第2話 タバコは友達、タバコは女房

対岸の宇田川町に入って最初の中通りを左に行きさらに始めの細い路地へと入って行く。取りあえず生理的な欲求を覚えたからだった。生理的欲求というのはもちろん小用ではなくタバコのことで、俺にとって喫煙は生理に等しい。この稼業にあっては欠かせない必需品であり俺はもう久しくヤニ中毒だった。狸面したどこかの知事閣下様が戒厳令に等しき禁煙条例を出そうと何しようと止(や)まるものではない。俺と同類の(?)表通りのショップの店員たちと思しき連中が裏口に出て来て、そこに置かれたスタンド灰皿の前で既にタバコを吸っている。ご一緒すべきところをかわしてその路地角から20メートルほど右に離れた、こちらも中通りから見れば1ブロックを置いた奥の路地角に当たる場所で、ポケットから携帯灰皿を取り出しタバコを使い始める。一緒しないわけはやはり流行り病が怖いからだ。年は既に52で彼ら若者たちのように無配慮というわけにはいかない。茶色のシガーを一本取り出して火をつける。シガーと云っても要は最安値の葉くずタバコ、わかばのことだが。このわかばを俺は日に5、60本は吸う。これを聞けば人は魂消ようし、そりゃおまえ流行り病より怖いんじゃないのと云われそうだ。自分の履歴などを述べる野暮はもとよりしないが俺のプロフィールは平々凡々そのもので(尤もたった一つあるにはあるのだがそれは後述しよう)、特異な能力もなければ財産もない、俗に云う唯の〝しがない野郎〟である。それに加えて妻帯の経験すらない。こんな無味乾燥な人生であればタバコだけが唯一の憩いであり、それゆえタバコは俺の生涯の友だったし、伴侶とも云えるのだった。

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