第20話 魔界にて

「な~~~んか嫌な予感」


 魔界に到着して早々、ベルの機嫌は最悪だった。

 まず魔界でも有数の巨大な豪邸に入ってすぐ、お付きの人がドレスアップをしてくれた。

 いつものゆるっとした格好とはかけ離れており、常に締め付けられているような感覚。

 それに先ほどから感じている胸騒ぎ。

 居心地が悪くて仕方のないベルであった。


「どったの? ベル」


 きちんと着飾ったサタンと廊下で会った。

 スタイルの良さもあり、パンツスーツが良く似合っている。


「サンちゃん。やっぱりアタシ帰りたくなってきたから帰るね」

「ちょちょちょちょ! ここまで来て止めときなって~。ルシファーからの招集だよ? さすがに怒られるよ」

「どうせ、魔界の厄介ごとの話でしょ? 聞き飽きたよ、そんなの。喧嘩騒ぎなんて毎日の事だし」

「まぁまぁ。そんな毎日の事をルシファーは対応してくれてるんだからさ。ちょっとぐらい顔見せて感謝してあげなって」

「はぁ……」


 思わずため息が出る。

 以前この豪邸に来たときは、20時間ほどぶっ続けで拘束されて延々と魔界の争いごとについて議論が繰り広げられた。


「でも、大抵の結論が滅ぼして終わりじゃん」

「あはは、それはそう」

「バカバカしい~。時間の無駄。寝てる方が全然有意義」

「寝るのはいいけど、バレないようにしてよね? この前も私の隣で寝られて視線痛かったんだから」

「てへ」


 歩きながらしゃべっていると、会議室に到着した。

 馬鹿でかい扉の両脇にはメイドが控えており、ゆっくりと扉が開かれた。


「遅い」


 会議室に入ってまず一言。議長でもある”ルシファー”からのお叱りを受けた。


 背中まで届きそうな長い銀髪。

 何物をも寄せ付けない鋭い目つき。

 黄金比のように整っている顔。

 今日も彼女の持つもの、彼女を取り巻くもの、ありとあらゆるもの全てが、魔族の上に立つ者として君臨していた。


「ルーちゃん。久しぶり~、あとごめんね遅れちゃって」

「はぁ……相変わらず口だけだな。それとその呼び方は2人きりの時だけにしろ。サタン、お前もお前だ」

「え? なんで私まで」

「甘やかしすぎだ」

「すみませ~ん」

「まぁいい。座れ。じき揃う」


 円卓にベルが座り、右隣にサタンが座った。


「珍しいじゃん、ベルが出席するなんて」


 左隣にいる暴食の悪魔、"グランベル"が話しかけてきた。


「どうしてもってうるさいんだもん」

「お~、アタシも言われた言われた。今日は、大事な話するから~って。食べる?」

「ありがとグラちゃん」


 差し出されたポテチを食べる。


「おい。手が汚れるだろう。使え」


 ルシファーはメイドを呼び、食器を持ってこさせた。


「ちょっとちょっと~。ルシファーも大概甘やかしてるじゃん」

「私はいい。愛いものを愛でるのは気分がいいからだ」

「相変わらず傲慢ですこと~」


 ルシファーの自分贔屓をよそに、ベルたちはマイペースであった。


「箸ある?」

「箸……ですか?」

「もう、魔界は遅れてるなぁ……ポテチと言えば箸なのに」

「も、申し訳ありません。検討いたします」

「ん」


 ポテチをぼりぼりと頬張る。ベルとグランベルはとことんマイペースであった。


「ちょっとあなたたち!」


 その様子にしびれを切らしたのか、グランベルの隣に座っているメガネをかけた悪魔が立ち上がった。


「今から魔導会議が始まるのよ!? 実家に帰ってきたかのように落ち着かないでくれるかしら!?」

「アタシは実家に帰省したみたいな感じだけどねぇ」

「屁理屈は聞きたくありませんっ」

「ありゃ~、ごめんねレヴィちゃん。お腹空いちゃって……」

「全く……だからあれほど会議の10分前に食事を済ませておきなさいと……」


 メガネをクイクイさせて怒っている彼女は”レヴィアタン”。

 黒髪のショートボブで幼さを感じる顔立ちをしていながら、きっちりと仕事をこなす苦労人。

 学級委員長的な立ち位置をしているのが彼女だった。


「ほら、ルシファー様を待たせないで。早く食べてください」

「ほ~い。でもさぁ、まだ来てない人たちもいるよ?」

「……そうですね。残るはアスモデウスさんとマモンさんですか」

「時間通りに来たアタシを見習って欲しいよね~、ホント」

「いや、ベルさんも遅刻ですからね?」


 そう言っていると、残りの2人が部屋に入ってきた。


「ごめんなさいね、遅くなってしまって。あらあら、私たちが一番最後だったみたい」

「ちょっと準備に手間取っちゃってね。めんごめんご」


 2人は円卓をぐるりと見まわした。


「あら? あらあらあら、ベルちゃ~~~~~ん!」

「わわっ」


 ベルを見つけるや否や、ベルに光の速さで駆け寄り、頭をナデナデしだした。そして次には盛大なハグ。ベルの顔はアスモデウスの胸に埋もれていた。


「むぎゅ……久しぶり、アスモデウスさん」

「も~、畏まっちゃって。アスモママでいいって言っているのに~。久しぶりだから緊張してる? 大丈夫? おっぱい飲む?」

「いや、距離の詰め方。ぎぶぎぶ」

「あら、ごめんなさいね」


 垂れ目でおっとりとした雰囲気をした彼女が”アスモデウス”。

 ふんわりとしたピンクの長い髪。

 見上げるほどの長身。

 そして顔が見えなくなるぐらいの双丘がそびえ立っている。

 種族問わず、彼女を見れば誰もが振り返るほど、いろんな意味でインパクトのある悪魔だ。


「ふんふん、予定通り、今日は全員参加ね。面白い会議になりそ☆」

「……マモン」

「久しぶりぃ、ベ~ルちゃん」

「ん、久しぶり」


 ギザギザの歯をチラつかせる彼女が、”マモン”だ。

 金色の髪を豪快に巻いており、頬には☆のタトゥーが入っている。

 長く伸びたまつ毛とぱっちりとした目は明るい印象を受ける。

 高校生ぐらいの顔立ちをしている彼女は、人間界で言う所のギャルのような見た目だ。


 ベルは彼女が苦手だった。

 幼少期から何かとちょっかいをかけられることも多く、内気なベルに対して陽気なマモンとはそりが合わないのだ。


「ルシファっちもごめんね~、アタシら来たから始めておけ~」

「ちょっとマモンさん! ルシファー様に失礼ですよ!!」

「きゃ~っ、レヴィたん怒った~」

「よい、レヴィ。私は気にしていない。それより、会議の進行を任せる」

「……ルシファー様がそう仰るなら。こほん。では、第32834回、魔導会議を始めさせていただきます」


 こうして、魔導会議が始まった。

 議題の内容はベルの想像通りだった。

 紛争が起こってる領地をどうするか、天使たちとの友好条約について、過剰な魔力をどう分配するか、などなど。

 そして決まって結論はルシファーが下した。


「力で示せ」


 はい出た、とベルは密かにため息をついた。


 紛争が起こってる領地は、治安維持部隊を派遣させて武力で制圧。

 天使たちは過度な干渉を受ければ力で跳ねのけよ。

 魔力の所有権は力あるものに。


 シンプルかつ説得力のある答え。魔界では力あるものが絶対的優位であることは常識だった。


 途中、何度か休憩をはさむ。

 休憩が来るたび、ベルは円卓に突っ伏していた。


「はぁ……これアタシたちいるの? ルシファーとレヴィだけで済んでるじゃん」


 思わず出た不満をサタンにぶつけた。


「ん~、確かに。今日は結構強制力のある招集だったから大事な要件があるもんだと思ってたけど、今のところそんな気配ないね」

「勘弁してよ~。あ~、早く下僕くんに会いたいよ~、下僕くんのご飯が食べたいよ~」

「連れてこればよかったのに」

「下僕くん、面接があるんだって」

「え? 面接って会社の?」

「そ。だから連れてはこれなかったの」

「……ベルさぁ、ちゃんと総司くん捕まえとかないと、離れて行っちゃうんじゃない?」

「どゆこと?」

「総司くんは人間だからさ。私たちみたいな悪魔とは結局別の生き物なんだよ。ん~、なんていうかな。今はレールから外れた道を歩いているけど、元のレールに乗っちゃったら、自分から外れた道をもう一度歩もうとはしないと思うの。……言いたいこと伝わってる?」

「……何となく」


 サタンの言う事はベルも理解していた。

 総司は今、悪魔と一緒に暮らすという通常であればありえない生活をしている。

 その生活が、レールから外れた道という事だろう。

 そして、社会復帰をして今までより快適に仕事をして、社会生活を送る。これが元のレールに乗った道。


 果たして自分の使い魔(仮)はどちらのレールを望んでいるのだろうか。

 その答えは、まだ聞けていない。


「そろそろ休憩は終わりにしましょう」


 レヴィが休憩の終わりをつげ、書類を再び読みだした。


「では、次が最後の議題です」


 やっと最後か、とベルは心底喜んだ。

 最後の議題を聞くまでは。


「人間の悪魔に対する意識調査……って何ですか、この議題は」

「はいはーい、それアタシアタシ」


 マモンが意気揚々と手を挙げていた。


「マモンさんが提案を……? 珍しいですね」

「いやね、実は最近、ちょーっと人間に興味を持っててさ」

「人間に……?」

「そう。今一度ちゃんと知っておきたくてさ。人間が悪魔に対して友好的かどうか」


 ベルはイヤな予感がしていた。

 やけに、具体的に自分にタイムリーな話題だったからだ。


「ハイ質問」

「はい、サタンちゃん」

「面白い議題だとは思うけど、どうやって確かめるのよ」

「いい質問だねぇサタンちゃん! というわけで、中央をご覧あれ!」


 中央に映像が映し出された。

 そこには、ベルの見知った景色が映っていた。


「……」

「あちゃー、そういうことか」


 ベルとサタンだけは瞬時に事態を理解できていた。

 映っていたのは、総司の部屋だったからだ。

 そして、総司とリサが話している様子が鮮明に中継されていた。


「マモン……」

「おっと~、怖い顔と殺意をぶつけるのはやめてねベルちゃん。大丈夫、彼には痛い思いはさせないよ」

「じゃあ、何をする気?」

「話が見えてこない。私に分かるよう説明しろ」


 ルシファーが間に入った。


「ではご説明を! あそこに映っているのはなんと! ベルの使い魔(仮)なのです! 彼は非常に優秀で、人間界にいるベルの事をお世話してくれたりしています」

「ほぉ……あのベルが使い魔を……」

「に、人間の使い魔ですって……!? 聞いてないんですけど!?」

「うふふ、2人とも楽しそうに話してるわねぇ」

「あ~、あの子って総司くんの元カノだったっけ」

「お世話いいな~、もしかして料理も作ってくれたり? いいないいな~」


 人間の使い魔という前例のない使い魔に、悪魔たちは様々な思いを抱いていた。


「今から使い魔君には、ある試練を受けてもらいます。試練の内容は簡単。今から彼には、イイ事が起こります」


 映像を見ていると、総司がリサを部屋から帰した数秒後の出来事だった。

 リサが再び部屋に入り、総司の唇を奪った。


「ふ、ふん。人間同士の恋慕なんて、興味ないんですけど」


 チラチラと映像を見るレビィが一番興味がありそうだった。

 しかし、それ以上にその光景をただ見ているだけにできない者がいた。


「……」


 当然、主であるベルだ。怒りは爆発寸前。会議室、それ以上にこの建物ごと吹き飛ばさんとするすさまじい魔力が溢れ出ていた。実際、円卓の椅子はガタガタと震え出していた。


「ベル、落ち着きなよ。元カノなんだよね、あの子」

「分かってるよサンちゃん。見た目通り、、アタシもここまで怒ってない」

「やは~、バレちゃったか。鋭いねベルは。実を言うと、姿形はそっくりだけど、あの子は使い魔くんの元カノちゃんじゃないんだよね~」

「アタシの使い魔よねぇ。貸して欲しいって言ってたけど、このためだったの」

「そそ。ありがとねアスモっち。変装が得意な使い魔ちゃんを貸してくれたおかげで舞台は整ったよ、マジ感謝☆」


 マモンが円卓に立った。


「果たして、欲深き人間である彼は、目前の欲におぼれず、主の忠誠を忘れないでいられるでしょうか!? っていうのが、私が確認したかった事なんだよね~」

「……えーと、あまり何を結論付けたいのかイマイチ理解できませんが……。もし忠誠を忘れて欲におぼれた場合はどういう結論に至るのでしょう」

「まー、私的にはやっぱ人間とはあんまり親しくできないよねーって話かな。使い魔にするのもナンセンスって感じ? 簡単に裏切る使い魔とか聞いたことないし」

「なるほど。要はベルに対する嫌がらせって訳ね」

「も~、サタンちゃん変な事言わないでよ~。私はただ人間の事を知りたいな~って思っただけだってば~。みんなも気になってるんじゃない? 人間とどう接するべきか」


 マモンの言う通り、人間と悪魔との関係は親密ではない。

 悪魔側としては、人間を利用するのは多大なメリットを感じているのが魔界の風潮だ。人間が持つ科学力や技術は魔界でも使われていたりする。

 しかし、互いに交流するとなれば話は別だ。一方的に利用するならともかく、一定以上の関係を築けるかと言われれば戸惑うだろう。

 なので、悪魔は人間に対してどう接するべきか、この議論は後回しにされ続けていたのだった。


「え~と……ルシファー様、いかがでしょう」


 司会進行のレヴィはルシファーに助言を求めた。

 あまりに前例がなく、この議題事態進行しても良いか判断がつかなかったからだ。


「よい。許可する」

「やったぜ☆」

「ルーちゃん」

「なんだベル。議長は私だ。反論は──」

「反論じゃないよ。一言だけ忠告。もし、仮とはいえアタシの使い魔に傷をつけたのなら、そこの女、消すね」


 会議室が静まり返る。

 ベルがここまで明確に殺意をむき出しにするのを見るのは、サタンを除く全員が初めて目の当たりにしたからだ。


「……べ、ベルちゃんってば、ホントに怖い顔できるようになったね」

「ん。それだけ」

「あぁ。それも許可しよう。私は力あるものが好きだ。異論はない。……では、事の顛末を見定めようか」

「(……ま、まぁ? 結果は分かり切ってるけどね。アスモっち直伝の催淫魔法に人間が抗えるはずないんだし……☆)」


 全員の視線が、中央に向いた。




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