第33話 襲撃者②


「………」


 俺はフードの男をじっと見ながら動かない。こいつの戦い方がまだ何も分かっていないからだ。こいつは魔法使いなのか、それとも魔法が使えることの出来る剣士や斥候なのか、何も分からない。



 俺が動かずに観察しているとフードの男が指を向けて話しかけて来た。



「おいおい、あんな威勢の良いこと言って来ないのか? 来ないなら俺から行くぞ」



 フードの男は指先に魔力を集め、そしてそのまま魔法を放つ。


『フレイムショット』



 それは最初に俺たちに放った魔法だ。だが最初に撃ってきた魔法より更に威力が強くなっているな。


「………」


 俺は動かずに嵐壊の風を周りに放つ。すると巨大な火の球は風圧によってぶわりと周りに霧散した。



「あー、こんな魔法じゃ通じないかー」


「………」


 男は変わらず軽薄な態度だ。俺は今の男の態度でなんとなく分かった。こいつも全く本気ではない。


「お前の遊びに付き合う気はない。さっさと終わらせるぞ」


 俺は地面を蹴って男の懐まで移動する。男は驚いたような声を上げる。


「うぉっ!?」


「じゃあな」


 俺は別れを告げながら風を纏った拳を繰り出した。狂蒼龍の首すら千切れる程の威力だ。こいつも間違いなく死ぬだろう。



 けれどそうはならなかった。



 俺の拳が当たると思った瞬間、男は俺の目の前から突然消えた。


「ハハ! 今のは危なかったな!」



 男の心底楽しそうな声が上から聞こえた。俺は上を見上げる。すると男はさっきまで立っていた場所の真上にいた。


「……何をしたんだ?」


「おいおい、わざわざ敵に自分の能力を明かす馬鹿がいるか?」



 男は俺の質問に答える気はないようだ。だが、確かにそれもそうだな。今俺がするべきことはこいつの能力の解明じゃない。こいつを殺すことだ。


「いやー、それにしても」


 すると男は声を張り上げて声高々に叫ぶ。


「なんだろうな!? 今俺は人を燃やすことよりお前とこうして殺し合いをしてる方が楽しいと思ってる!! こんなの初めてだぜ!?」


「……イカれてんな、お前」


 男は胸の部分を抑えつつもどこまでも楽しそうだった。こいつは楽しいのかも知れないが俺は全く楽しくない。一体これの何が楽しいんだ?


 俺はうんざりしながらも魔法を使って空を飛び、あいつと同じ高さまで行く。そして更に強い魔力を嵐壊に流す。



 より強い風を腕に纏い、より高い音が鳴り始める。



「ハハ!」


 それを見た男は喜びに満ちた声を上げた。



「楽しいなぁ! この殺されるかもしれないスリル!! この命を削り合う感覚は癖になりそうだ!!」



 男の魔力が高まり、手に集まる。俺は男が行動に移す前に仕留める為に前進し、拳を繰り出す。



 男は動かない、代わりにゆっくりと話始める。


「お前の武器は確かに凄いな。だがーー」


 俺は男に拳を振るうが空を切る。またしても俺の目の前から消えた。



 すると男の声が後ろから聞こえた。


「遅いんだよ」


 俺は目線を後ろに向ける。すると男が俺に手をかざしており、手が光っていた。もう魔法が放たれる直前だ。




 けれど驚きはしたが別に慌てる程ではなかった。


「ああ、知ってるよ」


「っ!? ぐっ!!」


 フードの男は何かに弾かれたように吹き飛んだ。


 俺が腕に収束させていた嵐壊の風を全方位に向けて放ったことで吹き飛ばしたのだ。



 全方位かつ広範囲に撃ったことで殺傷能力は大幅に下がったが、それでも人1人くらいを吹き飛ばすくらいは簡単だ。


「ゲホッ! くそ、そんなことも出来んのかよ」


 男は咳き込んでいるがすでに体勢を立て直していた。ダメージはほとんどなさそうだな。


「ああ、あともう一つ分かったことがある」


「あ? 何が分かったんだ?」


「お前のその不可解な移動、それは”スキル”による力だろ」


「ははっ。正解だ」


 フードの男は本当に僅かだが動揺している様に見える。



 こいつのあの移動、俺は全く見えなかった。本当に何も見えなかったのだ。魔力も全く減っていない。魔力を使わずにその場から消えて別の所に移動したあの力はスキルでなければ説明がつかない。



 だがあの力がスキルとは分かってもどんなスキルか分からない限りは対策の練りようがない。


「……まぁ、少しずつ削っていけばそれも分かるか」



 俺は再び嵐壊に魔力を流して風を纏って構えた。



「ハハハ! 楽しくなって来たな! 俺も本気でやってやるよ!!」


 男の魔力が更に高まる。剣や武器を出す素ぶりは見られない。今までの動きを見るにこいつは魔法使いと見て良いだろう。ただ、普通の魔法使いなら懐に入れば大抵なんとかなるがこいつの場合はあのスキルがある。



 おそらくは高速移動が可能なスキル、懐に入ったとしてもすぐに逃げられるな。どうしたものか。



「……しょうがない。やるか」


 俺は両腕をぶつけ合う。金属同士がぶつかり甲高い音が周りに響く。


「なんだこりゃ?」


 俺とフードの男の周りに巨大な球状の風のドームを作った。俺たちを囲んでもなお広さがある程の大きさだ。



「あ? お前、何する気だ?」


 フードの男は俺の行動の意味が分からず若干困惑しているようだ。俺はフードの男をまっすぐと見てその質問に答える。



「決まってんだろ? お前の逃げ場を無くしたんだよ」


 

 俺は更に多くの魔力を嵐壊に流していく。もはや嵐壊から出る音は耳鳴りのような音に変わった。


「一体何を……」


 男は分からないらしい。俺が今から何をしようとしているのかを。


「教える訳ないだろ」


 俺が風の檻を作ったのは2つ理由がある。1つは周りに被害を出さないこと。もう1つはこいつを逃がさない為。




 これでこいつはどこにも逃げることは出来ない。これは言うなれば風の牢獄だ。



 そして今から放つのは先ほどのようにただ吹き飛ばすだけじゃない。今から俺が放つのは風の刃、それを全範囲に放つつもりだ。


『フレアバースト』


 男は思考を切り替えて俺に向かって炎のレーザーを放ってきた。が、それも意味はなかった。



 俺の周りはすでに嵐壊の風が展開されて俺を守っているのだから。



「じゃあ、これで本当にさよならだ……」


「……ここまでか」


「はあっ!!」


 そして俺は風の刃を風のドームの中に満遍なく解き放った。大小様々な形をした風の刃は風のドームによってかき消され、外に漏れることはなかった。



 そして俺はその中で見た。



 フードの男が刃に当たる直前、口がわずかにつり上がっているのを。



「ッ! なんだ!?」



 思わず俺は目を見開いてしまう。またもや男は消えてしまった。


「くそ! どこへ行った!」


 俺は魔力探知を最大限まで広げる。あいつのスキルは高速移動系のスキルだと思ったがそれは違うことに気づいた。



 あいつのスキルは点から点へと移動する能力、名前は転移だった気がする。とてつもなく希少なスキルだ。



「……見つからない」



 あいつの能力が本当に転移ならば納得がいく。事実、俺はどんなに広げてもあいつの魔力は見つけることが出来なかった。



 おそらく、もうこの国にはいない。やはりあいつは別の国の人間だったか。探し出して殺すべきか?


「…いや、いなくなったのならそれで良い」



 俺はすぐに思考を切り替えてルキナの無事を確認する為に下へ降りた。


「怖かっただろ。怪我はないか?」


「うん、私は平気だよ」


「なら良かった。それにしても災難だったな」


 なんで遊びに来た日に限ってこんな災難に見舞われるのか、思わずため息が出そうになる。


「まぁ、とりあえずは寝るか」


「そうだね、今日はもう寝よう」


 俺たちは新しいテントを張り、中で寝袋を敷いて寝た。

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