第18話 俺を“待っていた”のは
走る。
体力が落ちているのを、自分でも感じた。
右足の靴の紐が解ける。
ああ、こんなに走ったのいつぶりだろう。
それでも止まらない、止まれない。
この世界から脱出する方法が分かったから。
もちろんキーとなるのは、【暁の層楼】。
街の郊外にあるこの高層ビルこそ、久遠の予想通り、大切な場所なのだ。ただ、役割は彼の言っていた「世界の中枢」ではない。――中枢、というよりかは「出口」の方が正しいかもしれない。
今から俺はそこに行って、世界から出る。
そして、“久遠を助けにいく”――――。
*
「はぁ、はぁ、はぁ……」
つい先日見たばかりの高い建物が、俺の前にそびえている。ここはあの、久遠と待ち合わせをした広場だ。ずっと、止まることなく走ってきてようやく着いた。肺と喉が悲鳴を上げている、荒い息で酸素を取り込む。……早くしなければ。“俺の記憶がまた消えないうちに”、全てを終わらせたいから。
俺は地面を蹴って、ビル正面入口の自動ドアに突進した。センサーが反応してエントランスへと続く扉が開く。カウンターには、この前と同じように人影はない……だけど、わかる。
この建物には俺を待っているヤツがいる。
その証拠に、この前潜入したときは消えていた廊下やロビーの照明が、今は消えていない。
「早く……早く、しなきゃ」
久遠のカメラがとらえていた廊下の映像を思い出し、エレベーターを探す。少し走ると、あった。あの、変な模様の装飾がついた重そうな扉。
震える手でボタンを押して、来たエレベーターに乗り込む。目指すは最上階、きっとあのカメラ搭載ロボットもビルの一番上まで行ったのだろう。そして、扉が開いた瞬間、あの白衣の男が映った。
たぶんアイツが、“久遠を待っていた人”だ。
だから、おそらく今は。
“俺を待っている人”が、最上階の扉の先に居る。
エレベーターは、ゆっくりと上にのぼっていく。俺を階数表示の電光板から目をそらして、背中側に視線を向けた。そこにはガラス張りの壁――透明な板の向こうには、この世界の見慣れた町並みがあった。
よくクイズ会場になっていた街の噴水広場。
和洋折衷っぽい作りの【日時計の鐘】。
久遠と出会った場所の近くの公園。
そして、俺の家があるマンション。
それが、エレベーターの上昇につれて、遥か下方になっていく。小さくなって、目を凝らさないと何処か見えなくなる。瞬きをして、俺は再度階数表示に目を戻した。
――そこには、数字は書いておらず。
ただ、「出口階」との文字が光っていた。
軽快な電子音。
「最上階です」というアナウンス。
扉が開く。そこには――――。
『待たせたよね、ごめん』
短い黒髪ストレートで、赤みがかった瞳のヤツが。
『迎えに来れたよ』
少し情けなさそうな表情で、片手をあげていた。
ソイツは、よく知った顔をしていた。
毎日、顔を洗うときに鏡の中にいる顔だ。
エレベーターを降りた先に居たのは、俺だった。
「遅かったじゃん」
『うん……でも、それはお前が謎を解くのが遅すぎたからだけど』
「だって記憶が書き換えられていたんだもん」
『あ、ごめん、お前の記憶消したの俺だわ』
俺の目の前で、『俺』は笑った。
その弾けるような笑顔を見て、俺は安堵する。
よかった、“そっちの俺”も、気持ちを落ち着かせることができたみたいだ。
「じゃあ、『そっちの俺』」
『やだなぁ、その呼び名』
「……なんて呼ぶ?」
『神尾来翔くん』
「自分に、くん付けはキモすぎるって」
もう一人の俺にツッコミを入れつつ、俺は息を深く吸って吐いた。そして口を開いて問う。
「ねぇ、俺の答え、言っていい?」
この世界の謎の正体、そしてこれから俺がどうしたいか。きちんと考えて、考えて、間違ってるかもしれないっていう不安も抱えながら――――それでも、俺が出した答えを。
今から“俺”に伝える。
『いいよ。ただしお前が、もとに戻りたいって思うなら』
「うん、戻りたい」
『じゃあ言ってみて。こっちは準備できてるから』
「わかった……じゃぁ、世界の正体の話からする」
俺と“俺”の目が合う。
さぁ、始めようか。
俺の、俺による、俺のための、謎解きタイムを。
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