第19話 「戻る」為には


「まず、この世界は、実在する空間じゃない。人間の『人格』が持つそれぞれの精神的な世界を、くっつけたみたいな……『精神世界』だ。バーチャル的な感じって言ったら分かり易いかもしれない」


『うんうん、そうかもね』


 向こうの“俺”はニコニコと笑いながら、話に相槌をうって聞いてくれている。それがわざとらしくもあり、でも真剣に聞いてくれているようでもあり、少し戸惑う。


 でも構わない。俺は続ける。


「正直、〈幽冥の聖騎士〉が何なのかは分からなかった。それに該当する人間が居るのか、それとも共通の精神世界に住みついた俺たちの意識から生まれたものなのか、という予想しか立てられなかった」


『うん、それで?』


「で、まぁソイツが支配している、この世界の存在意義。そして仕組み――それが分かったんだ」


 息をまた吸う。

 吐く。

 久遠が残した手がかりによって、出された結論。

 それを、今から言葉にして、俺に伝える。


「ここは、俺みたいに社会に出なくなった人たちが、二つの人格に分かれて、その片割れが住む場所なんだ。一つの人格は、肉体の中に存在して、引きこもっている場所で今まで通り生活をする役割。それがお前。それで、」


 俺は人差し指を自分に向ける。


「俺は、お前の片割れ。『神尾来翔』の分かれた二つの人格のうちの一つ。その役割は『この精神世界のうちに存在して、ただひたすらにクイズに答えつづける』」


 俺がそう言った途端、もう一人の俺が目を細めた。


『ふうん、じゃあさ。その、クイズに答える、が指す意味合いまでは考えた?』


「ああ」


『教えてよ』


 少し意地悪く笑う眼の前の俺。その様子を見て、俺は自分の予測に確信に近い何かを感じる。やっぱり“そうなのだ”。



「俺たちは、精神世界での早押しクイズというのを通して、戦っているんだよ」


『戦う? なぜ?』 


「……それは、俺たち人格の性格の違いから生まれるものだ。


 たぶん……肉体に宿って、現実世界で生活をする方が『社会に戻らなくて良い、戻りたくない』っていう考えのほう。


 そして、俺、つまり精神世界に放り込まれた方は、最初――まだ俺たちが分かれる前に、わずかに神尾来翔の意識の中に残っていた『社会に戻りたい』っていう願望」


 俺は、目の前の俺を見つめる。


「きっとそうだよな。そのためにお前は……現実世界にある意識の方は、引きこもるのをやめようっていう意見を持つ側の人格の記憶を変えたりするんだ、戦略としてね。


 この戦いの勝ち負けは単純。精神世界の人格が、元の世界に戻りたいっていう思いを強めて、世界の謎を解くことが出来たら、こっちの勝ち。だけどその途中で、何故か実施されているクイズで間違えたり、社会に戻りたいっていう気持ちをなくして世界から消えたら負け……再び人格は一つになって、何事もなかったかのように引きこもったままになる」



 そういうことなんだろ?



 俺が念を押すように言って口を閉じると、その後は暫く沈黙が続いた。そして、今度言葉を発したのは“向こうの俺”だった。


『おおかた――間違ってはいないよ。俺とお前は、神尾来翔の分かれた人格のうちの片割れずつで、二つの意見が一人の中で争っているっていう見方もそれでいい』


 だけど、と“俺”が一歩近づいてきた。


『完全に意識が別れて戦っているわけじゃないってことは、知っておいて欲しいかな。確かに俺としては、別に学校なんて行かなくていいし、人間関係なんてめんどくさいだけだって思うよ。二つの人格が居るってのも鬱陶しかったし……でも』


 目の前に、片手が差し出される。


『俺の中にも、社会に戻っても良いかもなっていう考えがあったのも事実なんだ。だから、完全に分かれていたわけじゃないってこと。


 そして、お前は今、クイズに正解し続けて、この世界の謎を解いた。そしてそれを俺に伝えに来てくれた……で、俺もこの【暁の層楼】だったっけ。精神世界と現実世界の狭間までこうして“迎えに来ている”。


 お前が、俺の考えを変えたんだ。

 だいぶ変わるのに時間がかかっちまったけどな。だから言っただろ、「待たせてごめん」って』




 そう、“もう一人の俺”は、笑顔を浮かべた。


『じゃ、最後のクイズだ』


 目の前のそいつは、少し泣きそうな顔で。

 差し出していた手を、更に俺の方へと近づける。


『問題、……精神世界に存在していた神尾来翔の人格は、このあと現実世界の人格が差し出した手を取って、元の世界に戻るでしょうか!?』


 まるで、あの〈幽冥の聖騎士〉のような口調で言う、目の前の“俺”。


『ミスタッチなしで答えろよ?』


 出題者からこう言われては、間違えられないじゃないか。俺は苦笑しながら、小さく、だけど力強い口調で答えた。

 


「……うん、戻るよ」


 

 俺は“俺”の手を取る。






「「おかえり」」


「「ただいま」」





 まばゆい白い光に包まれて、二つの神尾来翔が重なった。再び、一つになる――――。

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