第9話 上書き
今日も今日とてゆっくりと1日が過ぎていく。
掃除でもしようかと思い、色々と片付けているうちに、見つけた。
「あ、これ……」
それは机の引き出しにしまっていたネックレスだった。
元カノであるリサのために買ったはいいが、結局渡せなかった、そんないわくつきの代物である。
「リサ……どうしてるかな……」
最後にリサと会った光景がフラッシュバックして、少し吐きそうになった。
しかし、リサとの時間を作れなかった自分に非があることも理解しているつもりだ。
こんな嫌な記憶は捨ててしまおう、そう頭では思っているが、どうにも捨てきれない。
「いやいやいや……こんなもの残してもしょうがないだろ……メルカリとかで売れば少しはお金になるし、売って綺麗さっぱり忘れた方が……いや、でも──」
「何してるの?」
「うわぁ!? べ、ベル様!?」
「にひひっ、驚きすぎでしょ。何をそんなに熱心に考えてたのかな~……って、何それ?」
「あ……これは、その……」
「……」
な、なんだこの異様な圧は。
返答次第ではただでは済まない気がする。
「下僕くん、見せて♡」
「いや、そんな大したものではないのでお気になさらず──」
「見せて♡」
「……はい」
主人の命令は絶対である。
僕は言われるがまま、ベル様にネックレスを見せた。
「ふ~ん、ネックレスだ」
「は、はい……」
「これ、下僕くんが付けるわけじゃないよね」
「まぁそうですね……はい」
「ということは誰か他の人に付けてもらうものってことだね。アタシが来てから下僕くんがアクセを買いに行くところなんて見てないし……誰に付けてもらう予定だったのかな~、アタシが来る前にはあったって事だしぃ、アタシじゃないことは確かだよね~。あ、ここに名前彫ってある。リサ……ふ~~~~~~~~~~~~ん」
「……」
だ、ダメだ。
ここは正直に言おう。
「も、元カノです……」
「そっかぁ。下僕くん彼女いたんだぁ」
「で、でも今はもう別れて、全然連絡も取ってなくて──」
「でも、こうやって贈り物と未練は残ってると」
「……」
未練、なんだろうか。
リサともう一度恋人関係になりたいのか。
いや、そうではない。
リサに恨みがあるわけではない。
きっと自分は、一言謝りたいのだ。
それで関係をきっぱりとリセットしたいんだと思う。
「確かに、リサとは短い間でしたけど、恋人でした。でも、フラれた、というか、あっちに好きな人ができたみたいで」
「ふ~ん」
「僕が悪かったんです。リサとの時間を作らずに、仕事に明け暮れて。結局、愛想を尽かされて他の人の元へといってしまった」
「……」
「今度会ったら、一言謝ろうと思います。それできれいさっぱり──」
「そんなのしなくていい」
ベル様にしては珍しく、少し声を荒げた言い方だった。
「え……」
「下僕くんは優しすぎるよ。時間が作れなかったのは下僕くんのせい? 違くない? めちゃくちゃ多い仕事やらなきゃいけなかったからでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「だったら、下僕くんが謝る必要なんてない。むしろ、今の自分を誇ってもいいと思うな」
「誇る、ですか?」
「そ! いまはこんな偉大なご主人様の元で使い魔やらせてもらってます、ってね!」
えっへんとベル様が胸を張る。そんなことをリサの前で言うとついに頭がおかしくなったのかと心配されそうだが……。
しかし、今の生活が以前よりずっといい事は、紛れもない事実だ。
「……はは。分かりました。今度リサに会った時は、自慢してやります」
「よろしい。……でも、偶然会った時だけにして。自分から会いに行こうとしたら、刺すから」
「は、はい、分かりました」
刺されるのか……。
最初から自分から会うつもりは無かったが、偶然会った時にも気を付けよう。
「それにしても、下僕くんを捨てるなんて見る目ないね」
「いや、リサは自分なんかにはもったいなかったんですよきっと。不得意なことはほとんどなかったし、何でもそつなくこなしてたというか。周りの事をよく見てて気遣いもできてましたし──」
そんな話をしていると、みるみるベル様の頬が膨らんでいくのが分かる。
「……やっぱりムカつく」
「あ、あのベル様? それ以上膨らむと頬が──」
「忘れさせてあげよっか?」
「え──」
それはどういう意味、そう聞こうとしたが、既にベル様は動いていた。
あっという間に押し倒され、馬乗りにされる。
ベル様に見下ろされる形になる。
ゆっくり、ゆっくりと指を体に這わせてくる。
「うぁ……ちょ、ベル様……?」
「彼女さんは、こういうことしてくれた?」
「そ、れは──」
「してないんだ」
ベル様にはお見通しのようだった。
リサとは性行為をしていない。自分がヘタレだという事もあり、キスまででそれ以上の事はしていなかったのだ。
「わたしなら、してあげてもいいけど?」
耳元で甘い言葉を囁かれる。
耳がとろけ、脳まで響く誘惑。まるで魔法のよう。
「魔法じゃないよ」
「──っ!」
全てを掌握されている感覚。
肉体的にも、精神的にも支配されているというのに嫌な感情は一つもなく、本能が目の前の悪魔に全てを委ねている。
体はゼロ距離で密着している。
このままでは頭がどうにかなりそうだった。
やがて、自分の意思に反して彼女の体に手が伸びそおうになる。
「ベル、様──」
「なんちゃってー!」
「……へ?」
「びっくりした?」
パッとベル様の体が離れた。
先ほどの甘い雰囲気はどこへやら。何もかもが夢だったかのよう。
「にひひ。下僕くんはあくまで使い魔だからね。これ以上のご褒美はそう簡単にあげられないよ~?」
「……そ、そうですよね。はは、びっくりしましたよもう」
「コーフンさせちゃったかな?」
「そ、そりゃまぁ。僕も一応男なので」
「にひひ、でもお預け。下僕くんがもっと私に尽くしてくれれば、考えてあげなくもないかな~」
それは尽くせば先ほどの続きがあるということか……。
妙な気持になりそうだったので首をブンブンと振り、邪念を振り払う。
「ふわぁ、それじゃ、アタシはもうひと眠りしよっかな」
「あ、はい。おやすみなさい」
「下僕くん、浮気はダメ♡だからね」
「……肝に銘じておきます」
そう言ってベル様は去っていった。
去り際、少し顔が赤かった気がするが気のせいだろうか。
「……あれぐらいしておけば、大丈夫だよね、うん」
どくんどくんと心臓が高鳴っている。
先ほどまでの自分の行動が、頭の中でフラッシュバックする。
あそこまでやるつもりではなかった。
しかし、自分の使い魔の口から他の女の話がされることに、無性に腹が立った。
「そ、そもそも下僕くんが悪いんだもん。他の女の話ばっかりしちゃって。これは、主人としては当然の行い、そう、躾。躾みたいなものだから。別におかしなことじゃないもん」
そう言い聞かせる。
彼女の胸の鼓動は、しばらく高鳴ったままだった。
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