第17話 1日メイド
「ん……」
意識が覚醒する。
ベッドに突っ伏すような形で寝てしまっていたので、体がバキバキだ。
「おはよ、下僕くん」
「……」
体を起こすと、ベル様がいた。
顔色もすっかり良くなっており、ニッコリと女神のような笑みを浮かべていた。
「おはよう、ございます……」
「にひひっ、コカトリスが魔法光線食らったような顔してるね」
そのたとえは良く分からなかったが、驚いたのは事実だ。
「いや、ベル様からおはようを言われる日が来るとは……」
「む、アタシだって本気を出せばこれくらいはできるんだもん」
「はは……そうでしたね。体調、良くなったみたいで何よりです」
「下僕くんの看病のおかげだよ。こうしてずっとそばにいてくれたし」
そう言ってベル様は視線を落とした。まだ手を握ったままだった。
「あぁ、すいません! ずっと握ってて──」
慌てて離そうとしたら、ぎゃくに捕まえられてしまった。
手を上に添えていただけなのに、指と指を絡ませて、微塵の隙間もないぐらいにつながってしまっている。
「っ!?!?」
「こっちの方が、アタシは良かったんだけどな~?」
「こ、これだと、ち、近すぎるような……」
「にひひ。それもそっか。風邪、移しちゃったら嫌だしね」
そう言って名残惜しそうに、ベル様の手は離れた。
手のぬくもりが急に無くなったので、妙に冷えた感じがした。
「お、お腹空いてませんか? 何か作りますよ」
「ほんと?」
「あぁ、まだ病み上がりなんですから。そのままで。持ってきますから」
「にひっ、いつも優しいけど、いつも以上に優しいね。それじゃあ、甘えちゃおっかな」
「はい、ぜひ」
キッチンに行って手早く調理。いつも通りの食事がいいとの事だったので、野菜とベーコンと目玉焼き。ヨーグルトを皿に盛り、トレイに乗せて運ぶ。
「お待たせしました」
「わっ、なんか豪華かも」
「そうですか?」
「うん。それじゃいただき……あ」
「?」
「う~ん。まだちょっと体調が良くないなぁ。チラッ。一人じゃ食べられないかもぉ~。チラッ」
た、食べさせて欲しいと言葉にせずとも分かってしまう……。バレバレすぎる。
「……仕方ないですね」
「やった♡」
風邪に関わらず、食べさせてあげることは多々あるんですけどね、と思ったが口には出さないでおく。
「はい、どうぞ」
「え~、野菜ぃ?」
「好き嫌いは良くないですよ。それに前々から思ってましたけど、ベル様はちょっと偏食な気がします。今回の風邪もそれが原因だったかも……。これからはサラダも作りますからしっかり食べましょう」
「うへぇ~、下僕くんが厳しぃ~」
「ベル様のためです。ほら、ドレッシングかけてますから」
しぶしぶ言いながらも口を開けて食べてくれた。顔はすごいシワクチャだったけど。
「次はヨーグルトおねが~い」
「まだ主食残ってますよ?」
「甘いのが食べたい気分なんだも~ん」
「分かりました。はい、どうぞ」
ベル様の食べ方は非常に変わっていた。
ベーコンを食べたかと思いきや、ヨーグルトを食べ目玉焼きへ。自由奔放な食べ方であった。
「ふぅ、ごちそーさま」
「はい、野菜も食べて偉いですね」
「えへへ~、でしょでしょ~。ナデナデしてもいいんだよ~?」
「はいはい、偉い偉い」
「えへへぇ」
言われた通り頭を撫でてあげる。
こうしていると子供をあやしているような気分だ。
「ふわ……」
「眠たいですか?」
「うん。お腹いっぱいになったからねぇ」
「今日はゆっくり休んでください。何かあれば呼んでもらえれば、すぐに行きますから」
「え~? 今日は一緒にいてくれないの? 一緒にいて欲しいなぁ~、一人だと心細いなぁ~」
「ぐ……」
上目遣いでお願いされる。このおねだりは卑怯だ。
「……分かりました。できるだけ一緒にいましょう」
「やった~♡ ……何かご褒美あげないとね」
「ん? 何か言いましたか?」
「なんでもな~い」
結局、その日のほとんどはベル様と一緒の空間で過ごした。ほとんど寝ているベル様だったが、寝言で「下僕くぅ~ん……」と度々呼ばれたのが少しくすぐったかった。
「……そろそろ僕も寝たい、けど」
ちょうどベル様に手を握られてしまった。
起こすのも申し訳ないので、今日もそのままベッドに突っ伏すようにして眠るのだった。
「ん……ん?」
朝目が覚めて、すぐに違和感に気付いた。
ベッドに突っ伏していたはずが、仰向けでベッドに寝ている。おかげで体もバキバキではなく、ぐっすりだった。
「……あれ? ベル様?」
手を握っていたはずのベル様がいない。
というか、今は朝だ。
朝は寝ていて当たり前のベル様が、いない。
「ど、どこにいったんだ!?」
辺りを見回してもいない。
急いで起き上がり、リビングにベル様はいた。
しかし、いつもの格好とはかなり違っていた。
「ベル様……?」
「あ、下僕くんおはよ~、じゃなかった。んんっ、おはようございます、ご主人様♡」
メイドだった。
エプロン姿とスカートに加えてご丁寧にカチューシャまでつけておられる。一体どこから持ってきたのか……。
「そ、その格好はいったい……」
「にひひ。今日は看病してくれた下僕くんにご褒美を上げようと思ってね。今日はアタシが下僕くんの言う事を聞いてあげちゃおうってこと」
「それでメイドですか」
「形から入らなきゃだからね。どう? 似合う? 似合う?」
スカートのすそを掴んでお辞儀をしてみたり、手、指で色々なハートマークを作ったり、投げキッスをするサービス精神旺盛なベル様。
正直なところ、めっっっっっっっっっっっちゃくちゃ似合ってる。というか可愛い。反則過ぎる。
素でも十分可愛らしいベル様だが、メイド衣装を着たことで可愛さが倍増、いや、倍々増ぐらいしている。髪形も作業しやすいようにか、いつもよりまとめているのも新鮮な感じがしていい。
「お~い、下僕くん?」
「……はっ! す、すみません。我を失いそうでした。その、良く似合ってます。すごく」
「えへへ。今日は何でも言う事聞いてあげちゃうからね、ご主人様♡」
うん。ご主人様か。
……なんだろう。それは少し違う気がする。ベル様はいつものようにだらけてお願いをしてこそのベル様というか。解釈の不一致というヤツか、これが。
「呼び方はいつもどおり下僕くんがしっくりきますね」
「……にひひ、下僕くんがそういうならそうしたげるね♡ ということで、下僕くんには手始めに朝ごはんを食べてもらおうかな~」
「え? ベル様が作られたんですか?」
「そだよ~? 丹精込めて作ったんだから」
すごく気になる。色んな意味で。
「ささっ、座って座って」
「は、はぁ……」
言われるがままに座ったところで、ベル様がキッチンから持ってきてくれた。
「じゃ~ん。ベル様特製カレーだよ~」
「おぉ……」
意外や意外。まさかの朝カレーだった。珍しいとは思ったが、とてつもない変化球でもなかった。
「食べて食べて?」
「で、ではいただきます」
見た目は普通のカレーだ。
しかし、スプーンをカレーのルーに付けた時、まず違和感に気付いた。
「……ベル様」
「なに?」
「具は……?」
「……あ。じゃ、じゃなくて! そ、それはほら、スープカレーってやつ! コトコトじっくり煮込んだから消えちゃったのかな? てへ☆」
「な、なるほど……! 凝ってるんですね……!」
しまった、みたいな顔しましたよね今。
ま、まぁ重要なのは味だろう。スープカレーをすすってみる。
あ……あまっっっっっ!!
危ない。思わず叫びそうになった。
ここは主の尊厳を守るためにも優しい嘘を貫き通さねば……!
「お、美味しいですね……」
「顔ひきつってるけど」
「すみません。メチャクチャ甘いです」
秒でバレた。
「ん~、砂糖少なめにしたんだけどな~」
そう言ってベル様もすすってみた。
「……まず。ごめんね下僕くん。甘い=美味しいだと思ってたから……」
「い、いえいえ。まぁ食べれなくはないですし」
「こんなの食べてもらうの悪いし、さすがに捨てようよ」
「だ、ダメですよ! せっかくベル様が作っていただいたのに……! お腹も減ってるし、食べちゃいますね!」
「……そ、そう?」
急いでかっこむようにしてカレーを平らげた。
正直に言うと美味しいとは言えない。しかしこれ以上ベル様の曇った顔は見たくない。
それに、作ってくれたという事実が何よりうれしかったので美味しくなくても食べきることはできた。
「ご、ごちそうさまでした」
「うん……ありがとね、下僕くん」
「食べていて思いついたんですが、ご飯と合わせるよりパンと合わせた方がいいかもですね。ほら、パンに浸して食べるとおいしそうじゃないですか」
「あ、そうかも……」
「それにさっきの味なら……うん、ベル様、まだカレーは残ってますか?」
「うん。まだ結構あると思う」
「分かりました。僕にも手伝わせてください」
ベル様と一緒にキッチンへと向かう。
中々の惨状であった。調味料がそこかしこに散らばっていたり、棚を漁った形跡がそのまま残っていた。
「わぁ……」
「も、もうっ! 後で片付けようと思ってたの! マジマジと見ないでっ!」
「す、すみません。先にカレーを仕上げちゃいましょうか」
鍋に残っているカレーを再度味を確かめるべく味見してみる。
「……うん。多分スパイス系があったはず……」
調味料が入っている棚から数種のスパイスを出した。
以前買ったはいいものの、あまり使ってなかったため賞味期限ギリギリだった。
手始めに2種類のスパイスを入れてみる。
「……うん、もうちょっとかな」
もう何種かスパイスを入れては味見をして、入れては味見を繰り返した。ついでに野菜も細かく刻んで入れてしまって一緒に煮込む。
「……よし、ベル様。味見してもらってもいいですか?」
「うん」
ルーを皿に少しよそって、ベル様に渡す。
「くんくん……なんかいい匂いしてる」
「見よう見まねでスパイスを色々入れてみましたけど、どうでしょうか」
ぺろりとベル様が口を付けた。
「わっ! なんか良くわかんないけどおいしい!」
「ははっ、はい。僕も似たような事思いました」
色々スパイスを入れたせいで甘辛いカレーができてしまったが、甘いばかりのカレーよりかは少しピリッとした辛みがでるようになったので、甘みと辛みがいい具合にマッチしていた。
「やっぱりすごいね下僕くんは。私、メイド失格かな」
ベル様がカチューシャをはずそうとしたので、思わず止めてしまった。
「いえいえ。ベル様が甘いカレーを作ってくれなかったら、このカレーはできてませんから。ベル様のおかげですよ」
「そ、そうかな……? えへへ、初めての共同作業、ってやつだね」
な、なんか響きが妙に含みがあるような……。
「そ、そうだ。パンにもつけてみましょう」
「うん!」
それから食事を終えた後も、ベル様には色々やってもらった。
掃除、は掃除機の使い方とぞうきんの場所やらを教えて、水仕事はキツイだろうと思い掃除機をお願いした。
「ね~、下僕くん。ルンバ買おうよルンバ~。これ重たいよ~」
「掃除機が壊れたら考えときますね。代わりましょうか?」
「……ううん。今日はメイドだから、がんばる」
危ない。もう少しでウチの主戦力が捨てられるところだった。
心の中でがんばれとベル様を応援しながら見守るのだった。
次に洗濯機の動かし方を教えた。使ったことが無いと言われ驚いたが。
「いつもどうしてたんですか?」
「魔力で服は作れるからね~。このメイド服も魔力で作ったんだよ~」
「なるほど……便利ですね」
「下僕くんのも魔力で作ってあげようか?」
「それって万が一ベル様の魔力が無くなった時はどうなるんですか?」
「……えへ☆」
洗濯要らずのシステムに一瞬惹かれたが、危うく公然わいせつで連行されるところだった。
「下僕くん、マッサージしてあげるよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいからいいから。確か……お風呂にマット敷いてローションでヌルヌルにするんだよね?」
「どこでその知識拾ってきました? それはアレなヤツなのでやめときましょう、はい」
危うく家がお風呂屋さんになりかけた。
「ふぇ~、家事って大変なんだねぇ。下僕くんはよく毎日こんなことやってるよね」
「平日で仕事がある時はもう少し手を抜いてますよ」
「うへぇ……仕事がある時も家事するんだ……」
「はは、経験を積み重ねたら無心でできるようになるので、大丈夫ですよ」
「ホントに大丈夫なのそれ……」
こうして、一通りベル様に家事を手伝ってもらった。ベル様の感想としては、自分には向いてないとのことだった。
「やっぱり家事は下僕くんに任せようかな~。ほら、使い魔の仕事をアタシが取っちゃうと悪いし?」
「はい、これからも自分がやらせていただきますね」
「あ、でもでも! どうしても手伝ってほしいって時は手伝ってあげるからね」
「はは、ありがとうございます」
「それに、この格好もしてあげられるしね~」
そう言ってベル様はメイド服をひらひらと見せびらかした。
またベル様のメイド姿が見れるのなら、家事を手伝ってもらうのも悪くないかもしれない。
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