『ブランコ』★

 朝、目が覚めたら、また昨日と同じ一日が始まる。

 明日は今日で、明後日は明日。

 毎日とは、そうやって、ただ“今日”が繰り返されて続いていく、ただそれだけのこと。


 AM6:50起床。

 制服に着替えて軽く朝食を済ませると、いつものように学校へ向かう。学校は嫌いじゃない。友達と会えるから。

 ただ、同じ毎日が続くのは、ちょっと退屈。


 授業中。

 先生の単調な説明をBGMに、私は、窓の外を眺めていた。

 この教室からは、水の張られたプールがすぐ真下に見える。


「あ、雨……」


 私の呟きに、前の席の子が窓の外を見る。


「えー、うそ。……気のせいじゃない?」


「ううん。だって、ほら見て。プールの水面」


「・・・あ、ほんとだ」


 プールの水面が何もないのに揺れていて、幾つもの小さな波紋を作っている。

 これ位なら傘はいらないね、と言って、その子は再び前を向く。

 でも私には、黒板を白く染めていくチョークの動きより、目には見えない小雨がプールの水面に波紋を描いていく様子が妙に気になって、目が離せなかった。


 放課後は、親友と一緒に、駅前でショッピングをしたり、プリクラを撮ったりして遊ぶ。

 退屈な学校生活の憂さ晴らし、と格好付けた、単なる不良ごっこ。

 駅からの帰り道は、自転車で二人乗り。


「そこの二人乗り、止まりなさーい」


 と、白バイに注意される。

 代わり映えのしない平穏な日常下での、小さな刺激。

 きゃー、と叫びながら自転車を漕ぐ親友と、その後で笑う私。

 楽しい。……とりあえずは。


「坂口くん、推薦で○○高校決まったんだって。

 やっぱ、サッカー強い所に行くんだね」


 人通りのない道を自転車で二人乗り中、唐突に親友が口にした名前に、どきりとした。


「ふーん」


「 “ふーん”って……それだけ?

 親友に対する慰めの言葉はないの?」


 親友が振り向いたので、私は笑顔を作った。


「私の愛で我慢しなさい」


 と言って、親友の背中に抱きつくと、自転車がよろめき、私達の笑い声が上がった。

 この瞬間が一番幸せ。これが私の日常。


 その日、親友は塾があるからと先に帰ったので、私は一人、下駄箱へと向かった。


「よぉー」


 へら、とした笑みを浮かべた坂口くんが、そこには居た。

 心臓が、私の意識とは無関係に飛び跳ねる。


 いけない、いけない。

 彼は、親友の“好きな人”なのだから。

 私は、平静を装い、彼に笑顔を返した。


「聞いたぞー、推薦決まったんだって?」


 ああ、と坂口くんが照れくさそうに笑う。


「やっぱり、サッカー続けたいし、さ」


 自分の夢に向かって頑張ってる人。


「ふーん、そっか。がんばってね」


「おう」


 “がんばれ”と言う言葉ほど、無責任で意味のないものはない。

 逆に、それを口にした自分が酷く惨めに感じる。

 私は、「お前は?」と聞かれるのが怖くて、そそくさとその場を逃げ出した。


 夕食後、居間でTVを見ていると、台所から出てきた母親がそれを見て、眉根を寄せた。


「こら、いつまでテレビ見てるの。勉強は?」


 楽しい気分が台無しだ。


「塾にも行ってないんだから自分でちゃんと計画立ててやらないと。

 やっぱり、家庭教師くらいはつけるべきかしらねぇ」


 いつもの小言が始まる。

 ……うるさい。私は、TVを消して立ち上がった。


「どこに行くの」


「コンビニ!」


 と勢いよく家を出たものの、財布を忘れた事に気付き、仕方なく近所の公園で時間を潰す事にした。

 私は一体、何がしたいのだろう。

 誰もいない暗がりの中、街灯に照らされた遊具たち。

 私は、急に懐かしくなり、ブランコに腰を掛けた。


 足先だけを地面に付けて、少しだけ前後に揺らしてみると、意外と心地よい。

 空へ空へと、懸命にブランコを漕いでいた幼い頃の私。

 決して届く筈がないのに、懸命にブランコを漕げば、いつかそれが手に入るものだと信じていた。


 ブランコを揺らす毎に、私の身体も揺れ、心も揺れる。

 徐々に昂ぶっていく気持ちを抑えきれず、私は、ブランコの上に立ち上がって、力一杯それを漕いだ。

 揺れは、すぐに大きくなり、あの頃と今の私は違うのだ、という事を教えてくれる。


 私はブランコを漕ぎ続けた。

 空には、暗闇の中、きらきらと光り輝く無数の星々が私を見下ろしている。


 “今日” ではない “明日” があるのなら、いつか、あの星さえ手に入れてみせる。


 そう強く想った。




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