第17話 蘇る記憶は
その記憶を思い出した瞬間、「ああ」と思った。今まで俺は何を勘違いしていたんだろう。こんなに簡単な間違いを、根本的なところでしていたっていうことに、今更ながら気づいた。
まず、この世界の捉え方だ。
俺は、この世界に来た瞬間から、異世界転移というものが自分の身に何らかの理由で起きてしまったものだと思っていた。
でも違った――――俺は。
この馬鹿げた異世界に「来てしまった」んじゃない。自分から「来た」んだ。
思えば、この世界に来たときから頭の中にあった『記憶』は出来すぎていた。そこそこの偏差値で、そこそこ楽しい学校で、そこそこの青春を送っている俺……違う、現実はそんなんじゃなかった。
いじめや仲間外れがあったわけではない。だけど俺は、クラスに上手く馴染めていなかった。そのうえ勉強だって、できないわけじゃなかったから……授業を受けなくても、家でやれば追いつける程度だった。入ったサッカー部も、すごく楽しいってわけじゃなかった。
……俺、学校来る意味なくない?
そう結論を出した俺は、徐々に学校を休むようになった。勉強だって、きちんとやった。庭や近所に出て少しは体を動かした。学校に行かなくても生活できた。わざわざ学校という社会に出て人と関わらなくても、何ら俺の人生や生活に代わりはなくて、むしろ鬱陶しいものが消えたと――そう、思った。
いわゆる不登校というものだったのだ。
記憶が蘇った今だからこそ、気づくことがある。
あの日――久遠と、【暁の層楼】前で待ち合わせたときに、少し走っただけで息切れがしたのも。
「来翔……おまえ、運動できそうな見た目してるのに、そんなんで息切れるのかよ」
「……え、俺、サッカー部だぜ」
「そーなのか」
「ん。前の世界で、の話だけど」
「その体力でサッカー……きついと思うけどね」
当然だったのだ。だって最低限の外出しかせず、家の中に引きこもっているのだから、体力が落ちるのは当たり前だ。
そして、もう一つの世界の謎。
あるとき感じた違和感――それは。
この世界の人々が、誰も自分以外の人間に話しかけようともしないし、接触しようともしないということ。
久遠に話しかけられたあの日、感じたのは久しぶりの感触――人と話すこと、交流することのあたたかみというものだった。だからもしかすると……この仮説が正しいのかはわからないけれど。
「世界に集まっているのは、俺みたいに社会との関わりを絶った人たちなのではないだろうか。」
あの会社員っぽい人も。
あの女の人も。
久遠も、俺も。
社会が嫌になって、そこから離れて。
逃げるしかなかった人間なのではないか。
だとしたら、少しはこの現象に説明がつく。皆が誰とも交流を持とうとしなかった理由――「コミュニケーションが苦手だから」もしくは「人と関わることに嫌な思い出しかないから」とか。
そういう人たちが集まる異世界。
そして、推測を立てるとするならば、ここは。
現実に「存在する」場所ではない。
言葉で表すとするならば――「精神世界」。
でもここまで言ったことはすべて、俺の予測に過ぎない。その真偽を確かめるためには、そしてこの世界の正体を知るためには。
――元の世界に戻るためには。
俺は、勇気を出して歩き出さねばならない。
久遠が、目指していた場所へと。
それは――【暁の層楼】。
そこで全ての謎が解けるはずだ。
俺は玄関に置いていた運動靴を履いて、そのまま家を飛び出した。
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