6(前)

 水曜日は生徒会が完全に休みの日だ。

 でもさくら先輩にはやることがあるようで、私はそれに付き合うことにした。宮藤先輩も一緒だから、さくら先輩が集中して仕事をしていても退屈はしない。

 彼氏くんとお昼を食べていた宮藤先輩は、あのことを聞いてとても驚いたようだった。さくら先輩に聞く限りでは、その反応は家名先輩と大差なかったらしい。

 宮藤先輩と雑談をしながら、横目でさくら先輩の様子をうかがう。パソコンの画面を注視して、黙々とキーボードを叩き続ける姿には、昼のような心ここにあらずといった感じはない。ここまでの数時間で持ち直したのか、持ち直したふりをしているのか。とにかく、あの子のことにはあまり触れないし、触れられないようにしているようだった。

 どうあれ、今はちゃんと、生徒会長としてのさくら先輩だ。


「二人はバレンタインどうするん?」


 雑談の中で、宮藤先輩がそんなことを言い出した。

 生徒会室にいるのは私たちだけ。つまり、宮藤先輩にとってはこの手の話をする好機ということ。どうやら宮藤先輩は、彼氏の存在をしばらくは秘密にしておきたいらしい。「だってキャラじゃないし……」と恥ずかしそうにしていたのは、それこそ宮藤先輩のキャラじゃない気がしたけど、本人が望むなら私にもさくら先輩にも言うことはない。

 チョコも、こっそり渡すつもりなんだろう。

 バレンタイン、と聞いて、さくら先輩がぴくりと反応した気がした。

 でも、


「どうって、何が?」


 と、会話に参加してきたその表情は何気なくて、気のせいだったかと思い直す。

 賢くて器用なくせに、こういうところの察しが悪いのは意外だ。いや、らしいのかもしれない。

 察しの悪いさくら先輩のために、そして「キャラじゃない」からはっきり言いにくいのだろう宮藤先輩のために、私は軽いノリで会話を引き継いだ。


「手作りか市販か、それが問題なんですよ」


 バレンタインまで約二週間しかない。期せずしてはじめての彼氏ができた身としては、いい加減どちらにするか決めておきたいことだろう。他人からすれば「どっちでもいいじゃん」と思うことだけど、当人にとってはそれこそ生き死にに等しい問題ですらある。

 そういう理解を示したつもりだったけど、先輩ふたりの反応は薄かった。どちらも目を丸くしている。なぜ。


「え、なんですか。そういうことですよね、宮藤先輩」


 すると、宮藤先輩は慌てて言った。


「うっうん。こういうのはじめてだから、二人を参考にしようと思って」

「合ってるならその歯切れの悪さはなんです?」

「いやーなんでもないよ? あはははは……」

「宮藤先輩?」


 なんでもなくはないですよね? と見つめると、宮藤先輩はさくら先輩のほうに視線を逃がした。さくら先輩は苦笑いしている。どうやらふたりの間では意思疎通ができているらしい。


「なんですか、もう。言いたいことあるなら言ってくださいよ。気になります」


 わざとらしくふくれっ面を作ってあげると、ふたりは目を見合わせてから、


「「怒らない?」」


 と、同時に言った。

 そういうところではハモったくせに、ふたりの間では「そっちが言いなよ」といった感じの視線が行き交っている。結局、さくら先輩のほうが折れた。そして、気まずそうに言った。


「真冬ちゃん、意外とシェイクスピアとか知ってるんだなあって……」


 沈黙がおりた。そして私は憤慨した。


「なるほど。つまりふたりは、私のことをバカだと思ってたわけですね?」


 ハムレットすら知らないくらいの。

 ふたりの先輩はさらに慌てた。


「違うよお。そんなこと思ってないよお」

「だって真冬って成績が……」


 ここでのふたりは嚙み合わなかったらしい。さくら先輩は弁解を図り、宮藤先輩は率直すぎるご意見をくれた。ふたりで「ちょっと美代!」「いやごまかすほうが傷口広げるって!」とか騒いでいる。


「いいですよ、私はどうせ、バカなので」


 私を差し置いて楽しそうにしているのが気に入らなくて、ぷいっとそっぽを向いてやった。そうしたら、ふたりとも焦ってご機嫌をとろうとしてくる。


「悪かったって。機嫌直してよ」

「チョコ作ってあげるから、ね、真冬ちゃん」


 冗談のつもりだったから、ふたりが思ったより焦ってくれて面白かった。

 別に、そんなことで怒ったりしない。私がテストのたびに補修ぎりぎりなのは事実だし。

 でもバカだと思われたままなのも癪だから、私はとっておきのネタを披露することにした。


「まあ私、入試の成績はトップだったんですけどね」


 再び沈黙がおりた。


「あ、信じてませんね。残念でした。事実です」


 スマホをたたっと操作して、お目当ての画面を引き出す。そして、ドヤ顔でそれを披露した。


「マジか……」

「一位だね……」


 ふたりに見せたのは、浅葱ヶ丘高校の生徒だけが使える支援サイトの画面。学校関連の各種情報を閲覧できるサイトで、IDとパスワードでマイページにログインできる。そこから入試の成績をさくっと閲覧できるから、それを証拠としてお見せした。

 私をバカだと思っていたふたりは、まさかの事実に大いに驚いている。


「えっえー。真冬ちゃん、すごい!」

「それ、自画自賛になりますよ。自分だって主席入学なんですから」

「あれ? でも今の成績は?」


 さくら先輩の、至極まっとうな疑問だった。それを受けて、宮藤先輩は驚きから一転、哀れみの空気をまとった。


「真冬……」


 言いたいことは分かる。分かるけど。


「違いますから。成績下がったわけじゃ……いや下がってますけど、私、中学のときもこんな感じだったんです」

「どういうこと?」

「なーんかやる気出ないんですよね、勉強。でも受験ってなったらそうもいかないじゃないですか。それで一年だけがんばったら、ものすごく成績が上がったんです」


 ここは少しだけ嘘をまぜた。勉強のやる気が出ないのは本当。受験のときだけがんばったのも本当。でも中二まで成績が悪かったのは、たぶん色恋、というかほとんど色に精を出しすぎていたのも大きかった。


「天才肌なんだね……」


 と、さくら先輩が簡単にまとめてくれた。


「それは分かったけどさ、入学式の新入生挨拶って真冬じゃなかったよね。なんで?」


 不思議そうにしている宮藤先輩。

 ご指摘はもっともで、多くの高校がそうであるように、浅葱ヶ丘高校の新入生代表挨拶も入試成績トップの生徒が務めることになっている。

 例年は。


「断っちゃいました」


 だってキャラじゃないし、と心の中で、宮藤先輩の言葉を拝借する。

 みんなだって、中学時代から淫行少女だったやつが新入生代表なんていやだろう。


「天才はやることが違うねえ」


 と、宮藤先輩はなにやら感心している。生徒会の先輩として、そこは不真面目を怒ったほうがいいんじゃないだろうか。

 そう思ってさくら先輩のほうを見ると、こちらは感心というより納得がいったという感じだった。


「そっか。だからか……」

「さくら先輩?」

「あっごめんね。実は神林先生に頼まれたんだ。生徒会に誘ってほしい生徒がいるって」


 神林先生は生徒会の顧問だ。ほとんど来ないから、そろそろ顔を忘れそう。


「流れからすると、その誘ってほしい生徒って」


 私は人差し指を自分にむけた。


「うん、真冬ちゃん。そのときは単に部活にも委員会にも入ってない生徒だからって思ってたけど、そういうことだったんだね」


 そのあとを、宮藤先輩が引き取った。


「成績優秀な生徒がやんちゃっぽいから、優等生の次期生徒会長候補にめんどう見させたいってとこか」


 思わぬきっかけで明らかになった真実。

 あのとき新入生挨拶を引き受けていたら、私は今生徒会にいなかったかもしれない。

 少し、ぞっとする。


「……で、元はなんの話でしたっけ」


 バレンタインの話だ。本当は忘れてない。

 なんとなく今の話を続けたくなくて、わざと話題を戻そうとした。


「バレンタインだよ」

「それそれ。手作りか市販か、それが問題だ。……なんかこれ、中二っぽくて恥ずかしいな……」

「え、なんですか、宮藤先輩。私のことディスってるんですか?」


 本題に戻る前に、きっちり抗議する。宮藤先輩は「いやだってさあ」と反省もなく私のセンスをディスり続けた。

 それが済んでから、本題についてあーだこーだと話し合いが始まる。


「私は市販ですねー。手作りはめんどくさい」

「理由よ……。さくらは?」

「わたしも市販かな。正直、バレンタインのこと忘れてたし」

「さくらもひどいな……。家名くん泣くよ?」

「そう言う宮藤先輩はどうなんですか」

「迷ってるんだよねえ。作りたい気もするけど、付き合って二週間で手作りは重くない?」


 宮藤先輩はしばらく悩み続けた。


     *


 結論は出ず、宮藤先輩はうんうん唸りながら先に帰ってしまった。彼氏くんの部活が早めに終わって、今日は一緒に帰ることにしたらしい。ハードな運動部の彼氏くんと時間が合うのははじめてのようで、宮藤先輩の頬はいつになく緩んでいた。

 ふたりになってからも、さくら先輩は相変わらず画面と睨めっこしている。その姿は様になっていて、今は残念でかわいい部分を垣間見ることもできない。

 そんなかっこいい姿と、さっきの宮藤先輩を思い出したら、なぜかもやもやしてきた。


「恋する女の子って感じでしたね」


 静けさのせいか妙に居心地が悪くて、つい話しかけてしまう。さくら先輩は、書類を読みながらも付き合ってくれた。


「ね。美代ってなんでもすぱっと決めちゃうタイプなのに」

「さくら先輩なみに優柔不断でした」

「優柔不断は認めるけど……あそこまでじゃないよ?」

「似たりよったりです」

「そんなことないよ」

「でもバレンタインに関してだけはすぱっと決めましたよね」


 含みを持たせて言うと、さくら先輩はむずかしい顔をした。


「あれは……」

「バレンタイン忘れてたって、やっぱり嘘なんでしょ?」

「……はい、嘘です」


 そうだと思った。一時は気のせいかと思ったけど、バレンタインと誰かが口にするたび、さくら先輩はぴくりと反応していた。


「なんでそんな嘘」

「……バレンタインの放課後に返事をくださいって」

「手紙に書いてあったんですか?」

「そうなの」


 考えてみれば自然な流れだ。このタイミングで告白なんて、バレンタインを意識してないわけがない。


「付き合えないのは分かってるけど、チョコだけでも受け取ってほしい。家名くんには許可とってるからって。気が重いなあ」

「なんで?」

「だって、断るのにチョコだけはもらうんだよ? なんか、すごく申し訳ない」

「それは、まあ」

「それだけじゃないんだけどね。他にも色々、バレンタインは気が重いの」

「家名先輩のことですか?」


 バレンタインはクリスマスと並ぶ恋人たちの一日。さくら先輩にとっては、家名先輩の期待に答えなければいけない日だ。


「うん……市販だとがっかりするかなあ」

「手作りはしたくないんですか?」

「そうじゃないけど。でも、失礼じゃない?」

「そうですかね」

「手作りって、相手のことが本当に好きだからするわけでしょ。だから家名くんのことそう思えないわたしがそれをするのは……」

「不誠実に感じると」

「うん」

「今さらですね」

「わたしもそう思う」

 表情に自嘲の色を浮かべてから、さくら先輩は盛大にため息をついて机につっぷした。

 残念でかわいいさくら先輩の姿を見て、ちょっと嬉しくなる。

 そうそう、こういう感じ。私が好きになったのはこのさくら先輩だ。

 なのに、やっぱりまた、ものすごくもやもやした。


「真冬ちゃん、もしかして機嫌悪い?」


 もやもやが伝わってしまったのか、顔を上げたさくら先輩がそんなことを言った。


「べつに……」


 と試しにごまかしてみたけど、本当は自覚している。このもやもやが、自分の言葉に不必要なとげを与えていた。たぶん顔とか、言葉にならない態度とかにも出ているだろう。

 そんな気分になる理由も、ちゃんと分かってる。


 ――なんだ、さくら先輩が見つけてくれたんじゃないんだ。


 さくら先輩が生徒会に誘ってくれた事情を知ったとき、最初にそう思った。

 先生に頼まれたから。単純な話だけど、考えてみたら当たり前のこと。そのときのさくら先輩は私のことを知らないはずで、だったらさくら先輩の中に声をかけた特別な理由なんかあるわけない。

 あるわけないのに、そのせいで私はすねている。

 あのとき誘ってくれた理由が、私は不満だった。そんな理由で、私は子どもっぽく、理不尽に腹を立てている。

 だからごまかそうとしたのを取り消して、こう言うことにした。


「悪いですよ、機嫌。なので甘やかしてください」


 そして、パイプ椅子ごとさくら先輩に近づいてから、こてんと体を倒した。

 頭を、さくら先輩のやわらかい太ももにのせて。


「真冬ちゃん?」

「疲れてるんです。しばらくこのままにさせてください」


 たくさん仕事してるさくら先輩と違って、ほとんどなにもしてないんだけど。

 でもさくら先輩はなにも言わなかった。頭をはたいたり、無理やり引っぺがしたりせず、そのまま太ももを貸してくれた。だから調子にのって、私は身をよじり、顔をさくら先輩のお腹に埋めた。それから、さくら先輩の体を、抱き枕みたいにぎゅーっと抱いた。

 さくら先輩の体が、ほんのわずかに緊張する。まだ女の子と密着するのは慣れないらしい。

 気を逸らすように、さくら先輩はこう聞いてきた。


「ちなみに機嫌が悪い理由は?」

「……特にないです」

「ええ」


 さすがに困った様子だ。

 でも言いたくなかった。


「じゃあどうしたら機嫌直してくれる?」


 あやすような言い方だった。懐かしい。少し前、私たちがこうなるまでは、そういう声がさくら先輩のイメージだった。歳はひとつしか違わないのに大人っぽくて、優しく仕事を教えてくれる尊敬できる先輩。だから今なら、もう少しだけ甘えてもいい気がした。


「チョコ」

「え?」

「手作り」

「てづ、くり?」

「作ってくれるって言ったじゃないですか。バレンタイン。バカにしたお詫びにって」


 曲がりなりにも、いや曲がりすぎてはいるけど、私だって一応はさくら先輩の恋人だ。それにさくら先輩が言い出したことなんだから、言葉には責任をもってもらう。


「うん、やる、作るよ、チョコ!」


 だいぶめんどうなことを言ったはずだけど、さくら先輩はかなりやる気だった。

 そういえばさくら先輩は恋人っぽいことに憧れているんだった。バレンタインは漫画の定番イベントだ。どんなのがいいかなあ、と悩み始めたさくら先輩を見ていると、できあがったチョコを食べるのが楽しみになってきた。


「真冬ちゃんは甘いのが好き? 苦いのが好き?」

「さあ?」

「もー。自分のことでしょ!」

「当ててみてくださいよ。私の好み通りに作れたら、さくら先輩の勝ちです」

「なんの勝負なの?」


 そんな風にくだらないお喋りをしていると、知らない間にけっこうな時間が経っていた。さくら先輩は焦って、急いで残りの仕事に取りかかる。生徒会長は大変だ。

 一方、私にはやることがない。だからとりあえず、さくら先輩を枕にしたまま瞼を閉じた。そうしたら、さくら先輩の暖かさをずっと身近に感じられた。

 眠い。

 だんだん、意識が遠ざかっていく。

 

     *


「――ふゆちゃん、まふゆちゃん、おきて」


 優しく肩をゆすられて、壊れかけのパソコンみたいな緩慢さで目が覚めていく。

 ゆっくり瞼を開いたのに、差しこんだ光がまぶしくて、しばらくの間は視界がちかちかした。陽の光じゃない、蛍光灯の人工的なまぶしさ。外を見たわけでもないのに、そのむやみな明るさだけで、かなりおそい時間になっていることが分かる。

 やがて正常さを取り戻した視界に映ったのは、私を見下ろすさくら先輩の顔だった。

 不自由しただろうに、眠った私をそっとしておいてくれたさくら先輩。

 その微笑みは、びっくりするくらい大人びていた。

 最近よく見るようになった、残念かわいいさくら先輩とは違う。

 そして、入学してからずっと見てきた、かっこいい生徒会長のさくら先輩とも違っていた。

 そのとき、私はさくら先輩の未来を見た気がした。

 もちろん、気がしただけ。いきなり超能力に目覚めたわけでも、超常現象が起こったわけでもない。

 寝ぼけているんだろう。

 あんまりにも見たことがない雰囲気なものだから、その微笑みに、何年後かのさくら先輩を幻視してしまった。

 昨日、進路の話をしたせいだろうか。


 ――大学生になったさくら先輩は、きっとこんな感じなんだろうな。


 そう思った瞬間、この恋を悪夢のように感じた。


     *


 さくら先輩はレズビアンだ。だから私と関係をもっている。あるいはだからこそ、べつに私じゃなくてもいいはずだった。

 もちろん、レズビアンだって女なら誰でもいいわけじゃない。

 でも逆に、相手が特定のひとりに限られるわけでもない。いろいろな理由で、いろいろな人に恋ができる。恋をしなくても、体の関係をもつことができる。

 例えばそう、昼休みのあの子とか。

 さくら先輩にとって、今はまだあの子より私のほうが特別だ。付き合いも長い。前から好きでいてくれたことも、腑には落ちずとも受け入れられる。

 今は、まだ。

 でもそれは、時間の経過によってあっさり埋められるものだとも思う。付き合いの長さはある程度時が過ぎれば誤差になるし、好意だってその時間の中で逆転されるかもしれない。出会いからして私たちの関係がさして特別じゃなかったように、今の私たちもさして特別じゃない。チョコで機嫌を直したつもりだったけど、私はまだ、無意識のうちにすねているみたいだ。

 そんな中で、たったひとつだけ私に残される特別がある。

 とてつもなく脆弱な特別。

 都合がいい女になると、私が自分で言った。それが私たちの核だ。都合がいいから、私はさくら先輩と付き合える。都合が良くないから、あの子はさくら先輩と付き合えない。たったそれだけの差。

 その差は恋を生むのは、恋じゃない。私とさくら先輩は、恋ではなく利害でつながっている。

 いつかさくら先輩は気づくだろう。この社会は確かに、レズビアンが生きやすいとは言えないけど、だからといってカモフラージュの彼氏を作る必要なんかないってことに。そのせいで、裏で誰にも言えない彼女を作る必要も当然ない。

 いや、たぶんとっくに気づいているんだろう。あとはもう、いつふん切りがつくかの問題でしかないのかもしれない。

 その瞬間、私とあの子の差は消滅する。

 さっき幻視したしたさくら先輩は、きっとそうなったさくら先輩だ。

 そのとき、さくら先輩にふさわしい人が現れるだろう。

 利害ではなく、ちゃんと恋でさくら先輩とつながれる人が。

 あの子じゃなくてもいい。私以外の誰かと、さくら先輩は恋人になれる。

 怖い。

 さくら先輩が私をおいていく。私じゃない誰かと手をつないで、日の当たるほうに歩いていってしまう。そして私は、暗くて寒い場所にぽつんと取り残される。

 想像するだけで、体の芯から冷えていく心地がした。

 この恋だけは、冷める様子をいっこうに見せてくれないのに。





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