第2話 生きるも地獄、死ぬも地獄

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 ◆ ◆ ◆



「――4ぬ4ぬ4ぬ4ぬ!?」


 パーティーを強制離脱させられた俺。新鮮な人肉に飢えた迷宮の魔物に文字通り、4ぬほど追い掛け回されていた。

 しかも全身に、魔物を引き寄せる匂いがこびり付いている。ったく、とんでもねぇ置き土産を残したもんだ!


 俺には『死ねない理由』があった。病弱な義妹いもうとが一人いて、名をレンという。孤児院で育った俺たちは、実の兄妹けいまいのように幼い頃から支えあって生きてきた。


 だが、レンは生まれつき病を抱え、完治するには高い治療費が必要だった。そこで俺は、手っ取り早く稼げる探索者シーカーを選んだ。

 この世界には無数の『迷宮』があり、内部には人類がまだ見ぬお宝や希少な素材が、数多く眠っている。


 当然、我先にと迷宮に潜る者が続出したが、9割以上が『帰らぬ人』となった。これを重く見た国はギルドを通し、迷宮探索の『専門職』を至急作るようにお達しした。


 シーカーの任務は未踏破の迷宮の地図作りマッピング、依頼された素材の採取、迷宮を荒らしまくる賊徒の拘束or排除、危険度の高い『凶悪種』の駆逐、さらに『遭難者』の救助など多岐に渡る。


 俺は半年の訓練を経て、無事にシーカーなれた。孤児院からの助成金も大きかった。『必中』スキルがゴートらパーティーの目に留まり、スカウトされたのだ。


 連中も最初は俺のスキルを頼って、給金も弾んでくれた。レンの容態も、一時期安定したしな。もっとも最近は、出し渋っていたが。


 荷物がなくなって、俺は機敏に動けた。自慢じゃないが、訓練生時代は成績優秀だった。俺は素早く、狭い隙間に滑り込む。ここまで、大型の魔物は追ってこれない。そのまま進むと、広い空間に出た。


「クソッ、マジでどうしてこうなった……!」


 俺はその場に座り込み、悪態を吐いた。喉を潤そうにも、荷物は引ったくられた。幸いあちこちに湧水があったので、俺はそのまま顔を突っ込んで夢中ですすった。


 迷宮はプロのシーカーでさえ、遭難することがある。その場合、自力で生還しなければならない。訓練が活きてきたな。次は腹ごしらえか。


 まずは『武器』の確保だ。一応、素手でも『1ダメージ』は通るが、俺の体が持たない。俺はその辺の石を拾って、一心不乱に尖った地面を削り始めた。


 幸い訓練生時代、ブーメランの名手に師事することができた。『全体攻撃』ができるブーメランは、俺の『必中』と相性がいい。

 奴らと組んでた頃も、それで効率よくレベルを上げれた。


「よし。急拵えだが、こんなもんか」


 いびつな即席ブーメラン。まるで今の俺の心境みたいだ。素人が扱ったら、ケガじゃ済まねぇだろうな。まぁ見てくれなど、どうでもいい。『武器』として機能すれば。


 ガサガサ……!


「……何か居やがるな」


 俺は気配を察知して、臨戦態勢に入った。スキルは必中以外使えないものの、訓練の賜物でわずかな物音も聞き逃さなかった。

 奴らと組んでた頃も、哨戒しょうかい役を押し付けられたしな。さっきから、何かの『視線』を感じる。辺りを警戒するもいない……!?


――シャアァアアッ!


「…………っ!?」


 俺は身の危険を感じて、咄嗟に飛び退いた! 上……!? ブゥウウゥンッ! 耳障りな羽音を立てながら、虫型の魔物が宙を舞った!

 コイツらは見覚えがある。単体では大したことはないが、集団だと厄介だ。


 俺は狭い通路まで引き返し、そこで迎撃することにした。ここなら連中は入ってこれない。ひたすらブーメランを放って、地道にダメージを与えていく。


 ブーメランの利点は、空中の敵にも届く点だ。俺の必中スキルなら、尚更だ。

 ペチペチやってりゃ、いつかは全滅するだろ? 忌まわしいライノスの台詞を思い出したが、時間さえ掛ければ倒せるわけだ。



 俺はひたすら、ブーメランを投げ続けた。持久戦は得意なんでね。



 ◇ ◇ ◇


 どれくらい経っただろうか? あれほどいた虫は、数えるほどしかいなくなった。なんせ迷宮の中だから、昼夜すら分からない。

 残りは壁に止まっている。俺は隙を見て、解体バラした虫の死骸を通路に運ぶ。そして……


 ガブッ! 一切躊躇ちゅうちょすることなく、死骸にかぶりついた! バリボリムシャ! 生々しい咀嚼そしゃく音が響く。


不味まずいな……ゲテモノは美味って、相場が決まってるんだが。まぁ喰えるだけマシか」


 何も驚くことはない。利用できるモノは、何でも利用する。サバイバルの基本だ。空腹で動けなくなるより、よほどマシだ。

 キレイに平らげた俺は、よっこらせっと腰を上げた。さてと……残りの虫どもを片付けて、寝床を確保すっか。


 が、残った虫は慌てて飛び立っていった。なんだ……? そう思ったのも束の間、虫より遥か大型のカマキリの魔物が飛来した!


「バカな……なんで『迷宮ボス』が、こんな浅い階層に……!」


 俺は戦慄した。本来、迷宮ボスは最下層のフロアに居る。まさかエサを求めて、ここまで来たのかっ!? ギロリと凶悪な双眸そうぼうが、俺を捉えた。

 ボスだけあって、この迷宮で天敵などいない。元メンバー四人掛かりなら、なんとかなったかもしれない。


 今の俺は、1ダメージしか与えられない非力だ。それでも俺はきびすを返して、必死に走った!

 また狭い通路に籠城ろうじょうして、地道に体力を削っていくしかない。気が遠くなる作業だが、それしか生き残る道はなかった。


 だが……


 その淡い『希望』すら、一瞬で打ち砕かれた。



 俺はイヤな予感がした。振り向いて正解だった……。でなければ、俺の首は胴体とおさらばしてただろう。

 カマキリが前肢を交差して、鎌鼬かまいたちを放ってきた! すんでのところで、かわせたのは奇跡に近い。その代償は……


 

 宙に跳ね上がる俺の右腕・・……俺はその光景を、どこか他人事のように感じた。次の瞬間までは。



「――あああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」



 右肩の付け根からほとばしる鮮血。迷宮内に木霊する俺の絶叫。時間差で、右腕を武器ごと『斬られた』のだと悟った。

 俺の右腕は、そのまま奈落へと墜ちていく……。俺はそれを、眺めるしか出来なかった。


 唯一の武器が……素手で戦うなど論外だ。カマキリの射程に入った瞬間、俺は細切れにされる。


 詰んだ……俺は右肩を抑えながら、後退するしかなかった。カマキリは鎌鼬は飛ばさず、ジリジリと俺を追い詰めていく。

 無抵抗の獲物をどう料理してやろうか? と思案しながら。



 俺は『ここまで』なのか……? イヤだっ、死にたくない! 俺がいなくなったら、誰がレンの面倒を見るんだっ!? 奴らにコケにされたまま終わるのかっ!? 誰か俺を助けろっ、神でも悪魔でもいいからよっ!!



 俺の頭の中は、ひたすら『助かりたい』気持ちでグルグル回っていた。故に背後に壁などない・・ことに、微塵も気づかなかった。



 不意に足元の感覚が消えた。踏み外して、俺の全身は空中に投げ出された。そのまま右腕の後を追うように、俺も奈落へと墜ちていく……。


 嗚呼……この世界に神などいない。あるのは、残酷なまでの『理不尽』さだ。レン……最後に一目会って、こう告げたかった…………。



    こんな兄貴でゴメンな……と。

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