明けない夜の訪れ

 それ以来、主神は壊れてしまった。



 私が最後の一押しだったのだろう。



 もう何も話さぬ、

 起きて外を眺め、

 長い眠りにつく、

 少年の姿の人形。



 色々気を引くことも試した。

 聖獣をけしかけてみもした。

 無反応。

 そして、ごくたまに、

 まだ殺さないのか、と。

 暗い熱を帯びた目を、

 私に向けてくる。



 残った神々はとっくに諦めて、

 私を中心に世界の管理を回すように要請してきた。


 くだらない仕事だ。

 うつくしくない。

 短命種に割ける愛など、私は持ち合わせていない。


 やがて武神と炎の神が私の管理に反発するようになった。

 主神がかつてやっていた天網のやり方を再び勝手に作って、

 結局私に押し付けにきたりもした。

 ならばお前達が主神代行をやればよいのに。

 そしたら、私はずっと、人形遊びに興じられるのに。


 主神が止めないから、

 私は二柱を殺した。


 この世界に神なんか不要。

 いいや、

 神にこの世界なんか不要。


 邪魔な武神達を取り除けたので、

 私は棺桶作りに精を出すことにした。

 誰の?

 勿論、お人形の。



 さあ、さあ、仕上げの時間です!

 やっと、やっと、救われますよ!

 良かったですねぇ!

 ねえ、

 そう思いませんか?

 ねえ、

 答えてくださいよ。



 大いなる者は、世界の意思は、

 短命種に代替わりをさせようと動き始めたようですが、

 短命種如きが私に勝てる筈もありません。

 力を蓄えもせずにのこのこと極北に飛び込んで、

 ぱぁん、と弾けてしまいました。


 腐っても大いなる者に目をかけられていた連中です。

 もっと深淵の廻廊で苦しんでいれば、

 少しはうつくしくなれたでしょうに。

 勿体ないですね。


 ええ、ですが、

 私の仕上げを邪魔されるわけにはいきません。

 世界は全て戦火にくべてやりました。

 ヒトの混乱はヒト達が引き起こしたものです。

 私は頭を綺麗に刈ってやっただけ。

 庭師のように、粛々と。

 うつくしくしてやっただけなのです。

 けれど、ヒトの法則を理解した私は、

 それで十分燃やし尽くせることを計算しておりました。


 さあ、迎えにいきましょう。

 この世で一番うつくしかったひとを。

 私が唯一愛したひとを。

 全て、過去にしてしまったひとを。





「……ラインハルトだね。」


 ■■■は、十字塔の最上階にいました。

 世界中が混乱の戦火に燃え始めてから、

 主神は急に息を吹き返したようでした。

 きっと私が終わらせる気になったのを、

 あなたは心から喜んでいるのでしょう。


 惜しいな、と思います。

 今のあなたとなら、

 今でもずっと一緒にいたいと思うのに。

 それを打ち明ければきっと、

 再び絶望するんでしょうね。

 うつくしくない勝手なひと。


 世界で唯一うつくしい私は、

 優しく微笑んで頷きました。


「美へと誘いに来たのです。」


「分かってる。外を見たよ。

 ……きれいになったね。」


「長くかかったけれど。」


 私がそう言うと、主神は私から目を逸らし、

 いつもの悲しそうな笑顔を浮かべました。


「長い間……待たせてしまったかな。」


 いいえ。

 あなたと再び言葉を交わせるのは嬉しいですが、

 この時をここに選んだのは私ですので。

 あなたが苦に思う必要はない。

 あなたが私にできることは、何も無いんです。


「待たせたのは私の方です。

 あなたを最後にしてしまった。」


「そう。私だけがうつくしさから遠ざけられていた。」


「うつくしくないものから、うつくしくするんです。」


「うん。ずっと……待ってた。

 君が来ないならば、自分でやるつもりだったよ。」


 主神はあどけない顔に真剣な表情を浮かべ、

 まっすぐ私を見てきました。


 そうですね、

 もし私が大いなる者の意思を受けた短命種達に敗けていたら。

 あなたはこの世界を終わらせるために、

 何だってしないといけなくなるところでした。

 そんなのは、残酷過ぎるから。

 あなたの味方は、

 ちゃんと正義に勝ちましたよ。


「それは無駄ですよ。

 うつくしくないものは何をやっても、

 うつくしくはなれない。

 あなたがどれほどあがこうとも、何も変わらない。

 むしろ、もっと穢れていくだけ……。

 そんなのは、耐えられない。」


「分かってるさ……。

 うつくしさと幸せとはちがうものね。

 幸せなんて、生きる者の妄想だ。」


「はい。」


 そう……ですね。

 私が幸せでなかったと感じるのは、

 私のうつくしくない部分とは関係なく、

 もっときっとどうしようもない、

 世界に対する恨みのようなものだったのかもしれません。

 不思議なひと。

 あなたとの会話はいつも驚かされてばかりなのです。

 生ける屍になってしまっても、変わらないなんて。


「……リン達は、どうなるでしょう?」


 もう少しあなたと話をしていたくて、

 私はちょっとだけお喋りをねだりました。


「精霊達は、生きない、死なない。

 君に任せるよ、うつくしいひと。」


「彼らは、大地は、生を育む。

 うつくしくないものを創る。

 どうしてでしょうか?」


「うつくしくないものを、うつくしくするためさ。

 だから、すべていずれ滅ぶ。

 そうだろう?」


 全てうつくしくないから、うつくしくなれると。

 では初めからうつくしかった私は、

 初めからこの世界には向いていなかったのですね。


「……分かりました。

 では次には、私も創りましょう。」


 うつくしくないものが存在しない、

 何もない世界を。



 私が何か吹っ切れたのを感じ取ったのか、

 主神はふわっと微笑みました。


「君は良い。

 君は美の神、死の神だから。

 存在がうつくしい。

 でも私は……うつくしくない。」


「待ってたんですね。私を。」


「そう……生まれた時から、ずっと。

 生きたかったのは、死にたかったから。」


 あなたが本当に欲しかったものは、

 仲間でもなんでもなく、

 死の許しだった。

 私はそれを勘違いして、

 あなたの苦しみを取り除こうとして、

 あなたを壊してしまった。


 初めの千年は、うつくしかったですね。

 あなたは私に期待して、

 私はあなたに満たされ、

 幸せだという夢を見られた。


 この千年は、うつくしくなかった。

 あなたは私に失望して、

 私はあなたを渇望して、

 幸せが壊れたと思っていた。


 今のあなたはこの世で一番、うつくしくないから。


「あなたは一番、うつくしくなります。」


 私はそう断言して、

 あなたの首を、刈り取りました。

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