5(前)
月曜日から始まったクリスマスイベントの準備は、まさしく地獄のような気分で進めることになってしまった。頭の中は腐りかけの死体が業火に焼かれて踊り狂っている感じなのに、現実にはイルミネーションがきらきら光る華やかなイベントを指揮しているものだから、その途方もない落差に眩暈がする。
人も時間も予算もとっくに揃えていたのが救いだった。それではどうぞよろしく号令すれば、運動部各位が会場設営のための大荷物をせっせと運び、文化部の面々が飾り付けなどの小物を器用に制作してくれる。その間わたしが担う役割と言えば、生徒会事務局員や実行委員があげてきた各種報告に目を通し、必要なら調整を行う程度のもの。実際に動いてみると想定外の不都合が生じるもので、平時よりずっと忙しかったのは確かだけど、それでもわたしは事前準備を怠らなかった過去の自分に感謝した。
準備がこれっぽっちもできていなかったのは、真冬ちゃんのことだ。何をされるのか、全然想像できなかった。想像する時間もなく働いていた、というのは多分言い訳で、本心では真冬ちゃんに構ってもらいたがっていたのだと思う。ガードが弱いままにして、隙を作っておけば、真冬ちゃんもやりやすいだろう。はいと頷くこともできなくて、けれど今すぐにでも真冬ちゃんの物になってしまいたいわたしの、我ながらドン引きするほどの小賢しさ。
由佳ちゃんに抱いた感情が、ずっと尾をひいていた。
ただ、結果を言えば、わたしの思惑通りにはならなかった。
意外というか、まさかというか、真冬ちゃんが何もしてこなかったからだ。二週間、本当に何もなかった。口説かれたり、ボディータッチされたりといった分かりやすいアプローチも、さりげなさを装った高度? なアプローチも皆無。
それどころか、
『補修、回避しました!』
というメッセージを送ってきた以外、イベント準備が忙しくて、ほとんど会話もできなかった。遠目に見る真冬ちゃんの姿は、黙々と働く真面目な生徒会事務局員のそれで、浮気の提案自体、わたしの痛い妄想だったのかと疑うほどだ。
もしくは、真冬ちゃんの気が変わったのかもしれない。こんな面倒な女と浮気する不毛さに気付いて、やっぱりやーめたと匙を投げた可能性もある。
だとすれば、わたしが抱く感情は安堵であるべきだ。わたしも真冬ちゃんも、いらないリスクを抱えずに済む。
けれど、人の心というのは出来が良くないらしい。はっきり言うと、わたしは寂しかった。
アプローチしてくれるって言ったのに。
身勝手な感情が、あるべき安堵を押しのけて心の中に居座っていた。
本当にわたしを見限ってしまったのだろうか。やっぱりわたしなんかに女の子の恋人はできないのだろうか。支離滅裂な葛藤が渦巻いて、働いている間もずっと気分が悪かった。
かと思えば、クリスマス会前日の夜、こんなメッセージが送られてきた。
『明日、お返事忘れないでくださいね』
その一文を見た時、わたしの心はようやく安堵で満たされた。それは、しかるべき安堵とは真逆だった。
まだ見捨てないでくれている。そういう安堵だった。
*
わたしの内面が激動のただ中にあったのとは対照的に、イベントの準備は滞りなく終了し――迎えた当日は、準備期間の平穏にわたしの脳内の地獄が伝染したかのような様相を呈している。終業式後に急ピッチで会場設営を終え、一六時にオープニングを迎えてから約一時間。わたしたち運営サイドは休むことなく動き続けた。
「かいちょー、来てくださーい!」
「やばいやばいお菓子の減りが想定より早い! ちょっと誰か追加買ってきて!」
「え、迷子? 二年生の男の子と女の子? 二人も?」
「時間おしてる……サッカー部の部長、スピーチ長すぎだろ……」
普段は大人しい子が多い生徒会事務局だけど、今ばかりはみんなが声を張り上げている。実行委員も同様だった。こっちで問題を解決すれば、あっちで新しい問題が発生する。阿鼻叫喚といって差し支えなく、それをイベント参加者に悟られないようにするのが何より大変だった。
「いやー予想以上だな」
バックヤードとして確保した体育館の一角で、サンタのコスプレ姿になった家名くんが疲れた様子でそう言った。
「だね……。小学生の子ってこんなにコントロールきかないんだって、いい経験になったよ」
「ジュースがひっくり返ったと思ったら、また別の場所では子ども同士喧嘩してるもんな。さすがに四年生とかになると落ち着いてるけど」
「小学生の対応はあとで細かくマニュアル化して後輩に託そう。わたしたちの尊い犠牲を無駄にしないために」
「というか誰だよ、こんなめんどくさいイベント希望したの」
「ほんとにね」
二人で軽口を言い合っていると、げっそりした顔の美代が戻ってきた。
「ふえぇ、やっぱ小学生はやべえぜ……」
美代も家名くんと同じサンタ班だ。だいぶやられたのだろう。おばあちゃんのような歩き方だった。
「ちかれた……」
「お疲れ様」
「あたし、なんでこの班に立候補したんだっけ?」
「コスプレに目がくらんだからでしょ」
「そうだった……」
サンタ班は実質小学校低学年担当部隊だ。負担が大きいのは明らかで、だから立候補者も少なかった。ノリノリで立候補したのは美代だけだ。
「おうおう、副会長さんよお、班のリーダーが彼女といちゃこらしてサボりかい? こっちは汗水たらして働いてるってのによお」
あまりの多忙でハイになっているのか、美代は家名くんに絡み始めた。「おいおい」と苦笑いしながらも相手をしてあげる家名くんは律儀だ。
「いいだろ、ちょっとくらい休憩しても」
「労働者に休みって概念はねえんだ。体を砕き、心を擦り減らしながら働けえ!」
「……将来、
そんなくだらない会話に、わたしはつい笑ってしまった。楽しい。こういうのが好きで、わたしは生徒会長をしているのだと思い出す。頑張って作り上げた時間で、みんながはしゃいでくれる。大変だけど、それ以上の見返りがある役目だ。
「わたしも美代が上司はいやだなあ」
そう言ってのっかると、美代はわざとらしくショックを受けた顔を作って
「うっ裏切者ぉ」
と嘆いた。
それに家名くんが「だよな」と同意して追い打ちをかける。
うん、ちゃんと会話できている。わたしのせいで一時ぎくしゃくしたけれど、イベント準備で忙しくしている間にどうにかなった。
喜ぶべきことなのに、そんなことでほっとしている自分にまた少し落ち込む。
最近はもう、どうして彼氏が必要なのかも分からなくなってきた。
ただのカモフラージュ。男と付き合っていれば女の子が好きだとは思われないだろうという過剰な防衛意識。
そう、過剰だ。男と付き合わなくても、何も言わなければ内心なんて誰にも気付かれない。事実、中学までがそうだった。
無駄、無意味、無意義、空虚、ナンセンス。
そうと知りながら、わたしは保険を手放せない。
家名くんと付き合い始めてからは安心感が違った。目に見える形としての防衛手段が、いつか気付かれるかもとびくびくする日々から解放してくれた。都合のいい相手なら誰でもかまわないという不誠実であっても、それこそがわたしに必要なものだった。
けれど、由佳ちゃんと再会して、なんだか馬鹿らしくもなってしまった。
今、由佳ちゃんは幸せだ。わたしはひたすら虚しい。
由佳ちゃんには彼女がいる。わたしは好きでもない男と付き合っている。
わたしだってそっちに行きたいのに。
「さくら?」
呼びかけられて、はっとする。
考え込みすぎて、また周りが見えなくなっていたのだろう。
急に黙りこんだわたしを、美代と家名くんが心配そうに見ていた。最近、こういうことが増えてきた。
「調子悪い? 熱とか……」
わたしの額に、美代の手が当てられる。
「熱はないか。でも、ちょっと横になってきな」
労働者に休みの概念はないと言い放った美代が、優しく諭してくれる。
確かに、朝から少し調子が悪いかもしれない。二週間ずっと働きっぱなしだったし、真冬ちゃんや由佳ちゃんとのことで心労も溜まっている。イベントが始まってからは気にならなくなっていたけれど、それはアドレナリンのおかげで、実際には疲れはもっと重なったはずだ。
けれど、まだ休むわけにはいかなかった。リーダーのわたしが抜けるには、状況が切迫しすぎている。
できるだけ明るい声で、わたしは言った。
「ありがと。でも大丈夫だよ。ちょっとぼうっとしてただけだから」
「ほんとに?」
「うん。まだ頑張れるよ」
「……分かった。でも無理は厳禁。それだけは守ること」
*
本当に大丈夫なつもりだったけれど、わたしは早速、美代との約束を破ってしまった。
美代と家名くんと別れて、二十分ほど忙しく働いた頃だった。
ふと、自分がどこに立っているのか分からなくなった。
方向感覚が薄くなり、やがて完全に失われて、世界がぐるりと無秩序な回転を始める。視界の解像度が荒すぎて、どこに何があるのかまるで把握できない。そのくせ聴覚だけはやたらと鋭敏になって、周囲の喧騒に呑まれてしまう。会場で発生する様々な音が不快な旋律と化して、よりいっそう意識と思考が混濁していった。
これはダメかも、と他人事のように思う。
「――ぱいっ」
辛い。苦しい。ふらふらする。わたしはどこに向かっていて、何がしたかったのだろう。
何でもいい。何でもいいから誰か助けてほしい。
「さくら先輩!」
意味を把握できない言葉の群れの中で、その呼びかけだけが、唯一わたしの意識に届いた。
「……真冬ちゃん?」
真冬ちゃんが不安そうな表情で、わたしの目を覗きこんでいる。
「大丈夫ですか? 顔色悪いし、ふらついてますよ」
言われて、心配させているのは自分だと気付いた。
「そんなことないよ。げんき、げんき」
心配させないように、なんとなく力こぶを作ってみた。
そういう言動をした時点で、たぶん限界だったのだろう。
またたくまに意識が遠のいて、ふらつく。
真冬ちゃんが慌てて支えてくれた。完全に寄りかかった状態で、ほとんど自分の力では立っていない。
「働きすぎなんですよ。ちょっと救護スペースで休みましょう」
「今抜けるのは……」
「状況、少し落ち着き始めてます。さくら先輩がいなくてもなんとかなりますよ。家名先輩にはちゃんと伝えますから、今は何も考えないでください」
「……ごめん」
心残りはあるけれど、この体調では迷惑をかけるだけだろう。大人しく真冬ちゃんに従うことにした。
美代にも謝らないと。せっかく忠告してくれたのに。
異変に気付いた実行委員が何人か、なんだなんだと集まってくる。真冬ちゃんが状況を説明すると、みんな迅速に散っていった。たぶん、わたしの不調を各セクションに伝えにいったのだろう。迅速に手配をしてくれた真冬ちゃんにはもう足を向けて寝られない。
「行きますよ」
救護スペースへは、このまま真冬ちゃんが連れていってくれるようだ。
幼子のように介抱されながら、わたしは会場隅みの救護スペースへ向かった。それほどの距離ではないのにとても遠い気がして、ようやく横になれた時にはかなりの虚脱感にみまわれた。
「あれえ、養護の先生いないですね。常駐してもらってるはずですよね。どっか呼ばれちゃったかな」
真冬ちゃんの声に反応する元気もない。
「まあいっか。先生が戻るまで私が残るので、してほしいことがあったら言ってください」
こくりと頷くだけで返事をする。瞼を閉じて、額に手を当てていると少しだけ楽になったけれど、話すのはまだ辛い。
隣で、真冬ちゃんがパイプ椅子に座った気配がした。
そばにいてくれるだけで安心する。
家名くんとの交際で得た安心感とはまた違っている。緊張から解放された一時的な安堵ではなく、ゆりかごの中で暖かな毛布に包まれ、永遠に守ってもらっているかのような感覚だった。
真冬ちゃんは何も言わない。わたしも、瞼を閉じたまま心地よさに身をゆだねた。
五分か十分くらいだろうか。そうしていると、やがて体は楽になっていった。
瞼を上げ、言葉を発する気力が戻り、まずは真冬ちゃんにお礼を言うことにする。
「ありがとね。おかげでだいぶ良くなってきたよ」
待っている間、真冬ちゃんはクリスマスイベントのパンフレットを読んでいたようだ。生徒会事務局員なら中身は把握しているはずで、暇つぶし以外の役にはほとんど立たなかっただろう。手持無沙汰にさせてしまって申し訳ない気持ちになる。
「迷惑かけちゃったね」
そう言うと、真冬ちゃんはパンプレットをぱたんと閉じて
「私もサボりたかったから、ちょうど良かったです。でも、これに懲りたらもう無茶しないことですね。生徒会はブラック企業じゃないんですから」
ぐうの音も出ない。確かにこの二週間は働きすぎた。精神状態の悪化も重なったのだろう。自分のことは自分が一番理解している、という言葉が信用ならないことを学んだ。
「……以後気を付けます」
「はい。よく言えました。さくら先輩はあれですね。徐々に溜めこんで、後で一気に爆発するタイプです」
「そうかも。発散するのが苦手なのかな」
思えば、真冬ちゃんに襲いかかった時もそうだった。どうしようどうしようと思い詰め、最後にパンクして失敗する。適度にガス抜きをするのが下手なのだろう。
「すっかりお姉さんが板についちゃってるんですね」
「ダメなお姉さんだけどね」
「少しくらいダメなほうがかわいいですよ」
「ほんとに?」
「二週間経ったので言いますけど、あの時泣いてるさくら先輩、ちょっとぐっときました」
「それは嬉しくないなあ」
エスっ気でもあるのだろうか。あるんだろうなあ。からかってくる時の真冬ちゃんはいつも楽しそうだ。
だったら、と考える。この二週間、どうして何もしてこなかったのだろう。約束では、わたしは真冬ちゃんのアプローチを妨げないことになっている。つまり好き放題できるということ。そんな機会を無為にするのは真冬ちゃんらしくない気がする。
あるいは、わたしがそう考えること自体が、真冬ちゃんのアプローチの一環なのかもしれない。だって今、わたしはこんなにも焦れている。押してダメなら引いてみな、ということだろうか。二週間という決して長くはない時間をそんな風に使ったのだとしたら、ある意味大胆なアプローチだ。
もしそうなら、ちょっと、いやかなり、恨みがましい気持ちになる。
「何か言いたそうですね」
気持ちが顔に出ていたのだろうか。真冬ちゃんは、首をかしげてそう言った。
「そう見える?」
「見えます」
「……なんで、何もしてこなかったの?」
気付けば、思ったことをそのまま聞いていた。
まるで何かしてほしがっているかのようで、恥ずかしかった。「かのよう」ではなく実際その通りなのも、きっと真冬ちゃんには筒抜けだ。
この質問もまた、真冬ちゃんにとっては予想外のものではなかったのだろう。言葉はすぐに返ってきた。
「分かりませんか?」
けれどそれは、わたしが欲しい答えではなく、含みを持たせた質問の形だった。
その一言で、確信する。やはり真冬ちゃんは、わたしを焦らしていた。どうすればわたしの心が揺れるのか、真冬ちゃんは手に取るように理解していたのだろう。
「いじわる」
「こういうのは緩急が大事だと思うんです。前はちょっとストレートすぎたので、今は変化球」
「それでもし、私がなんとも思わなかったらどうするつもりだったの?」
「潔く振られるだけです。でもさくら先輩ならいい反応してくれるって思ってましたよ。忙しいのに物欲しそうにこっち見てくるさくら先輩、かわいかった」
「……からかわないでよ」
「それがいやならさっさと私を振るか、他に素敵な彼女を作ることですね。もちろん家名先輩とは別れて、堂々と人に紹介できる彼女ですよ。そしたら、私はもう用済みです」
「そんなの無理だよ」
「それは私を振ること? それとも彼女を作ること?」
「どっちも」
というより、わたしにとってその二つは、切っても切り離せない関係にある。
真冬ちゃんを拒絶したら、わたしと恋人になってくれる女の子は未来永劫現れないかもしれない。
「さくら先輩の気持ち、私には分かんないですけど」
嘲りも悪意もなく、真冬ちゃんは淡々とそう言った。
「昔、何かあったんですよね。中学……小学校かな」
「小学校だよ」
昔の話なんてするつもりはなかったのに、口が勝手に言葉を発していた。
「わたしじゃなくて、友達がいじめられたの。その子も女の子が好きだった」
「それがトラウマですか?」
「自分がいじめられたんじゃないのにね。でも、そうなってた可能性はゼロじゃないって思ったら……今でもぞっとする」
私と由佳ちゃんの違いは、ほんの数秒のタイムラグでしかなかった。
あの時、もしわたしが先に口を開いていたら。
当時のわたしは、そうなっていた自分を想像しては恐怖に震え、そうはならなかった現実に安堵することを繰り返していた。
「真冬ちゃんは、怖いって思ったことはないの?」
「ないですね。隠そうって思ったこともないです。単に言ってないだけで」
それは、過去に凄惨な光景を目にしたことがないからかもしれない。単に真冬ちゃんの強さなのかもしれない。いずれにしても、羨ましいな、と思った。
「私たちはもう高校生です。小学生とは違いますよ」
「それは、分かるけど」
「だったら、何をそんなに怖がってるんですか?」
真冬ちゃんが完全な部外者だったら、わたしは怒っていたかもしれない。あなたに何が分かるの、と。けれど、真冬ちゃんも女の子が好きな女の子だ。男も愛せるという違いはあっても、そこはわたしと変わらない。
だから、真剣に答えを考えてみる。
少しの時間で良かった。何年も抱き続けた気持ちを、ただ言葉にするだけだったから。
上体を起こして、真冬ちゃんの目を見つめた。そして、声が上擦らないよう気を付けながら、言う。
「人間って結婚できるんだよ」
恋人になった男女はやがて結婚する。それはこの社会のルールに保証された、誰もが祝福してくれる結末だ。人間であれば享受できるのが当たり前の、けれどわたしたちには縁遠い幸福。
その当たり前の幸福を求めて動いている人たちもいるけれど……現状では、色々な論理でわたしたちの愛は否定されている。そしてそれらの論理は、子どもである時期を脱して成熟したはずの大人たちの論理だ。
もう小学生ではないから。もう高校生だから。そしてこの先、大人になったら。
そんなことでは、強く根付いた恐怖を拭い去れない。大人の世界にだって、わたしたちを人間として認めない論理が満ちている。
「したいんですか、結婚」
「そういうわけじゃないけど。まだ高校生だし」
べつに、将来も必ず結婚したわけではないけれど、できる上でしないのと、最初からできないのとでは天と地ほどの差があるはずだ。最初からできない社会では、わたしたちは人間ではない、と思う。
「さくら先輩と違って、私はそういうこと考えたことないですけど……なんとなく理解はしました。あと、ひとつだけはっきりしたことがあって」
「はっきりしたこと?」
「私の立場からすれば、さくら先輩は脈ありってことです」
そういうことに、なるのだろう。八方塞がりのわたしには、真冬ちゃんとの関係しか出口は残されていない。
「……返事、しないとね」
今さら思い出したかのように、約束のことを持ち出した。
「あとでいいですよ。ここじゃ風情がないし」
「うん。終わったらちゃんと声かけるから。帰らずに待っててね」
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