第7話 運動しなきゃ(義務感)
仕事を休んでから1週間が経とうとしていた。
ようやく体が慣れてきたのか、朝起きる時間が少しだけ遅くなった気がする。
とは言っても、寝つきが良くなっているわけではない。
何度も意識が覚めては、また眠りに落ちる。その繰り返し。
今日の朝もそんなこんなで早めに起きて、朝食の準備を済ませてしまった。
テレビを見ながらボーっとしていると、ベル様が起きてきた。
珍しく早起きだ。(9時起き)
「おあよ~」
「おはようござっ──ベル様、ボタンはきちんと閉めていただけると」
ベル様の豊かなお胸がボタンを中途半端に止めているせいで、服の隙間から肌が見えてしまっており、余計に大きさが目立って見える。
「んあ? ん~、下僕くんはエッチだなぁ~」
そんな理不尽な。
しぶしぶとベル様はボタンを止めてくれた。
止めたはいいものの、パツパツである。ボタンが悲鳴を上げているような気がする……。
「下僕くんはいつも朝早くて偉いねぇ」
「早起きってわけではないですけどね。どうしても目が覚めちゃって」
「そりゃ大変だぁ」
のろのろと椅子に座り、もにゅもにゅと音が鳴ってそうな顔でパンを頬張っているベル様。小動物みたいで可愛らしい。
「なんでだろねぇ」
「なんででしょうねぇ」
老夫婦みたいなやり取りをした後に、テレビからおどろおどろしい声が聞こえてきた。
『眠れないそこのあなた……。それは、生活習慣病のサインかも……。生活習慣病は命に関わると言っても過言ではありません……! 気づいた時にはもう手遅れかも……!!』
お、大袈裟な……。
そう思っていたが、生活習慣病のチェックリストが画面に映し出されていた。
寝つきが悪い。
疲れやすい。
朝起きた時に疲れが取れた感じがしない。
などなど。
どの項目もほとんど当てはまっていた。
『5個以上チェックがついたあなた……! 取り返しがつかないかもしれませんよ……!』
「……」
「……下僕くん。何個当てはまったの?」
「……ぜ、全部」
そう言った数秒後、ベル様からツーっと一筋の涙が……。
「死なないで……」
「だ、大丈夫ですから! そんな簡単には死にませんって!」
「でもでも……ただでさえよわよわな下僕くんが病気になったらもう……」
やばい。このままガチ泣きしそうな勢いだ。この年で体を心配されてガチ泣きされるなんて嫌すぎる。
「そ、そうだ! こういうのは日々の生活で治るって聞いたことがあります!」
「……ほんとに?」
「はい! ほら、テレビでもそう言ってますし」
『生活習慣病を治すには、適度な運動が一番!』
そう言った後に、運動グッズがこれでもかというくらい紹介された。なるほど、こういう商法だったわけか。うまいじゃないか。
「運動……確かに随分とやってないかも」
「うえぇ……運動はつらくない……? 逆に体壊しちゃいそう……」
「ベル様、運動苦手なんですか?」
「うん、だって意味わからなくない? ランニングで例えるけど、普通に歩けるのに走るっていう行為がまず分かんない。疲れるだけだし、本で読んだことあるけど大した運動にならないとか書いてあったし。あと天気の良し悪しに関わるのも嫌いかな。あと運動した後って汗かいて気持ち悪いじゃん。それでお風呂に入るのもやらされてる感あってめっちゃ無理かも。後は──」
「わ、分かりました。ベル様が運動を遠ざけたいのは十分理解できましたから」
ここまで拒否反応を見せるとは思わなかった。
とはいえ、全く運動しないというのもどうだろうか。ベル様は悪魔だから何てことないかもしれないが、僕は人間なので絶対に健康面に影響が出るだろう。
健康体でなければ、またベル様に心配をかけてしまうかもしれない。それは避けたかった。
「……してみようと思います。運動」
「ヴェっ!? 正気!?」
「軽めの運動から始めてみようと思います。ベル様は平気かもですけど、僕はたぶん、体鈍りまくっちゃってると思うので」
そうと決まれば善は急げだ。
時間は10時を少し回ったぐらい。
平日のこの時間であれば近所の散歩コースは空いているだろう。
動きやすそうな服装に着替えて、玄関に向かうとベル様がひょっこりと顔を覗かせ恐る恐る聞いてきた。
「え~、ホントに行くのぉ?」
「はい。とりあえず30分だけやってみようと思います」
「30分……30分かぁ……う~ん……」
これでもかというくらいベル様は頭を悩ませておられる。もしかして一緒についてきてくれるのだろうか。
「……初めてなので、15分、かつ散歩にしてみようと思います」
「え、ホントに!? それなら下僕くんについていくのもやぶさかじゃないかな~。下僕くん一人だと心配だしぃ? 仕方ないからついていってあげようかな~」
「ありがとうございます。僕一人だと不安なので、ベル様も一緒だと心強いです」
「にひひぃ、そこまで言われちゃしょうがない。アタシもついていってあげるっ」
そうして、ベル様と健康体を取り戻す修行? が始まった。
家を出て、散歩コースに向かってみる。
その途中でも朝の陽ざしが適度に当たり、体が冷えることなく散歩ができていた。
精神的病気には太陽光がいいと聞いたことがあるが、確かに家にいるより体が軽いような気がしてきた。
「いい天気ですね、ベル様」
「ん~、ちょっと寒いかも……」
「あ、じゃあ自分の上着を貸しますよ」
「ん、助かるぅ」
自分の上着を脱いでベル様にそっと羽織ってもらう。
「ん~、あったか……。にひっ、下僕くんの匂い」
「す、すみません。匂いますか?」
「うん。すぅ~、は~。すっごく匂うね、うんうん♡」
う、嬉しそう……。臭くないのであれば、まぁいいか……。
「下僕くんは寒くないの?」
「晴れてますし、これぐらいなら平気です」
「下僕くんは元気だねぇ。アタシは体温低いからさ、ほら」
そう言ってベル様は僕の手を取り、ぎゅっと握った。
確かに少し冷たいが、それ以上に急に手を握られて内心穏やかではなかった。
「にひっ。びくっとした」
「そ、そりゃ急に掴まれたら驚きますよ……」
「ごめんごめん。次は言ってから握るね?」
それはそれで破壊力が高いような……。
そんなやり取りをしながら歩いていると、川が近くに見えた。
「見て見て下僕くん! 川!」
「なんてことない川ですけどね」
「そうかな? でもこうして改めてみると綺麗だよね~」
ベル様に言われて気が付いたが、この川、何度も見ていた。
とはいっても、通勤中の電車の中で数秒間だけ見えていただけの、本当になんてことないただの川だと思っていたが。
しかし今こうしてみると、太陽光が水に反射して、宝石のような輝きをしている。
何てことない景色の一部だと思っていたが、こんなにも綺麗だったとは。
「下僕くん? どうかした?」
「……いえ。本当に綺麗だなと」
「でしょでしょ~。散歩、結構いいじゃん」
全く走っていないので、これで運動したとは言い難いが、全く家から出ないよりはよっぽど健康的だろう。
「また来ようね、下僕くん」
「もう帰ろうとしてますね?」
「だってほら、時間」
「え? あ、ホントだ」
気づくと既に15分経っていた。
これで家まで戻れば30分。あっという間だった。
「不思議だなぁ。下僕くんと一緒だと時間が早いや。もしかして時間操作系の大魔法を使ってたりして?」
「いやいや。そんな事できませんよ」
「罪作りな魔法使いめっ。ついでに治癒魔法を使ってくれると助かるかな~。疲れちゃったし」
そう言ってベル様はベンチに腰掛け、だらりと寝そべった。
「ふわぁ……こんなに動いたの久しぶりだから眠くなってきちゃった」
「ここで寝たら風邪ひきますよ?」
「んん~、じゃあ、抱っこの魔法使って~」
「魔法関係ないじゃないですか……しょうがないですね」
ベル様に背を向け、屈んだ。
「どうぞ」
「お~まさかホントにしてくれるとは。言ってみて良かった♡」
しまった。冗談で済ましておくべきだったか。
しかし、既にベル様は背中に全体重をのっけておぶさってきた。
見た目に反して驚くくらい軽い。が、背中にしっかりずっしりと柔らかい感触が伝わり、頭がバグりそうだった。
「ベル様、もう少し離れ──」
「よ~し、このまま家までレッツゴー!」
「……はは。はい、分かりました」
そうして、ベル様をおぶって家まで帰ることになるのだった。
これはこれで、いい運動になったかもしれない。
その日の夜は、いつもより寝つきが良かった気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます