致命傷
先ほどまで二頭のフリークスが暴れていたせいで、足跡を含むその痕跡が掻き消えており、誰一人その存在に気付かなかったのだ。
襲われた男は痛みで声を上げながらも、持っている銃から弾を放った。構えも何もない姿勢から放たれた銃弾は、それでも至近距離で撃たれたこともあり、化け物の脇腹を貫通した。
反撃されたことに怒りを露わにしたフリークスは、一度顎を猟師から離した。そしてうなり声を一つあげると、再度噛みついた。その牙は男の首筋に突き刺さる。そのまま己の頭を振り回す化け物。刺さった牙は傷を広げ、そのまま肉をえぐった。その血肉の隙間から骨が露わになる。
「おい、嘘だろ」
遠目から見ても明らかに致命傷だと分かり、リクシは声を震わせる。一つ目の獲物を仕留めたフリークスは、最早その死体に興味を無くし、すぐ側で同じく煙草を吹かしていた男に狙いを定めていた。
血を滴らせながら、男たちを威嚇する異形は、既に駆除された個体と一目で分かる差異が数点あった。
まずはその大きさ、リクシが遠目から見ても先ほどまで対峙していた個体よりも一廻りほど大きい。そして異様とも言えるのがその形状だった。前脚と後ろ脚の二対の脚に加え、脇腹に当たる位置からそれぞれ左右に一本ずつ生えた脚があり、その化け物は計六本の脚を持っていた。そして、血で汚した顔面に視線をやると、眼球が二つ忙しなく周囲を警戒していた。従来の生物なら顔の左右に位置するはずの眼孔は、顔の中心で縦に並んでおり、三人の男の動きを窺っている。
今までの個体よりも不気味さを一層増した異形を前にしてか、それとも先ほどまで談笑していた仲間がやられたからなのか、近くでフリークスに牙を剥かれた猟師は後ずさりながら歯をガタガタと鳴らす。
恐怖に自制心が負けそうになりながらも、銃はしっかりと構えたままだ。しかし、その標準は震える身体のせいでしっかりと定まらない。
いつ飛びかかられてもおかしくない状況で、男は少しでも距離を取ろうと、化け物に銃口を向けたまま後ずさりをする。その距離を維持するように、フリークスはじりじりと男に近付く。その緊迫した状況を一発の銃声が崩す。男に化け物の注意が向いている隙に、アオキが一発の弾丸を放ったのだ。
銃声の瞬間に化け物の身体は飛び跳ねる。しかしそれは銃弾を食らった反動ではなかった。
「避けやがった……」
リクシがその光景を見て唖然とする。
化け物が弾丸を食らったのは、死んだ男が放った一発のみ。銃声の途端にその場を飛び退いたということは、その一発でフリークスは銃という武器を理解したことを意味していた。
「勘弁してくれよ……。その意味分からない身体で知恵まで持ってるなんてね」
アオキはあまりの事態に射撃姿勢を維持しながらも苦笑を浮かべた。
「リク坊、同時に撃つよ」
リクシは頷きながら標準を合わせた。
「3……2……1……、撃て」
アオキが低い声でカウントを始めると、リクシは呼吸を止めて銃口を化け物に向けて固定し、合図の声と同時に引き金を静かに絞った。
重なった銃声が一度だけ聞こえる。フリークスは同じようにその場から飛び退く。リクシの放ったスラッグ弾は、地面に当たり土埃を上げるも、アオキの持つライフルから放たれた一発の弾丸が化け物の首を貫いた。
猟師たちは弾が当たったことを喜ぶが、すぐに化け物の様子みて考えを改める。生き物であれば急所になるはずの首を貫かれても、その六本の脚はしっかりと地を踏みしめている。
「……クソがっ!」
突如、轟音が続けざまに鳴る。化け物に一番近い場所でその光景を見た男がパニックを起こしたようにフリークス目掛けて銃を乱射し始めたのだ。しかしそれもすぐに装弾数の問題で鳴り止んだ。
それでもなお引き金を鳴らし続け、ようやく弾切れになったことに気付いた男は、震える手で弾を込めようと、片手を弾を仕舞っているポーチに伸ばした。
全弾とは言わないまでも、数発はその身体に弾丸を食らったはずだ。それにも関わらず、大型のフリークスはまだ死んでいなかった。
先刻までギョロギョロと周囲を見渡していた不気味に並ぶ二つの目玉は、いつの間にか、己に銃弾を乱射した男にのみ視線を注いでいる。
震える手でようやく銃弾を取り出した男は、その視線に気付くと、小さく声をあげてその弾丸を取り落とした。
化け物はもう目の前の男が弾丸を放てないことを理解したのか、更に距離を詰めようと脚を動かす。
「た、助けてくれ!」
男は既に半狂乱になっていたのだろう、銃すらも手放し化け物に背中を向けると、助けを求めながら、逃走を始める。化け物はその様子から、完全にその男を獲物と見定め、すぐにその後を追い始めた。
「位置が悪い……なんて言っていられる状況じゃないんだよな」
男が逃げた方向はアオキたちから見ると真反対だった。それを追うフリークスを撃とうとすれば、その直線上に男がいるため下手をすれば彼が被弾してしまう可能性があった。講習などであれば絶対に発砲してはいけない、と言われる状況だ。
それでもアオキは銃を構えた。六本脚から出される速度は常軌を逸しており、生身の人間が逃げ切れる速さではない。放っておけばすぐに追いつかれて噛み殺されることは目に見えていた。
「他のやつには黙っててくれよ」
アオキはリクシに言い含めると、ゆっくりと引き金を絞った。
放たれた弾丸は化け物の身体をかすめる。一直線に飛んでいった先にある木に当たり、幹を削り破片を散らした。
「格好付けといて、まともに当たらないなんてね」
自嘲するように口角を上げると、アオキは再度フリークスに銃口を向ける。
化け物は傷を負うことはなかったが、それでも自分が狙われていることを悟ったのか、アオキの方を一瞥した。
その間に逃げる男は足を止めることなく走り続け、化け物との距離は開いていく。フリークスは段々と離れていく男に向かって一度唸ると、背後から狙われながら獲物を追うのは利が少ないと判断したのか、その場に残っている二人の猟師に対峙する。
二人の銃から数発の銃声が木霊するも、すぐに木々の間に身を隠した異形の獣には当たらない。微かに響く物音からそれは逃げるためではなく、獲物と距離を詰めるためのものだと分かった。二人の猟師はその間に慣れた手つきで装弾を完了させる。
リクシは耳を澄まし、徐々に近付いてくる音を待ち構える。背後から近付く音に気付きながらも敢えて振り返らず、タイミングを待った。
一際大きな音を発しながら、木々の間から飛び出してきたフリークスをリクシは振り返りざまに先ほど装填したばかりの散弾を放った。銃声に合わせて身をよじるも、リクシが放ったのは、今まで化け物が見てきたライフル弾やスラッグ弾のような直線的な攻撃ではない。銃口から広がるように放たれた散弾を避けきれず半身に食らった化け物は地面に転がる。
「知恵がある分、動きが読みやすいんだよ」
リクシは自分の思い通りに事を運んだことに安堵しながら、続けざまに弾倉に残る一発をフリークスを撃ち込む。今度こそ直撃を食らった獣は先ほどまでの低く唸るような威嚇とは違う、金切り声を上げる。
弾を撃ちきったリクシは次の弾を込めるために片手を銃身から離す。その瞬間、見計らっていたかのように獣は反撃に転じた。
襲いかかる牙にリクシはすぐに両手で銃を握り直した。首を狙って開かれた顎は突き出した銃身に阻まれてリクシの身体に辿りつくことはなかった。
傷を負わないまでも、フリークスの体重を乗せた飛びかかりに青年は少しずつ押し込まれていく。牙を防いでいる銃身も化け物の万力染みた力により、目の前で少しずつゆがんでいく。リクシの脳裏に一瞬、最初に犠牲となった猟師が頸動脈を食いちぎられた様が浮かんだ。
「格好付けてしくじるところまで僕の真似しなくていいんだよ、まったく」
聞き慣れた飄々としたアオキの声がし、鈍い音が続く。リクシにのしかかるフリークスの体重が一瞬だけ軽くなった。
アオキは野球のバッターのようにライフルを握ったかと思うと化け物の胴体に向けて一気に振り抜いたのだ。
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