第19話 再スタート
ひとまずリサを家にあげて、お湯を沸かした。
「とりあえずシャワー使って。えっと、服は……僕のだけど、乾くまでこれ着てて」
「うん」
言われるがまま、リサは浴室に入っていった。その間に乾かせそうな服は乾燥機を回しておいてもらった。
エアコンをつけて、リビングも温かくしておく。
ポットでお湯を沸かして、体を温めてもらえるようにテキパキと準備をした。
「ひとまずはこれでよし、かな」
濡れている自分の体を拭いて、一足先にコーヒーを入れて飲む。
水が流れる音が浴室から聞こえてくる。
リサはどうして部屋の前にいたのだろうか。
久しぶりで何を話せばいいのだろうか。
頭の中でいくつもの疑問が渦巻いていた。
考えがまとまらないうちに、リサは浴室から出てきた。
「……ありがと」
「……どういたしまして」
しばしの沈黙。
き、気まずすぎる。
「あ、えっと……お湯沸かしてあるから。コーヒーとか飲む?」
「……うん」
「分かった」
何とか静寂を打ち破り、コーヒーを入れてリサの前に置いた。
「じゃ、じゃあ僕もお風呂入ってくるから」
それから逃げるように僕は風呂場へと向かった。
「……優しすぎるよ」
部屋を出ていく寸前、そんな声が聞こえたような気がした。
「むぅ……」
風呂に入りながら考える。あの気まずい雰囲気をどうするかを。
こんなとき、ベル様ならどう助言してくれるだろうか。
……いや、ベル様人付き合いはあまり良くないと言っていたし、あまりいいアドバイスはくれないかも……。
「え? スマホいじってるかな~」
脳内のベル様から丸投げなアドバイスが返ってくる。
だけど、きっとなんとかなる、なんて言って元気づけてくれるだろう。
「……よし」
覚悟を決めて、風呂を出た。
まずは軽い雑談でもして場を和ませようじゃないか。
気持ちを完全に切り替えて、リサのいるリビングの部屋を開けた。
「お待たせ。いやぁ、さっきの雨すごかった──」
「ちょ、待っ……!」
リサは慌ててこちらに背を向けていたが、テーブルの上には、可愛らしいマグカップやら快眠道具やらが並べられていたのががっつり見えた。
「Oh……」
全てベル様のモノである。ベル様にせがまれて買ったものもあれば、プレゼントしたものも。
「ち、違うからね!? 別に、見慣れない食器とかあったから、新しい彼女のヤツなのかななんて思ってどれくらいの数プレゼントしてたんだろうとか思っちゃって警察の証拠品提示ばりに並べてみたって訳じゃ全然ないから!!」
「あ、はい……」
心の中を曝け出してもらえたようで何より。
「……新しい彼女できたんだ」
「いやぁ、彼女という訳では……」
「誤魔化さなくてもいいよ。私も内緒で彼氏作ってたわけだし」
「いや、ホントに違うんだけど……」
「……ごめんなさい。私、自分勝手なことばかり言って」
あ、これは届いていないヤツだ……。
とりあえずまずは話を聞くことにした。
「……今日は、どうしてここに?」
少しの沈黙の後、リサは口を開いた。
「謝り……たくて」
「……何を?」
「何をって……! 決まってるでしょ……私、浮気してたんだよ?」
「あ、あぁ……。でも、あれは僕も時間を取れなかったからで……だから、そうなっても、しょうがないと思ってた」
「何それ……どうしてそんなに優しくいられるの……?」
「どうしてって……」
「ニュース、見た。総司さんの会社、めちゃくちゃヤバいところだったって。私知らなかった。総司さんがそんなひどい場所にいるなんて。それなのに私との時間がんばって作ろうとしてて……もう何て言ったらいいか……」
リサは涙ぐみながら次々と話し出した。
きっと考えがまとまっていないのだろう。それでも、謝りたいという気持ちは良く伝わった。
僕はただ、泣きじゃくる彼女の涙が落ちぬよう、ティッシュを手渡すしかできなかった。
「……落ち着いた?」
「……ありがと」
良かった。色々思いが溜まっていたのだろう。全て吐き出したようで、どことなくすっきりしている顔に見える。
「僕はもう、気にしてないから」
「……それって、新しい彼女ができたから?」
「いや、ホントに彼女ではないんだ。えーと……」
どう話したものか。
正直にすべて話してしまうと、僕が身を投げ出そうとしていたことまで話すことになってしまう。リサはもっと責任を感じるだろう。そんなのは望まない。
「今の雇い主……みたいなものかな」
「……どういうこと?」
「えっと、仕事を紹介してもらったんだ。その代わり寝床を提供して欲しいって言われて……今ちょうど暇だし、社会復帰のリハビリとしてはいいかな、なんて。ははは」
「……」
う……なんという典型的なジト目……。
間違いなく疑われてる……。だけど嘘は言っていない、はずだ。
「……はぁ、分かった。信じる」
「あ、ありがとう?」
「でも……そっか、彼女じゃ、ないんだ」
「……?」
リサが急にそわそわとし出した。
「その、さ。愚痴になっちゃうけど、いいかな?」
「うん、いいけど」
「前にその、見たでしょ? 私の新しい彼氏」
「あぁ……」
あまり思い出したくないが、確か長身でイケメンだった気がする。僕とは正反対のタイプだと思った。
「別れちゃった」
「えぇ!? そ、それはまたどうして……」
「浮気、されちゃったの」
「……」
何も言えなかった。こういう時、慰めるべきなんだろうか。
「バカだよね、私。浮気して新しい彼氏作ってた自分が、その彼氏に浮気されてたとか。マンガかよって思っちゃった」
「それは、その……何て言ったらいいか……」
「ううん。私には、総司さんに何か言ってもらう資格なんてないから」
「そんな……」
またリサの目には涙が浮かんでいた。
「……ごめん! もう帰るね。服の乾燥、もうそろそろ終わるよね」
「ちょ、待っ──」
思わず手を掴んで止めてしまった。
このまま行かせては、何かマズイ気がしたからだ。
思い詰めたのちに早まってしまう、過去の自分と同じようになってしまう、そんな気がした。
「……なに?」
「た、確かに。リサには僕を慰められる資格は無いかもしれない。けど、リサはもう十分に傷ついたんじゃないかな。傷ついて、気づけたんじゃないか。自分が、良くないことをしてしまったんだって。だから、その、気持ちを新たにして、また色々と始められると、僕は思う」
「……」
考えもまとまっていない。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
それでも、塞ぎ込んでる彼女を何とかしてあげたかった。
「……ありがと」
「あ、うん」
掴んでいた手をゆっくりと放す。
これで、彼女が引け目を感じてくれなければいいのだが。
「総司さんって、やっぱり優しすぎるよ」
「そ、そうかな」
「うん。きっと、総司さんにはすぐ素敵な人が見つかるんだろうなぁ」
「はは……どうだろう。僕もいい年だし、このまま独り身ってことも全然あり得ると思うよ」
「……そっか。私も、もう一から新しく関係を築こうとか、思えないかも。どうせなら、初めから親しみのある人が、いい」
「え?」
リサの顔がどことなく赤いような気がする。
視線はあちこちと泳いでおり、何かを伝えようとしてくれている。
「もし……もしも、独り身に飽きちゃったら──」
ピー!
ビクッ! と2人して肩が跳ねた。
乾燥機が終わった音だった。
「「……ぷっ。あはははは!!」」
何だか懐かしい。
付き合いたての頃は、こうしてよく笑いあっていたっけか。
「……じゃあ、今度こそ帰るね」
「うん。あ、傘持っていきなよ」
「ありがと。……あ、今度これ返すついでに、ご飯行かない? 今無職でしょ? ちゃんと奢ってあげちゃうよ?」
「はは、ありがとう。でも、就職先決まりそうなんだ」
「ほんと!? じゃあ、決まったらまた連絡してよ。その時も奢ってあげる。あ、というか今日のお礼もしなきゃ……」
「そんな、別にいいよ」
「私が気にするの。何でも言って? 私にできることならなんだってしちゃうし」
「何でも……」
いきなりそう言われても困る。
うーんと頭を悩ませていると、リサはひとりでに顔を赤くした。
「……ちょっと攻めたお願いでも、オッケーしちゃうかもよ?」
「それは──」
脳裏にベル様の顔が浮かぶ。
彼女に申し訳ない、と思ってしまう自分がいた。
「また今度、考えておくよ」
「……そっか。分かった。じゃあ、また今度ね!」
そう言って、リサは部屋を後にした。
ガチャっと扉が閉まった後、ふぅ、と一息ついた。
初めての彼女だ。未練が無いと言えば噓になってていた。
だがそれ以上に、自分はベル様の事を慕っている。
リサともう一度会って、それが分かった。
彼女の使い魔として、リサとはきっぱりと関係を──。
ガチャ。
再びドアが開いた。
そこには先ほど別れを告げたばかりのリサがいた。
「あれ? 何か忘れ物──」
次の瞬間、僕の視界はリサだけになっていた。
唇には、甘くて柔らかい感触が押し付けられていた。
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