第15話 列とトランプ
セイランが酔って大暴れした数日後。
整備された石畳の道を歩いてたどり着いた丘の頂上から、数キロ先にある都市を見下ろします。デケル町とは比べ物にならないほど広いです。
「大きいですね」
「ヘルム都市はヘルム領地の中心で、辺境伯様が住んでいる城郭都市だ。そしてフルーア王国の中でも王都に次いで大きな都市でもある。大きいのは当然だ」
ボルボルゼンを討伐した褒美を貰った時にあった壮年の男性、ヘルム辺境伯を思い出します。
「そういえば、セイランは辺境伯様と顔見知りでしたっけ?」
「ああ。デケル町にちょくちょく視察に来るからな。その時に何度か依頼を受けたのだ。まぁ依頼がなければ関わることもない。ともかく急ぐぞ」
「まだ昼前ですが」
「だからだ」
セイランは早足で丘を下り始めました。慌ててそれを追いかけました。
一時間後。
「これに並ぶのですか?」
「そうだ」
城壁の西側の大きな門には物凄く長い列ができていました。冒険者風の格好をした人や馬車を引きつれた商人などが並んでいます。
少し離れたところにはちょっと門があるのですが、そっちはあまり人が並んでいません。すいすいと都市の中に入っていきます。
「あっちに並ぶとかは?」
「あっちは都市の住人や、許可証を既に持っている者たちが使う門だ。どちらでもないアタシたちが使えるのはここと東側の門だけだ」
列の最後尾に並びます。それにしても、本当に長い列です。
「デケル町を含め、ヘルム都市から繋がる町の殆どは魔境と接している。だから、魔物の素材などがここに集まるのだ」
「物流の中心と言うわけですか。それで、都市内での治安を維持するためにワザと入り口を二か所に絞っていると。しかも手続きに時間がかかるようにしてますね」
長時間列に並ぶことすらできない奴は入ってくるなというわけですか。それでもお金が集まる場所だから、多くの人がやってくると。
セイランが少し意外そうな目で私を見ました。
「本当にヒューマンたちの社会を理解しているのだな」
「師匠がヒューマンだと言ったでしょう? それにちょっと昔に書かれた書物も読みましたし」
シュトローム山脈に引きこもる際に、師匠がヒューマンたちの社会に関する書物を持っていたのです
十分後。
「一向に動きませんね」
「確かに一歩も動かないのはおかしいな。このままだと二日は待つぞ」
セイランは首を傾げ、私たちの前に座っていた犬の耳と尻尾をもった人類、犬人の肩を叩きます。
「少しいいか?」
「……ハッ。な、なんだ?」
どうやら天パの犬人は眠っていたようで、驚いたように振り返りました。セイランは懐から取り出したライゼ大銅貨四枚を渡しながら、彼に尋ねます。
「寝ていたところすまない。列が一向に進まないのだが、何かあったか知っているか?」
「ああ。つい数十分前に冒険者が門の前で問題を起こしてな。一時的に閉鎖してやがるんだ」
「小競り合い程度か?」
「んにゃ、それなりに大きいのだ。どうやら、一人犯罪者がいたらしくてな。そいつがかなりの凶悪犯だ。衛兵のふれこみじゃあ、半日は門が開かないそうだ」
「そうか。情報感謝する」
天パの犬人はまた寝始めました。
「この調子だと三日かかる可能性があるな」
「三日……まぁ、あんまり長くはありませんね」
「それもそうだな。適当に待つか」
私は列から顔を出して前を見ました。多くの人たちが地面に座ったりして話しています。また、数人の衛兵が列を監視するように歩いています。
ふむ。座ったりするのは問題なさそうですね。
「セイラン。椅子は要りますか?」
「作れるのか?」
セイランはタンタンと石畳の地面を足踏みしました。
ああ。確かに、無から物質を作る系の魔法は難しいですからね。水や土などは特に。
「問題ありません。〝
四つの魔術陣を浮かべて詠唱し、魔力を変転させて土を創り上げます。
「〝
そのまま更に四つの魔術陣を展開して詠唱し、生み出した土を操ってちょうどいい椅子を作りました。ついでに、小さな丸机も作ります。
「十分に魔力を込めたので、二日は消えませんよ」
「感謝する」
セイランは椅子に腰を降ろし、巾着袋からケトルと茶葉が入った瓶、金属のティーフィルターや水が入った水筒を取り出しました。小さな丸机の上におきます。
「茶でもしばくか」
「いいのですか?」
飲み水は基本セイランだけのものです。私には火酒がありますので。
「なに。足りなくなったら、魔法で大気中から生成すればいい。それに私たち相手に商売する行商人がいる」
列から顔を少し出せば、少し遠くに
「それより、コップと
トランクから
セイランは
水を注ぎ、お湯を作りました。ティーフィルターをそれぞれコップの上に載せ、茶葉を適量落とします。
そしてそこに適温となったお湯を注いで少し待てばお茶の完成です。
「ん」
「ありがとうございます」
セイランからコップを受け取り、お茶を飲みます。
「清涼感と果実の仄かな香りがあって美味しいですね。茶葉はなんですか?」
「
「聞いたこともありませんね」
「珍しいからな」
「では味わって飲まないといけませんね」
私はコップを口元に運びました。
少しすると、私たちの後ろにある冒険者パーティーが並びました。
彼らは私たちを見て、エルフとドワーフが一緒にいることや、魔術師のドワーフや戦士のエルフであることなどに非常に驚いていました。
私が魔術師だと名乗った瞬間、大笑いされたのは非常にムカつきましたが、花をあげて黙らせてやりました。ふふん。
「セイラン。ポーカーしませんか?」
「いいぞ」
暇なのでトランプを取り出します。
トランプを含め、ゲームは基本的に数学です。
私は手持ちのカードや捨てられたカードを記憶しながらじっくりと考えて計算し、プレイします。
対してセイランは考えることもせずに、パッパパッパとカードを捨てたり引いたりします。
これは勝ちましたね。
「……ま、負けた」
負けました。
「も、もう一回です!」
「はいはい」
もう一度ポーカーをしました。
負けました。
「もう一回!」
負けました。
「もう一回!」
「いつまでやるのだ……」
何度も挑戦したのに、一度も勝てませんでした。
「お前、弱いな」
「っ! まだまだです! 次はブラックジャックで勝負です!」
負けました。
「ど、どうして……数学的にカウントしたのに」
「イカサマではないか」
セイランが呆れた様に肩を竦めました。
「こういうのは直感に従ってプレイすれば勝てる。考えすぎるのだ、お前は」
「んなわけないでしょう!」
ダンッと机を叩きました。すると、後ろにいた猫の耳と尻尾をもった猫人の青年が私の肩に手をおきます。
「変なドワーフ。代われ。勝負は頭だ。エルフの嬢ちゃんは魔法でイカサマしてるに違いない。俺が暴いてやろう」
「小童がアタシに勝てるとでも?」
セイランは肩を竦めながら、猫人の青年とブラックジャックをしました。
「ど、どうしてだっ!」
「だからお前も考えすぎなのだ。勝負は直感だ」
彼も負けました。鼻で笑うセイランにムカついたのか、ダンダンッと机を叩きます。また、彼の冒険者パーティーがそれを見て笑い転げていました。
その騒ぎを聞きつけたのか、他の冒険者や商人、旅人が集まり、中にはセイランに勝負を挑む者さえ現れました。
「クソッ!」
「フォールスシャッフルしてるのにっ! どうしてだ!」
「魔法で幻影を投影してるのにっ! どうしてよ!」
「勝てない!!」
皆、負けました。セイランの一人勝ちでした。
「おい、誰か! トランプ以外のゲームを持ってないか!」
「『しょうぎ』ならあるぞ!」
「チェスもある!」
「バッグギャモンもあるぜ!」
全く列が進まないこともあり、近くの冒険者や商人、旅人たちと共にボードゲーム大会が開かれました。
途中で衛兵が騒ぎを聞きつけボードゲーム大会の中止させようとしてきましたが、色々あって更に規模の大きなゲーム大会が開かれました。賭けも当然行われました。
列の中心部分に多くの人が集まって、数々のゲームを楽しみます。
そしてすっかり日も落ちた頃、人だかりの中心にいたはずのセイランが、隅っこの方で火酒を飲んでいた私の隣に座りました。
「ゲームは終わったのですか?」
「勝ちすぎて賭けにならないと言われて追い出された。自分たちから挑んでおいて勝手な奴らだ」
セイランは茶葉が入った瓶を地面に置きます。
「これは王室御用達の茶葉だ。テコでも動かないと駄々をこねたら貰えた」
「新手のカツアゲか何かですか」
呆れます。
「はぁ」
「ため息か。どうかしたのか?」
「どのゲームでも貴方に全敗したのですよ。ため息が一つくらいでますよ。というか、今日は何もしたくありません」
エルフに一度も勝てなかったのです。とても悔しくて死にそうです。
だから、ジトッと睨んだのですが、彼女はキョトンと目を丸くして言います。
「その割には楽しそうだぞ」
「楽しいですか……」
セイランに言われて、ひげに隠されている自分の口元が少し緩んでいることに気が付きました。
「……たぶん、よく遊んでいたからですかね」
「そうか」
師匠はゲーム好きでした。毎日、トランプやら『しょうぎ』やらで遊びました。楽しい思い出が脳裏をよぎります。
「グフウ」
セイランがふと口を開き、ニッと笑って。
「お前が勝つまで相手してやってもいいぞ?」
そう言いました。
自分は絶対に負けないと思っているその余裕そうな笑みも、見透かしたような目も、色々とムカつきます。
「……ヘルム都市に入ったら別れるのでいいです」
そっぽを向きました。
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