な讃歌を捧げています。
水神は前世では特に私に楯突くこともなく、
地神を深淵の廻廊で殺した短命種に復讐しようとして、
同じく殺されたのでしたね。
今世でも非常にマイペースな人ですが、
地神とはやはり馬が合うようです。
風神は転生してもレオンに逆らっていましたが、
老いてから丸くなり観念したのか、
再び長命種になりました。
武神は、まあどうでもいいです。
なんでまた私に似てるんですかね。
正直、すごく、すごーく嫌です。
彼らにとって私は、斃すべき敵だった筈でした。
だって私はこの世界も、滅ぼそうとしていたのですから。
しぶとく生き残っていた短命種を駆逐しようとしていたのですから。
それでもレオンは、
私を再び愛してくださいました。
私が愛する人のためにただひとり世界に取り残された、
うつくしい罪人であることを理解してくれたのです。
レオンが許したからといって、
他の英の仲間達が快く受け入れているとは思いません。
特に武神。
だからせめて今日という日は、
あの方の元を離れて、
極北へ行ってみようと思い立ったのでした。
白亜の十字塔は、健在でした。
誰も維持する者がいなくても、
海水面が上がって海から突き出す形になっても、
あの厳しい環境の中でしっかりと立っていました。
それはあの方が立てて、
私が仕上げに使った、墓標。
楽しいこともいっぱいあった気がします。
悲しいこともいっぱいあった気がします。
もう、個々の記憶などよほど強烈なものしか覚えていません。
主神様のお顔すら、曖昧だったのですから。
それでも忘れられないほど、
私はあの方が大好きでした。
もう一度会えたら、と。
会えないならいっそ、私も世界に溶けたいと。
命の巡りに還りたいと思うほど、
私はあの方に焦がれていたのです。
「……ありがとうございました。」
私は最上階の空の玉座に声を掛けました。
もう、大丈夫です。
皆、皆もう、あの方のそばで幸せそうにしています。
そして今度は、私も。
あの方の名前を呼んで、
あの方の笑顔を向けてもらうことができるのです。
相変わらず下手くそな笑顔ですが、
それでもいつかは腹の底から、
笑ってもらえるようにしたいですね、
と、地神とこっそり約束もしました。
恥ずかしいので、内緒です。
「あなたも、レオン、でしたか?」
もう確認することはできないけれど。
忘れた記憶は、戻らないけれど。
ああ、でも、その響き。
何故かきっとそうだと確信できてしまうのです。
「……レオン。
愛していました。
そして、これからも。
愛しています……主神様。」
そして、私は最愛の人のもとに飛んで帰ったのです。
あの方の誕生日を陰からお祝いするために。
……そのつもりだったのですが。
「ほら、ラインハルトは、この席な!」
「……もうちょっと何とかならなかったんですか。」
レオンに案内された席は、
レオン、風の神、私、武神の順。
「フッフ、うつくしくない老婆の隣は嫌かい?」
「俺だって我慢している。俺より器が小さいと証明されたな」
「やめろ! おい! ララ打つな!!
どうせお前ら離しても喧嘩すんだから厄介なのは一箇所にまとめとくんだよ」
「さすがレオン君は天然無慈悲ですね……。
でもほら、ラインハルトさん。
今日ばかりはレオン君が主役ですよ!
耐えて耐えて!」
地神に囃され、私はぐっと堪えました。
「何を言ってるんですか。レオンはいつでも主役です。」
「ああ、ハイ、もうそれで納得してくれんならいーからさ……。
それじゃ、皆……
今日は俺の……
俺って、歳、いくつだ?」
「百五十四歳になります。」
「サンキュ、ラインハルト。
えー、百五十四回目の誕生日のお祝い、
開いてくれてありがとう。
食べたり飲んだり贅沢する必要はない体になったけど、
こういうのは気分だからさ!
今日は楽しんでくれよな!
それじゃ、乾杯!!」
乾杯!と威勢のいい声が
大きいテーブルの周りから一斉に上がり、
その輪の中に私も入っていて、
ああ、この胸に響く感覚、
とても温かいな、と。
私の顔が自然と綻ぶのを感じながら、
そのうつくしさを堪能していたのでした。
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