第11話 デケル町への帰還

「ありがとうございます」


 魔力切れで落下した私はセイランに受け止められました。ちょっと恥ずかしいの

ですぐに降ろして貰いました。泥弾きの魔術で泥沼の上に立ちます。


「あれ、鎧が……それに兜も」


 セイランの鎧がボコボコとへこんでおり、脇腹部分には大きな穴が開いていました。また、素顔を隠していた兜もありません。


「ああ。ボルボルゼンがな。流石に全ての攻撃は避けきれなかった」

「傷は大丈夫なのですか?」

「闘法で自己治癒した」


 セイランは真っ二つになったボルボルゼンを見やります。泥弾きの魔術が効いているため泥沼に沈むことはありません。


 セイランがボルボルゼンの前で片膝をつき、胸の前で手を重ねました。私もそれに倣い、ボルボルゼンの前で一拍手と一礼を行います。


「ドワーフは祈らないのではなかったのか?」

「分かっているでしょうに」

「まぁな。自分が命を奪ったのだと自覚しなければならない。そのための儀式だ」

「ですね」


 冥福を祈りません。願いません。ただただ、目の前の命を奪ったのは自分だと理解するために手を合わせるのです。

 

 とはいえ。


「私は終りと流転の女神カロスィロスを己が祭神としていますので、不死者アンデッドにならぬよう、その魂が輪廻に還れるように祈りはしましたが」

「ほぅ。死と輪廻の神に仕えているのか。珍しいな」

「一人で師匠を葬送しなければならなかったので」

「……そうか」


 彼女は一瞬だけ静かに目を伏せました。


「では、遺体保存の恩寵法は使えるのか?」

「いえ。私が授かったのはささやかな加護ですし、授かったのも最近。恩寵法は使えません。ですが……〝流転よ。流る時コロニグ・よ。願わくセクス・ば決別と弔いの一時を――不腐アインバザミールング〟」


 六つの魔術陣を浮かべて詠唱し、死んだボルボルゼンに魔術をかけます。


「似たようなことなら魔術で可能です」


 セイランは驚きます。


「はっ? 遺体保存は人が使える魔法ではっ!」

「つい先日、闇の精霊が書いた魔法書を読んだのです」

「説明になっていないぞ! それに先ほどのボルボルゼンの泥を操る魔法もだが、共に人外の魔法なのだ! どうやって使ったのだっ?」


 エルフ天才であるがゆえに、セイランは魔術に眼中にないのでしょう。


「魔術ですから使えて当り前でしょう」

「だから、魔法だろう!」


 ……ふむ。ここまで頑なだと、もしかしたら彼女と私の間に、魔術についての相違があるのかもしれません。


 あとで確認しましょう。


「ともかく、泥弾きの魔術の効果が消える前に解体をしてしまいましょう」

「あ、ああ。そうだな」


 ボルボルゼンの解体を始めました。


 

 Φ



「いただきます」

「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」


 ボルボルゼンの解体に半日以上を要しまい、夜更けになってしまいました。私たちは解体したボルボルゼンの一部を調理しました。


 まずは足の塩ゆでです。


「見た目はカニみたいですが……」


 セイランと私は箸を使ってボルボルゼンの身を口に含みます。


「……グフウ、どうだ?」

「……泥臭いですね。しかも、筋は堅いし、あまり食えたものではないですね」

「だな」


 身は泥臭かったです。他の料理も一応食べましたが、全て美味しくありませんでした。


 食事後、どうしたら美味しく食べられるかセイランと話し合います。


「普通の魚などは生けに入れて泥抜きするんだが、倒したあとだしな。というか、魚と同じ方法でいいのか?」

「変わらないと思いますが。まぁ、基本は塩に水抜きなのですが、その下処理はしましたからね。塩以外だと、時間をかけて香辛料や薬草ハーブにつけてみるとか」

「だとすると、味噌を使ってみるのもいいな。身も柔らかくなるかも」

「近場で味噌って売っているのですか?」

「エルフの国で売っている」

「遠いじゃないですか」

「三年ほどで行ける距離だろう。遠くない」

「……たしかに」


 暇ができたらエルフの国に味噌を買いに行くのもいいですね。

 

 談義に一通り満足した後、私は火の番をしながら物書きをして一夜を過ごしました。


 翌日、横二十メートル、縦三十メートルの荷車を土魔術で作り、解体したボルボルゼンを載せました。ロープで縛り付けて落ちないようにします。


「重そうだな。あまり引きたくない」

「馬鹿力なのにですか?」

「何か言ったか?」

「いえ」


 私とセイランは泥沼の上で荷車を引き、デケル町へと歩き出しました。


 

 Φ



 六日後。


 デケル町に帰った私たちを待ってたのは、町の人々からの歓待でした。ボルボルゼンの討伐に多くの人が歓喜にわいたのです。


「セイラン。先の戦いから何まで世話になった。感謝する。それにグフウと言ったか。其方そなたも大変ご苦労であった」


 デケル町を含めたいくつかの町を治める領主様にも感謝の言葉とちょっとした褒美をもらいました。


 ですが。


「でだ。きびきび話してもらうぞ、グフウ!」

「話しやがれ!」


 冒険者ギルドの一室で私は正座させられていました。


 問い詰めるのはセイランとギョウタンです。ギョウタンはデケル支部冒険者ギルドのギルド長、つまり一番偉い人でした。暇な時に受付をしているそうです。


 ともかく、二人とも怖いくらい私に怒気を放っていました。


「いや、ですから、シュトローム山脈から普通にこっちに来ただけで、そう、怒られるようなことは何もなかったのですが……」

「お前の普通は信用ならん! 全て話せ!」

「どうやってシュトローム山脈を乗り越えてこの町に来たっ? 出会った生物も全て言え!」

「えぇ……半日はかかりますよ」

「いいから!」


 話しました。


「お前はアホかッ!!」


 セイランが怒鳴りました。着ている鎧もガチャガチャと音を立てます。というか、へこんでいて脇腹に穴があいているのですから、さっさと脱げばいいのに。


「天災の古竜と戦って何もなかっただとっ!? しかも、他にも災害規模の魔物や幻獣とも戦ってっ!」

「いや、ですから、戦ったというより逃げただけですし……」


 私はセイランと違って戦闘狂バトルジャンキーではありません。


 シュトローム山脈を越えようとしていたら、たまたま竜や魔物、幻獣の縄張りに入ってしまい、執拗に追い回されただけです。


 ボルボルゼンもそうですが、私の実力では災害規模の生き物とまともに戦うことはできません。できるのは防衛戦闘と逃走だけです。


 倒すための戦いなどしていません。


「執拗に追い回してくる相手から逃げるために、どれだけ派手に暴れたっ!? そもそも何故執拗に追い回されているのだっ? お前が何かしでかしたのだろうっ!」

「し、してませんって」


 師匠ならともかく、私が誰彼構わず喧嘩を売るようなことはしません。自分の力量は分かっていますし。


 無言で黙っていたギョウタンが口を開きました。


「……シュトローム山脈での縄張り争いによって、ヘルフェン平原の魔物が町へと逃げてくることはそれなりにある。だから、お前だけのせいとは言わないし、責任を問うつもりもない」


 だが、とギョウタンは言います。


「お前は今、冒険者だ。冒険者として身分が保証され、多くの国から様々な保障を受けて立場にいる。多くの人を危険に晒すような軽率な行動は控えてくれ」

「……はい」


 ギョウタンの言い分は最もです。私はしっかりと頷きました。


 その後、私は冒険者ギルドを出てリーリエ薬屋に向かいました。セイランもついてきます。全く、いつまで私についてくるつもりでしょうか。


 しらっとジト目を向けますが、彼女は気にすることなく尋ねてきます。


「何しにいくのだ?」

「これを渡しに」


 私はセイランに一冊の本を見せました。


「そういえば、火の番をしていた時に書いていたな。内容はなんだ?」

「ある魔術についてです」


 私は薬屋の扉を開けました。


「やー! 甘い薬がいい! あるでしょ! 前に飲んだもん!」


 歳は五か六でしょうか。女の子が薬を前に駄々をこねていました。


「こら、我が儘いわないの! 懲りずに裏庭の樹皮を食べたアンタが悪いんでしょう!」

「だって前は食べれたのに!」

「だから、若い木しか食べちゃダメなのよ、もう! ……ソヨウちゃん。本当にごめんなさいね」

「いえ。甘いのを用意できなくて本当にごめんね、カラカワちゃん」

「……ふんっ」

「こら、カラカワ!」


 母親は娘を叱り、ソヨウから薬を受け取って薬屋を出ていきました。


「あ、セイランさん! それにグフウさん!」


 ソヨウが私たちに気が付きました。


「ボルボルゼンの討伐、本当にお疲れ様です。それで今日はどうしましたか?」

「先日いただいた魔法書。かなり価値が高いものでしたのでお礼にと思いまして。魔術について書いた本です。きっとお二人の役に立つかと思います」

「は、はぁ」


 本を受け取ったソヨウは少し困惑したように眉根を寄せました。チラリとセイランを見やり、セイランは理解するな、と言わんばかりに首を横に振りました。


 どうして。本当にヤクとソヨウに役に立つものを持ってきたというのに。


「ところでヤクさんはいないのですか?」

「ヤクちゃんは今、寝ています」


 今は昼過ぎです。こんな時間まで寝ているのでしょうか?


 そんな疑問が伝わってしまったのか、ソヨウが苦笑いして答えます。


「最近は色々と忙しくて疲れてるんです。先の魔物の襲撃で呪いの怪我を受けてしまったのもありますけど、お爺ちゃんの薬の味を再現するんだって寝食を忘れるほど研究に取り組んでいて」


 「ちょっとは自分の体を労わって欲しいんですけどね」とソヨウは世間話をするかのように言いました。


 けれど私はそれどころではありません。


「……あの、ヤクさんの怪我はつまり、ボルボルゼンとか魔物が襲撃した際に?」

「はい。たまたまその日、二人である薬草を探しに平原に出ていまして。それで急に襲われて」


 ソヨウさんの顔が曇りました。


「すみませんでした!!」


 私は土下座しました。




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