第4話 契約しよ?

「「ごちそうさまでした」」


 朝ごはん、もとい昼ご飯を堪能した。こんなにゆっくりと食事をしたのは何時ぶりだろうか。

 それに朝食に固形物をしっかり食べたのも久しぶりな気がする。


「ふぁぁ~、お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった」


 横になろうとしたので、僕は咄嗟に止めた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん? どったの?」

「いや、当たり前に一緒に朝起きて一緒に食事してましたけど……その、ベルフェゴールさん帰らなくていいのかなって……」

「へ? なんで?」

「なんでって……ここ僕の家ですし」

「私の家でもあるからよくない?」

「え?」

「え?」


 しばし流れる沈黙。

 え? ベルフェゴールさんの家でもある? ナンデ? why?


「えっと、なぜにベルフェゴールさんの家でもあるんでしょうか……」

「アタシが気に入ったから♡」

「えぇ……確かにこの部屋の家賃と間取りのバランスは良い方だと思いますけど……」

「そっちじゃなくて、キミ」

「え? 僕?」

「そ。実を言うとね、アタシが人間界を降りてきたのは使い魔を探すためだったりするんだよね~」

「は、はぁ……」

「ただの使い魔じゃなくて人間、それも魂が強くてちょうどいい人間、つまりキミの事ね」

「そ、その条件で言うと僕は当てはまらないんじゃ……その、自殺しようとしたぐらいですし」

「あはっ、確かに」


 確かにて……単に揶揄われているだけだろうか。


「でも、キミは飛び降りなかった。アタシの声に耳を傾けて、従ってくれた。死の間際にアタシを求めた。弱りきっていても従順で礼儀正しく、他者に対しても寛容。それでアタシ的にはすっごくピーンと来ちゃったの」

「な、なるほど……」


 どうやら悪魔に気に入られてしまったらしい。不思議と嫌な気はしなかった。


「今すぐ使い魔になって欲しいところだけど……今の下僕くんは大分弱ってるから、しばらくはアタシが傍にいて介抱したげる。ん~、アタシって献身的♡」

「弱ってるって……昨日寝て体力は結構回復したと思ってるんですけど」

「はいダメ~。口ではそう言ってるけど、アタシの目はごまかせないよ? 下僕くんのHP満タンが100だとすると、今は2ぐらいかな」

「少なっ! 昼前まで寝たのに!?」

「にひひ、それだけよわよわってこと。今はゆ~っくり、ゆ~っくり体力を回復することに専念すること、いい?」

「……休息が必要なのは分かりました。でも、いきなり使い魔だなんて……」


 そもそも何をやるかさえ分かっていない。いざ仕事を引き受けたら中身が膨大かつ手に負えない仕事でした、なんてことは最早日常茶飯事だ。


「念のため聞きたいんですけど……使い魔って何をすれば……」

「お? それ聞いちゃう? 使い魔っていうのはねぇ、名誉あるものだけど、それ相応に大変だよ~?」


 やはり……聞いておいてよかった。何とかして断るべきだろう。


「アタシと一緒に遊んだり~、一緒にお昼寝したり~、アタシにご飯食べさせたり~、とにかくアタシの傍にいて言う事を聞く事!」

「……へ?」

「どう? きびしーでしょ?」

「……」


 どう、と言われても……。

 ただ一緒にいてお世話するだけ? 

 それってメチャクチャ楽なんじゃ……。

 いやいや、油断してはいけない。知らないうちに仕事をどんどん増やされて、なんて事があるに決まってる。


「下僕くんにはやっぱり厳しいかぁ。残念だな~、下僕くん以外には務まらないと思うんだけどなぁ」

「う……」

「また人間探しかぁ……。もう何日も探したけど、下僕くんしか見つからなかったし……この先見つかる気がしなくなってきちゃった……」

「うぐぐぐぐ……」

「今日は野宿でもしようかな……。最近寒くなってきたけど、甘えてばかりじゃいけないよね……下僕くん以上の人なんて見つかりっこないし、仕方ないよね……」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」


 自分でもどうかと思うが、自分じゃなきゃダメだとか、自分以外には任せられないとか、こういう言葉に滅法弱い。


 それに、何より命を助けてもらったという恩もある。彼女の頼みを無下にはできないし、したくない。できる限り彼女の役には立ちたいと思った。


「……分かりました。ただし条件が──」

「え? いーの!? 下僕くんだーい好きっ♡」


 突然、ベルフェゴールさんから外国人に負けず劣らずのアツいハグをされた。


「ちょ!?」


 こんなに人──ではなく悪魔だが、悪魔とはいえ異性と密着したのは久しぶりだった。悪魔でも温もりはしっかりと感じた。


「んふふ~、下僕くんはもうアタシにぞっこんって事だね~、チョロいねぇ~」


 こちらの気も知らず、振りほどけないぐらい力強く抱き着かれている。

 服の上だというのに、柔らかい感触がこれでもかと伝わってくる。

 それにメチャクチャいい匂いもする。

 理性特攻の連続攻撃で頭がどうにかなりそうだった。


「……じょ、条件っ! 条件を付けさせてください!」

「んにゃ? 条件?」


 何とか彼女の肩を掴んで引き離すことができた。


「ぼ、僕が休みの期間。3カ月だけ、仮で使い魔としていさせてください」

「ふんふん、しよーきかんってヤツだね」


 く、詳しいな……。最初からそう言えば良かった。


「自分勝手だとは思いますけど、僕も会社に所属してるので、そっちとの兼ね合いもあって……」

「え~、あんなブラック会社に未練があるの~?」

「一応、お世話にはなってますし……」

「ふ~ん。ま、許したげる」

「ほ、ホントですか?」

「うん。アタシは寛大だからね。でも、我儘でもあるからね? この3カ月間で、下僕くんをアタシから離れられなくしてあげる」

「は、はは……お手柔らかに……」


 目がマジだ。一体これから何をされるんだろう僕は……。


「じゃ、契約成立ね♡」

「よ、宜しくお願いします。ベルフェゴールさん」

「ベルでいいよ~。アタシと仲良い人はみんなそう呼んでくれるから。下僕くんもそう呼ぶのを許してあげちゃう」

「分かりました。ベルさん──あ、いや、使い魔だから……ベル様、でどうでしょうか」

「……」


 あれ、お気に召さなかっただろうか。

 呆気にとられたような顔をしているが……。


「下僕くん」

「は、はい」

「抱いてもいい?」

「ダメですよ!? というか抱く側!?」


 こうして、俺と彼女は契約を結んだ。

 この先何がどうなるのか、全く分からない。

 だけど、会社で毎日怒られる日々よりは、彼女に尽くす毎日の方が、ずっといい気がしていた。



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