第6話 買い物デートと自炊
通帳を眺めながら、このお金ホントどうしようと悩んでいると、いつの間にか日が落ちてきていた。
コンビニで買った食料も底をついている。
再びコンビニで買うのもいいが、栄養面など考えると自炊した方がいいのかもしれない。
時間なら十分にあるし、何よりベル様の健康のためでもある。
「ベル様、買い物に行ってきますね」
「うみゅ……」
起きることは無いだろうけど一応声をかけておく。案の定起きることは無かったが。
「外寒いかな……上着着ていくか」
ハンガーにかけてあった上着を着る。
玄関で仕事用の靴を履いた時、異変は起こった。
「……?」
視界が少し、暗い。
心臓の鼓動が早まっているのを感じる。
「あれ……おかしいな」
さっきまで何ともなかったのに、今はとても息が苦しい。
「はぁっ……はぁっ……」
思えば、この症状は仕事に行く前に似ているかもしれない。
息が苦しくなったときは、深呼吸して何も考えないようにしていた。
頭では理解していても、体は今から仕事に行くのだと危険信号を出しているのかもしれない。
苦しい。
深呼吸。
ダメだ。久しぶりなせいか、うまく落ち着かない。
辛い。
誰か──。
「よーしよし、頑張ったね」
「っ!?」
いきなり背中に温かい感触。
背中から手を回され、包み込むように頭を撫でてくれる。
「……ベル、様」
「仕事に行くときの事、思い出しちゃったんだよね。辛かったね、よーしよし」
動悸が段々と収まっていく。
息苦しさはいつの間にか薄れ、靄がかかった視界も晴れていた。
「……すみませんベル様。もう大丈夫です」
「ほんとにぃ~? これ以上ないぐらい甘えるチャンスだよ~? 止めちゃっていいのかな~」
「だ、大丈夫ですから、ホントに」
「そっかそっか」
そう言ってから10秒ほど撫でた後、ベル様のナデナデタイムは終了した。これ以上ないくらいの施しだった。
「すみません。ご心配かけて」
「もういいってば。それより、どこか行こうとしてたの?」
「ええ。買い物に出かけようかと」
「おぉ~。それじゃアタシも付き合うよ」
「いや、自分一人でも大丈夫──」
そう言いかけて、先ほどの自分を思い出した。
あれだけ体調を崩しておいて、一人でも大丈夫なんて説得力がない。
「……お願いしても、いいですか?」
「にひひ。下僕くんも甘え方を分かってきたじゃん」
そうして、ベル様と買い物に出かけることになった。
10分ほど歩いて、大きめのデパートに来た。
「おぉ~。おっきいデパート。なんで近場じゃなくてこっちにしたの?」
「食品を買うだけじゃなくて、ベル様の生活用品があればと思いまして。服とか」
「下僕くんのがあるじゃん」
「いやいやいや。あれは大きすぎてベル様ぶかぶかじゃないですか」
「え~。寝心地いいんだけどなぁ。締め付け感ゼロだし」
「締め付け感ないとダメなんですよ」
「ぶーぶー」
ベル様は寝るときは僕の服を引っ張り出して勝手に着る。それはいいのだが、ぶかぶかすぎて色々と見えるのが問題なのだ。
「ベル様用の服やら食器やら買いましょう。食品は後でもいいので」
「仕方ないなぁ」
こうして、ベル様の生活用品を次々と買い漁るのだった。
油断すると商品棚ごと買おうとするので、丁重に止めておいた。
ある程度の節制は人間界で常識ですと人間界の常識を教えながら、買い物を済ましていった。
なかでも服を選ぶのが一番困った。
「どう下僕くん。似合う?」
「は、はい……」
「これはこれは? フリフリしててカワイイ~」
「に、似合いますね……」
「これはどう? ちょっとボーイッシュに決めてみたよ~」
「いいと思います、はい」
似合っていない訳ではない。
ただ、似合いすぎる。
フリフリのスカートも。
ボーイッシュなパンツも。
明るい色も暗い色も。
全ての服がベル様には似合っていた。それこそ商品全部買っても困らないぐらいに。
「下僕くんは優柔不断だなぁ」
「いやその……正直に言うと、どれもベル様には似合っているので決めるのが難しいんですよ……」
「……下僕くんは時に大胆なことを言うよね」
「え?」
「ううん、何でもない。じゃあ、一通り買うことにする。アタシ全然服は持ってないし。じゃあ後は下着──」
「そ、それはさすがに選べませんよ……!」
「にひひ、分かってるって♡」
危なかった。
ただでさえ女性もののエリアで試着待ちをするのは居心地が良くなかったのに、下着ともなれば心が死んでしまうだろう。
こうして、服を選び、食材を買い込んで家に戻ったときにはすっかり日が暮れていた。
「あ~、疲れたぁ。大丈夫下僕くん。重くなかった?」
「いえいえ、これぐらいは」
「楽しかったね、買い物デート♡」
「で、デートだったんですね……」
「もちろん♪ あ~、お腹空いちゃったね」
「待っててください。すぐに作りますので」
そう言った途端、ベル様が数秒停止した。
「……ん!? 下僕くん料理できるの!?」
「い、一応。簡単なものだけですけど……」
もう何年もしていないが、以前は時間のある時はなるだけ自炊をするようにしていた。
食費は抑えられるし、料理という作業自体嫌いではなかったからだ。
「ほえー。あんな細かい作業良くできるね……」
「レシピ通りにやればできますよ」
「そうなんだー。ちなみに、今日は何作るの?」
「カレーでもいいですか?」
「カレー! いいよ、いいに決まってる! 下僕くん大好きっ!」
「おわっとと……! きゅ、急に抱き着かないでくださいよ。すぐ準備しますから、手を洗って待っていてください」
「は~い」
久しぶりだからやろうか迷っていたが、こんなに喜んでくれるならやってよかったと思えた。
お米を研ぎ、炊飯器にセット。
カレー作りに取り掛かる。
「よし、やるか……」
といっても野菜、肉を一口大に切って、後は鍋に入れて煮込むだけだ。
ルーを入れて、部屋にカレーの匂いが漂ってきた。
「ん~、いい匂い」
「もうすぐでできますから」
「は~い。楽しみ~」
ベル様はテーブルに座り、鼻歌を歌いながら待っている。
炊き立てのご飯とカレーを皿によそい、テーブルに並べた。
「お待たせしました」
「待ってました~! おぉ~、美味しそう~!」
「どうぞ、召し上がってください」
今更思ったが、カレーのような家庭料理はベル様の口に合うのだろうか。
しまった。ただのカレーでなく、もっと良い肉を使ったりスパイスを入れたりと凝ったものにすればよかったかも。
そう思ったが、既にベル様は口の中にカレーを入れていた。
「べ、ベル様。口に合わなかったら残して──」
「~~~~っ!!! うまいっ!!!」
「へ……」
「下僕くん、これすっごくおいしいよ! 今まで食べた人間界の食べ物で一番おいしいかも!」
「そ、そんな大袈裟な……何の捻りもないただのカレーですよ?」
「ほんとにぃ? こんなに美味しいんだから何か秘密がありそうだけどな~」
そう言いながらベル様の手は止まることは無く、あっという間に完食してしまった。
「おかわりっ」
「はやっ! ちゃんと嚙まないとダメですからね」
「分かってるってば。はやくっ、はやくっ」
ウキウキなベル様におかわりのカレーを献上したのちに、自分も食べてみた。
久しぶりの自炊だったが、失敗はしていないようだ。絶賛するほどおいしいとは言い難いが、普通のカレーだった。
「ふぅ、ごちそうさま」
ベル様は少し膨らんだお腹をポンポンと叩く。
「下僕くんが料理もできたなんて……アタシって幸せ者だなぁ」
「いやいや、カレーなんて誰にでもできますって」
「下僕くんが作るカレーは、下僕くんにしかできないんだよ。それに、アタシのこと気遣って甘口にしたでしょ。それも嬉しかった。もっと自分を誇っていいんだよ。下僕くんは偉いし、すごい。アタシが保証したげる」
そう言われると、胸の奥が熱くなる。
今までこれだけ褒められたことはあっただろうか。
社畜だった時のつらい記憶がフラッシュバックする。
あの時はどれだけ頑張っても、何をやっても褒められることなんてなかった。
でも今は、簡単な料理を振舞っただけでこんなに喜んでもらえている。
「あれ? 下僕くん泣いてる?」
「なっ、泣いてませんよ」
「にひひ~、今日の下僕くんは甘えたがりだなぁ。よ~しよし」
頭に手を伸ばされ、撫でられる。
涙をぐっとこらえ、言葉をふり絞った。
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして♡」
これからは自炊をしていこう。
そう思える1日となった。
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