第44話 後悔


「グレンさんをどこに連れて行ったのですか!? 答えて下さい!」


 カーラはグレンから渡されたペンダントを握り、杖を召喚してベイトに向ける。カーラの中にあるのは怒りと不安、そして後悔。自分が彼を魔導学園ここに連れて来なかったなら、1人でここに来たならこんなことにならなかったんじゃないかと言う想い。


「それは僕にも分かりません。ただ分かるのはあいつは死にます。確実にね」


「っ……」



 はっきりと言いきったベイト。それを告げられたカーラはベイトを睨みつける。ベイトは睨みつけられても笑いながら伝える。


「フードの男の名前はジゼルです。元ランク10冒険者で神速の二つ名を持った者、ランク4じゃどう足掻いても死にます」


「………嘘……だって、ジゼルは監獄にーー」


 カーラは嘘だと信じたかった。けれど一瞬で現れたあの男、何をしたのか分からないがとてつもない力を持っているのは分かる。


 本当にジゼルなのだろうか? 本当なら彼は殺される。カーラに嫌な考えがよぎる中、ジギン先生が落ち着いた声で話しかける。


「ベイト君、貴方はそんな子じゃなかったはずです。今ならまだやり直せます」


 ジギンはベイトに歩み寄って手を差し伸べる。ベイトはその手をしばらく見て手を差し出す。ジギンは安心したような顔になった。



「もう、貴方はいらないな」


「っ!!」


 ベイトは差し出された手ではなく、ジギンの腹に手を当てた。


『ウィンドショット』


「ガハッ!!」


 ジギンは腹に穴はさらに風穴を空けて、窓を突き破って外に放り出された。


「さて、これで邪魔者はいなくなりましたね」


 ベイトは醜悪な笑みを浮かべてこちらへ向かって歩いてくる。


「こ、来ないでください!!」


 カーラはベイトの体に柔らかくした土を纏わせて固める。ベイトが動けなくなったのを確認してから少しだけほっとする。次にカーラが考えたのはグレンのこと、そしてジキンのこと。ジギンは見たところ急所は外れていた。なら、問題はグレンの方。

 カーラはどうにかして救出する術を考えていると。


「無駄ですよ」


「何を……っ!?」


 ベイトにまとわりついていた土がボロボロと崩れ去った。自分が操っていた魔法が消えたような感覚。ありえない物を見るような目でベイトを見る。


「驚きました? これが僕が作った魔法、反魔法です!」


「反、魔法?」


「そうです! 僕が作り出した、僕だけの魔法! どんな魔法でもこの魔法があれば全てを無力化できる!」


 ベイトが言ってることが本当なら、これはカーラにとって、いや、魔導士にとって相性が最悪だ。


「あぁ、本当に長かった。あなたが僕を助けてくれた時、思えばあれが始まりでした」


「な、何を言って……っ」


 カーラはベイトの恍惚とした表情を見て一歩、後退りをしてしまう。全身に嫌な汗が流れ出るのが分かる。


「貴方が僕を助けてくれたあの日、あの時から僕は貴方に並び立てるように努力した!! だけど貴方は冒険者になり! そのまま行方が分からなくなってしまった」 


 カーラはこの場から脱出しようと割れた窓を見る。あそここら脱出し、ジギン先生を救出、そしてグレンを助けようと考えた。そしてほんの少し、足の向きを窓に向けた瞬間ーー


「おっと、逃しませんよ」


「っ!!」


 ベイトはカーラの地面から木の根っこを生やして体を拘束する。カーラはすぐに拘束を外そうとするがその全てを反魔法によって妨害された。


「怖がらなくて良いですよ。僕に全てを委ねてくれたら」


「来ないでください!!」


 カーラは強く拒絶する。しかしベイトはそんな言葉を気にせずにゆっくりと近づいてくる。


「やっと、やっと貴方を手に入れられる。僕の物に出来る」


「わ、私は、あなたの物じゃありません!」


 カーラはできる限り強く睨む。けれどベイトは唇を曲げてだんだんと歩いてくる。


「やめて、来ないで!!」


 カーラは出来る限りの魔法を放つ。しかしその全てが消されてしまう。そしてベイトはカーラの目の前まで来た。ベイトはゆっくりとカーラの髪に触れる。


「や、やめて」


 カーラは目をつぶって泣きそうになりながら懇願する。しかしベイトはそれを見てもやめようとはしない。


「怖がらせてしまってごめんなさい。あぁ、こんなこと思うのは悪いと分かってるのに……その顔もとても素敵だ」


 ベイトはカーラの嫌がる顔を見ても嬉しそうに笑う。カーラに心の中に渦巻いているのは恐怖と嫌悪感だった。あの色、いつも見ていたあの不快な色がこの男に広がっていた。


「さぁ、これが僕たちが結ばれる日です」


 ベイトはカーラの顔に自身の顔を近づけようとする。カーラは口をつぐみ、最後に縋るように渡されたペンダントを握る。


「助けて」


 カーラは目に涙をためながら目をつぶる。思い出すのはアリスや、ステラ、リズと言った仲間の顔。みんなの笑った顔が頭の中を駆け巡った。


 そして何故かは分からない。少し前のカーラなら絶対にありえないことだ。こんな醜悪な色を広げた男と比較してしまったからかも知れない。何故か、グレンのことが頭をよぎってしまう。


「グレン……さん」


 カーラの言葉に答えるようにペンダントは強く光る。


「ぐっ!」


「……え?」



 カーラはゆっくりと目を開ける。自分を守るように風が吹いていた。

 カーラはペンダントを強く握る。


「これは…」


 あの時にグレンさんが渡してくれたペンダントから風の魔法が発動した。

 ベイトは血だらけになった右手を抑えながら呟く。


「そのペンダント、あのカスが投げた奴ですよね。まさかそんな強力な魔法が込められていたとは」


 やはりそうだ。カーラはなんだか嬉しくなってしまってペンダントを胸のあたりで優しく両手で握る。

 ベイトはその姿を見て、忌々しい物を見るような目でペンダントを見る。


「あのカスめ。やはり僕の手で殺してやりたかったが、まぁ良い。こんな物はただの悪あがきだ」



 ベイトは手をかざして反魔法を使う。しかし、ベイトのにやけた顔はすぐに驚愕に変わる。



「は、は? なんで? 消えない!?」


 カーラの周りの風は消えなかった。多少揺らいでいるがその程度。それは圧倒的な魔力を完全に消せないことを意味していた。


「くっ! この!」


 ベイトは必死になって消そうとする。だが、何度やっても多少風が乱れる程度。カーラはその風に囲まれていることで、安心感に包まれていた。



「くそ、くそ! あと少しなのに! もう少しだったのに! あのカス、カスカスカスカスがぁああああ!!!」


 ベイトは反魔法を使いながら叫ぶ。その顔には先ほどの余裕はない。ただただ必死に反魔法を使うだけ。



 そしてベイトは目の前のことに集中しすぎてしまった。そのせいで周りの警戒が何もできていなかった。だからこそ、この一撃を警戒することができなかった。

 部屋の壁を突き破って何かが侵入してきた。



「あ、え、いた……」


 ベイトの肩、腹、足にそれぞれ違う武器が刺さっていた。ベイトが腹の武器に触るとその武器たちはボロボロと崩れていった。



「あ……あぁアア!! いだ、いだい!! な、なんで!? なんなんだよこれぇえ!!」


 ベイトはのたうち回る。転げ回り、少しでも痛みを分散させようとする。


「あ、あいつだ!! 全部あのカスのせいだ! 絶対に殺す! 絶対に許さない! あいつのせいで僕の計画はめちゃくちゃだ!!」


 ベイトは憎しみに満ちた目で武器が飛んで来た方向を見る。すぐさまベイトは視線をカーラに移す。


「カーラさん、カーラさん。」


「っ……」



 自分の名前を呼びながら近づいて来る血だらけの男に思わず体が跳ねてしまう。自分はこの風に守られていると分かっているがそれでも怖い。カーラは強く、ペンダントを握りしめる。


 そして突然ベイトの体が、正確には武器が刺さっていた場所が僅かに光る。


「ぎっ、うぇ」


 ベイトは最後に間抜けな声を出して体が灰に変わった。何も残さずに全てが灰に変わってしまった。


「おわっ……た?」


 そしてカーラは大量の魔力を使ったこと、極度の緊張から解放されたことでその場で眠ってしまった。

 

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