第3話 ミステリーな女

人に聞けばその伴侶ーつまり女房のことだがーにもいつかは飽きが来るという話だが、実は今は俺もその口で、もういい加減でタバコを止めたいのだ。がしかし、ふふ、離縁などそうそう安直に出来るものではないっちゃ…。

 ところでいま俺の目の前には、向かいの路地角に当たる所だが、安直なレタリング文字で書かれたバー・アンバーという名の店があった。窓も何もない店のデコレイトさえもしていない、ドアに記されたバーの文字がなければ廃業した何かのショップとしか見えないような代物である。事実レタリング文字の下には金券交換所なる前のオーナーの稼業名が薄く透けて残っていた。思わず笑みを浮かべながら俺は『こんな殺風景な店じゃあ、さぞや生活苦の滲んだ年増のママが待ち受けていることだろうさ。ふふ、ま、それもいいけどな…』などとモノローグし、フィルター近くまで短くなったわかばを携帯灰皿に押し消して立ち去ろうとした。がしかし、この時中通りの方からコツコツと云うハイヒールを踏む音が聞こえて来、眼前の路地角を曲がって一人の女が現れた。薄茶色のスタンダードコートを襟も前も開けてベルトループを垂らし、コートの下は焦げ茶色のブラウスとパンツストレッチで、靴は黒のハイヒールを履いている。上から下にあるいは外から中に色が濃くなって行くような落ち着きのある洗練されたファッションだ。『この店名じゃないけどまさにアンバー(茶色)なファッションだな。年の頃は35?いや40くらいか?それにしてもこの女…』と俺は一瞬でも女の顔、その表情に看取れた。

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