言葉の意味

科学を学ぶうえで最も大切なことの一つが、「概念の定義」を明確に意識することだ。小中学生のみなさんが(場合によっては高校生も)、「直線と半直線と線分」「有向線分とベクトル」「重さと質量」「速度と速さ」「変位と道のり」「電位と電圧」等の基本用語の意味に対する理解が不十分であるために「道に迷う」ことも珍しくない。さらに、「直線」や「倍数」の意味が小学校と中学校で微妙に異なっていたりすると、数学嫌いがますます増えるのではないかと危惧される。


最近、テレビ番組を見ていて気がついたのだが、この10年近くヘイトスピーチを陰ながら応援したり、自分たちと異なる主張をする者に対し「左翼・反日」というレッテルを貼ることに熱心だったように見えた人たちが、巧妙に言葉を選びつつ「反日という言葉を使うことは社会の分断につながるので控えたほうがよい」という趣旨のことを「こんな人たちにお願い」し始めたようなので、まるで自分が「御一新」か「Give me chocolate! 」の時代にタイムスリップしたような不思議な感じがした。(今は「2022年の瓦解」の真っ只中である)


あまりに不思議なので、自分の認知能力が加齢に伴って低下(いわゆる老化)したのかと不安になったほどである。しばらく考えているうちに、文脈依存的な「言葉の意味」があまりにも自分の常識とかけ離れている(私の辞書に載っていない?)ために生じた混乱であることに気づいた。


【反日 】


① 日本に反対すること。日本や日本人に反感をもつこと。(広辞苑)


だと漠然と思っていたが、


② 自分に敵対する勢力であると見なす相手を罵倒するための「一種の枕詞」(=挨拶がわり?)


③ 1945年8月15日以前の大日本帝国時代に味わった自分または自国の屈辱を忘れないこと、あるいは売国奴を許さないこと(= 普通の意味で「愛国的」であること)


等々、国や文脈によって同じ言葉が全く別の意味で使われているらしいことがわかってきた。そのように理解するならば、政敵や論敵を「反日」呼ばわりしていわゆる「ネトウヨ」を陰で操っていたとも噂される人たちが、逆に「反日カルト」呼ばわりされることによって、自ら手懐けてきたネトウヨの餌食になりかねないとの焦りから「手のひら返し」をしても驚くには当たらない、ということになりそうだ。


(現代数学では「直線+無限遠点=円周」になるそうだ。右翼と左翼の違いも、化学における「光学異性体」程度の違いしかないのかもしれない。つまり、右回りでも左回りでも結局目的地は同じ(どちらも過激派?)ということだ。)


こんな具合に自分の中では「一応すっきりした」のであるが、プロの政治家・プロの政治評論家・プロの市民・プロの政治部記者の方々には、我々「一般市民」にも容易にわかるような用語で語り合ってほしいものであるとも感じた。これからの政治を語る「プロの方々」には、「反日・愛国」「保守・革新」「右・左」「自由・リベラル」のように令和になって言葉の意味が「メルトダウン」を始めてしまったような紛らわしく古臭い用語を避けて、「若い世代にも通じる平易で新しい言葉」を発することをお奨めしたい。


小林秀雄が「自由」という評論の中で、精神の自由の何たるかを理解しない日本の文化論は「学問でもなければ批評でもない活字のお化けになって行くだろう」と指摘している。同様の意味において、「令和の日本の政論」が「壮大な活字と映像のお化け」にならないことを願っている。


2022.9.4

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