第14話 お酒とセイラン
デケル町を旅立って一週間。
道中、何度か村に立ち寄ったこともあり、未だにヘルム都市には着いていません。
「あと三日ほどだな」
土魔術で作った小屋を消していると、セイランが地図を見せてきます。
「半日ほど歩くと村があるな。大きな村だし、ギルドもあるはずだ。たぶん宿で一泊させてもらえるだろう」
「確証のない言い方ですね」
デケル町へとつながる道はヘルム都市から伸びるこの一本道だけであり、この先の村はその中間地点に存在します。
そのため、セイランがデケル町に訪れた際に休息のために立ち寄ったと思われるのですが。
「ん? ああ、そういうことか。お前と同じようなものだ。
「転移魔法ですと! 詳しく教えてください!」
「急にテンションをあげるな……」
道をゆっくりと歩きながら、転移魔法について聞きます。
「……疲れた」
セイランがぐったりとしています。ちょっと話を聞いただけなのに疲れるとは体力がありませんね。
転移魔法について詳しく聞けてルンルンな私は、喉が乾いたので火酒を飲みます。
「……保冷性のあるスキットルとか作れないでしょうか」
出発する前に氷魔術で冷やしてはいたのですが、昼間になる頃には瓶に入った火酒はぬるくなってしまっていました。
美味しくないわけではありませんが、冷えたお酒よりも美味しいというわけではありません。
溜息を吐いて瓶を懐にしまえば、セイランがジト目を向けてきます。
「魔法について数時間も聞いたと思えば、次は酒か。アル中め」
「私たちにとってお酒は水です。ぬるい水より冷たい水の方が美味しいでしょう」
「酒と水を一緒にするな」
セイランは酒が嫌いなのでしょうか。エルフはお酒に弱い人が多いですし、さもありなんです。軟弱ですね。
「言っとくが、アタシはお前よりも飲めるからな」
「なら、今度飲み比べをしましょうよ」
「嫌だ」
やっぱり弱いのですね。変に意地っ張りなエルフです。
しばらくして、村に到着しました。
村役場も兼ねている冒険者ギルドに向かいます。
ギルド職員代わりをしていた山賊のような村長に、仕事と泊まる場所の斡旋を頼みました。
「なら、魔物の討伐と伐採を頼めんか? あと二ヵ月くらいで冬なんだが、つい先日魔物が近くの森に住みついたせいで、薪が足りてないのだ。ついでに村特産の酒を毎日要求してくるせいで、商人に卸せなくなりそうでな」
「村付き冒険者は?」
「魔物討伐に失敗して怪我した。ヘルム都市にも依頼を出しているが、いつくるか分からん。報酬は二人合わせて八万プェッファーと家を貸す。どうか受けてくれんか?」
魔物討伐と聞いてウキウキになったセイランが輝かせた表情を私に向けてきました。断る理由はないので、頷きます。
「受けよう」
ギルドカードを山賊のような村長に渡します。彼はセイランのギルドカードを見て、目をむきました。
「ろ、六月灯だとっ!? んだ、家貸しとこれっぽっちの報酬じゃ足りない!」
「いや、気にしないで――」
「酒……は今あまりないし、お金も治療費で……そうだ! 魔法書はどうだっ? ぬるい酒でも美味しく感じる民間魔法が書かれていてそれなりに高額――」
「セイラン! 早く魔物をブチころがしに行きますよ!」
「あ、おい。待て!」
森に向かいました。
三つの首を持った黒の大蛇がいました。全長は数メートルもあり、その全身には紋様が刻まれています。
酒だるに顔を突っ込んでいた三つ首の黒大蛇は、私たちに気が付きました。
『
「うわっ。鳴き声に思念が乗ってますよ」
「幻獣か上位精霊を食った魔物だな。即討伐対象、だッ!」
セイランが大剣と巨斧を抜き去り、先手必勝とばかりに三つ首の黒大蛇に向かって走り出します。
「ハアッ!」
「
セイランは大剣を振り下ろしますが、三つ首の黒大蛇は這うようにそれを躱し、セイランにその太く長い尻尾を巻きつけようとします。
「
「〝
すぐさま私は〝
「ハアアッ!!」
「
その隙にセイランが巨斧を横に薙ぎ、三つ首の黒大蛇を吹き飛ばします。三つ首の黒大蛇は血を流し、怒りの目をこちらに向けてきました。
「
「やれるものならやってみろ! グフウ、援護を頼むぞ!」
「任せてください」
セイランは勇猛果敢に三つ首の黒大蛇に攻撃をしかけ、私は〝
そうして戦うこと三十分近く。
「
「ふぅ、終わった」
「手ごわかったですね」
三つ首の黒大蛇をしとめました。
「村長ー!」
さっそく山賊のような村長に討伐を報告します。彼はもちろん、多くの村人が歓喜にわきました。
その後、皆で三つ首の黒大蛇を解体したり、森の伐採を行ったりします。
「あ~やいやい! トンカントンカン、響けよ鉄よ! 鍛えよ魂!」
木を伐採するのは案外、鉄を金槌で鍛える時と同じものでした。リズムに合わせて斧で木を叩くのです。
なので、鍛冶唄の一つを歌っていたのですが。
「グフウ! 木を叩く時の唄はもう既にあるぞ!」
私の唄に被せるように、セイランが唄を歌い出しました。
「恵~みよ、木々よ。
森に住むエルフの唄です。朗々と美しい声が森に響きます。そうすれば、伐採を一緒に行っていた村人も面白くなり、セイランの唄に合わせて歌い出しました。
「……仕方ありません。私も歌いますか」
エルフの唄を歌うのは少し癪ですが、この場で歌わないわけにはいきません。
「恵~みよ、木々よ。
歌いました。
その日の夜、宴会が開かれました。
焚火を囲み、三つ首の黒大蛇を使ったかば焼きなどを村人たちと一緒に食べました。
「なぁなぁ! ドワーフは酒を水のように飲むって本当かっ?」
出来上がった村人の一人が私の肩を叩きます。
「ええ、もちろん。お酒は水です。酒だる丸々一つ飲み干したとしても、私たちが酔っぱらう事はないですよ」
「おー! 言ったな! おい、みんな! このドワーフさんはどんなに酒を飲んでも酔わないんだとよ!!」
「なんだとっ!?」
「嘘だ嘘だ!」
「なら、いっぱい飲ませてみせようぜ!」
「勝負だ勝負!」
「村長、行け!」
ということで山賊のような村長を含めた、村の中でも有数の酒豪と飲み比べをすることになりました。
「あ、ちょっと待て! アタシは酒を控えて――」
「いいから村特産のお酒を味わってくださいよ! 英雄さまの飲みっぷりをみせてください! ほらほら!」
「カッコいいところ見たいですわ!」
「だから、アタシは――」
「いいから、飲んでくださいまし」
「強いお酒ではありませんし。ね!」
「うぐっ……まぁ、強くないなら少しくらい参加するか」
出来上がった若い娘たちに強引に勧められ、セイランは諦めたのか参加を表明しました。
「ルールは簡単! 沢山酒を飲めた奴の勝ちだ! さぁ、たっぷりと飲みやがれ!」
飲みます。
一杯、二杯、三杯……十杯を越えるころには、一人脱落者が出ました。二十杯を越える頃には、私と山賊のような村長、そしてセイラン以外が脱落しました。
「もう、無理だ……」
山賊のような村長が倒れました。急性アルコール中毒にならないように魔術で簡単な解毒をかけておきます。
残りは私とセイランだけです。
「おいおい、ドワーフはともかく、あのエルフ。マジで何者だっ!」
「凄い飲みっぷりだぞっ!」
セイランは次々に出されるお酒を無言で飲み干します。顔が赤くなった様子もありません。
昼間、彼女が豪語していたように相当お酒に強いようです。
まぁ、私ほどではありませんが。絶対に私の方が飲めますが。ええ、はい
「な、なくなりましたぁ!」
私とセイラン共に三十杯を越えた時、
「村長。どうしますか? 私はいくらでも飲めますが、商人に出す分があるのでしょう?」
「ん? あぁ……そうだな……」
山賊のような村長が目を回しながら、思案したその時。
「まだしょうぶらおわっれないぞぉ~~!!」
「きゃああっ!?」
「うおぉっ!!??」
今まで無言だったセイランが、大声で呂律の回らない叫びをあげながら、勢いよく立ち上がりました。
彼女はその馬鹿力で机がひっくり返り、村人が驚いて悲鳴をあげます。
「おさけをもってくるのらぁ~~! ぐふ~うとひきわらんてこのあたしがゆるさらいぞぉ~~!!」
「お、お、落ち着いてください、セイラン!」
ジョッキを片手に地面を踏み鳴らして叫ぶ彼女を落ち着かせようとします。
「
「誰がアホですかっ、
「うるさ~いぃ! ともらく、そのよりゅうそうなかおを~すぐにゆがませてやりゅう~! あたしがかちゅんだぁ~~!!」
「ちょ、落ち着いてくだせぇっ!」
山賊のようなの言葉に私は我に返ります。心を落ち着かせました。酒の場で怒鳴り合いはいけません。お酒に失礼ですし、酒が不味くなります。
セイランを見やります。
顔はいたって素面。赤くなった様子など全くありません。目が据わっているわけでもありません。
けれど、呂律は回っておらず、理性を失ったのか「ぐふ~うにまれてたまりゅかぁ~っ!」と叫び酒を持ってこいコールをして暴れます。
たぶんですが、いくら飲んでも気絶しないほどには、セイランのお酒に対しての肉体的な許容量はとても高いのでしょう。しかし、酔いやすさは普通なのです。
そして酒癖も悪い。
その馬鹿力で周囲に被害を与えるのはもちろん、私にウザったらしいほど絡みまくってきます。ウザい。
「ど、どうにか落ち着きました……」
村人と協力してどうにかセイランに睡眠の魔術をかけて眠らせました。酔っ払いので理性もないくせに、普通に強くて大変でした。
「本当にすみません。うちのセイランが」
「いえ、私たちが強引に飲ませてしまったのが悪かったのです。セイラン様は嫌がっていたのに」
「調子に乗り過ぎました……」
気にしないでください、と村娘たちが深々と頭を下げました。
私は眠ったセイランを背負って、宿へ戻りました。
「スゥ……スゥ……」
「呑気なものですね……」
気持ちよさそうな寝息を聞きながら、私はセイランに酒を飲ませないことを誓いました。
ちなみに、彼女は酔ったときの記憶があるらしく、翌日村人全員に土下座行脚をしました。
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