第10話 ボルボルゼン

「〝探せ析け解け究コロル・めろ。森羅に理があセプテム・れと信ずれば――魔究アナリューゼ〟」 


 僅かに白み始めた空。


 飛行魔術で三百メートルほど上空にいた私はポツリと詠唱し、数百メートル先を見下ろしました。


 そこにはいわがいました。


 泥沼が並々と注がれた器状の岩を背負い、全身を岩と泥で覆った蜘蛛のような巨大な生物。全長は四十メートルを超え、高さは十メートルほどあります。


 その八本の足を沼地の上で細かく動かし、周囲を警戒しています。


 沼巌蟲しょうがんちゅうボルボルゼン。災害規模の脅威を誇る魔物です。


 朝日が地平線に彼方に顔をだしました。眩しいほどに輝く光が空を埋め尽くし、閃光のように一瞬だけ迸ります。


 ゴウゴウと風が吹き荒れて灰色のローブが激しくたなびく最中、私は杖を下方に向けて詠唱します。


「〝斉唱ウニソヌス〟、〝魔の光よ。コロル・翔りてウーナ・穿て――魔弾ゲヴェーア〟」


 二十の魔術陣を展開し、それぞれの魔術陣から同時に〝魔弾ゲヴェーア〟を百発連射します。師匠がいうには『がとりんぐ掃射』だとかなんとか。

 

 その同時連射された合計二千発の〝魔弾ゲヴェーア〟は音速でボルボルゼンに着弾します。


「ギォガアアアアア!!」

「厄介ですね」


 その巨体を覆う岩と泥は多少剥がれ、またいくつかの〝魔弾ゲヴェーア〟は貫通しましたが、大したダメージを負っているようには見えません。


 ボルボルゼンは天地を揺るがす叫びをあげ、魔力をうねらせて沼地からいくつもの泥の球体が創造し、周囲に旋回させます。


 また、背中の器状の岩に入った泥沼から雲を突き抜けるほど高い泥の柱を作り、泥の柱から泥の弾丸や触手を放ちます。


 泥の弾丸や触手は〝魔弾ゲヴェーア〟より幾分か遅いですが、その数が厄介です。


 空を覆いつくすほどの数が私に襲い掛かるのです。しかも追尾性能つき。


 どうにか飛行魔術で変則的に飛び回って泥の弾丸と触手を躱し、〝魔弾ゲヴェーア〟をぶち込みますが、周囲を旋回する泥の球体が壁となって防いでしまいます。


 通常の泥であれば貫通性能をもった〝魔弾ゲヴェーア〟を受け止めることはできませんが、ボルボルゼンが操る泥には全て高密度の魔力と防御魔法が込められています。


 着弾と同時に〝魔弾ゲヴェーア〟の魔力が霧散してしまうのです。


 ボルボルゼンと私の魔力量には天と地の差があり、魔力の隙を突かなければ魔術による攻撃が通りません。


 短射程の高威力魔術ならば魔力の隙を突かずともごり押しで攻撃を与えることはできますが、それには泥の弾丸と触手を掻い潜り接近する必要があります。


「結局、高位の魔物相手だと物理攻撃が一番手っ取り早いんですよね。〝天は隠れて地に満ちる。世イリスエルブル・界は閉ざさセクス・れ全てを見失え――迷霧アウゲンビンデ〟」


 私は六つの魔術陣を展開して詠唱し、ボルボルゼンの周囲を深い霧で満たします。その霧には魔力探知はもちろん、視覚や聴覚など様々な感覚を阻害する効果があります。


「ギォガアアアアア!!」


 霧に包まれたボルボルゼンは、しかし一瞬にして人外の魔力を放出して無理やり霧をはらいました。


 けれど、もう遅いです。その一瞬で十分だったのです。


双天撃そうてんげき!!」


 セイランです。


 魔法で風を纏ったセイランは泥沼の上を疾駆してボルボルゼンの懐に入り込み、その泥と岩に覆われた腹に向かって大剣と巨斧を大きく振り上げました。


「ギォェギァアアアアア!!」


 衝撃波がボルボルゼンの体を突き抜け、腹や足を覆っていた泥と岩が吹き飛ばされ、本来の体である甲殻が見えました。


 そして遅れてボルボルゼンが上へ吹き飛ばされ、ひっくり返りながら泥沼へ着地しました。


 泥の大津波が発生します。


閃破せんは!!」

「脳筋ですね」


 セイランは泥沼の大津波に向かって大剣を振り下ろし、真っ二つに切り裂きます。そのまま泥沼を強く蹴って飛び上がり。


鉄光斬てっこうざん!!」


 ひっくり返ったボルボルゼンの足の一本を斧で切断しましました。


「グフウ! 足を全部切断するぞ、援護しろ!」

「簡単に言ってくれますね」


 私はボルボルゼンに向かって急降下します。


「おっと」


 その巨体故に簡単に体を起き上がらせることはできないようですが、かといって一方的にやれるほどボルボルゼンは間抜けでもありません。


 ボルボルゼンは泥を生み出し操る魔法を駆使して、私たちへ向かって泥沼から泥の触手を無数に伸ばします。


 私は飛行魔術で、セイランは空中を蹴って泥の触手を避けます。


 ですが、数が多く殺意の高い泥の触手のせいで、セイランが足を攻撃する余裕がありません。


「〝斉唱ウニソヌス〟、〝魔の光よ。コロル・翔りてウーナ・穿て――魔弾ゲヴェーア〟。」


 同時展開した魔術陣から先ほどよりも多くの魔力を込めた〝魔弾ゲヴェーア〟を射出し、セイランを襲う泥の触手を撃ち抜くと共に。


「〝憎しみの火打石。カニグルム・チカチ鳴らせ。火種を燃やクィーンクェ・せ――憎煽ハズン〟」


 五つの魔術陣を展開して詠唱。杖を持っていない方の手のひらに魔術で黒い火を作り出しました。


「ギィェエエエエ!!!」


 泥の触手の攻撃が全て私に向かいます。黒い火は特定の対象が抱く敵意や殺意などを一時的に自分に向けることができる効果を持っています。


 縦横無尽に飛びながら、全ての触手を引き付けてボルボルゼンの上空へと飛び上がった瞬間。


双天風月そうてんかざづきッ!!」

「ギォェギャアアアアア!!!!」


 セイランが巨斧と大剣を横なぎに振るい、一回転しました。すると、円を描くように鋭い衝撃波風の刃が放たれ、足はもちろん泥の触手も全て輪切りにしました。


 ボルボルゼンは死に物狂いで暴れ狂います。泥の大津波を起こしたり、泥の弾丸を四方八方に放ったり、泥の触手を振り回したりと、災害のように暴れまわります。


 幸い私たちを狙っているわけではなかったので、距離をとってボルボルゼンが大人しくなるまで待ちます。近づくことはおろか、あの暴れっぷりの前に攻撃は届かないでしょうし。


「それにしても脳筋魔法とやらでも使っているのでしょうか」


 大剣や巨斧で直接斬るのではなく衝撃波だけで輪切りにした事実に、少し呆然とします。もうこれ、伝説の魔法でしょう。


 まぁ実際、衝撃波には風の刃の魔法が付け加えられていたのですが。


「でも、それでも輪切りにできる理由にはならないんですよね」


 ボルボルゼンは恐ろしいほど膨大な魔力をその身に宿しています。そのため、セイランが加えた風の刃の魔法の魔力では、霧散してしまうはずです。


 その疑問は魔法で風の足場を作り、私の隣に立ったセイランが答えました。


「闘気だ。魔法を闘気で覆うと霧散されにくくなるのだ」

「へぇ、そんなことが」


 ドワーフは鍛冶魔法以外使えないので、そんなことができるなど知りませんでした。


 自然魔法を得意とするエルフで、なおかつ闘法の扱いに長けたセイランだからこそできる技でしょう。すごいです。


「それに泥や岩で守られていたならばともかく、あの程度の甲殻なら普通の衝撃波で斬れる。防御を泥や岩に任せていたせいで、脆いのだ。力づくでどうにかなる」

「……脆いわけないと思うのですが」


 沼巌蟲しょうがんちゅうボルボルゼンはその名の通り、むしです。正確な分類としては甲殻蟲こうかくちゅうの一種だそうです。


 その甲殻は堅く、ボルボルゼンほどの巨体となるとかなりの堅さとなります。鍛え抜かれた鉄に並ぶほどでしょう。


 それを脆い呼ばわりとは……。


 魔法に闘気を纏う技術に感動していた反動で、脳筋的な言いぐさにをしたセイランにジト目を向けてしまいます。


 セイランは鼻を鳴らし、言い訳のように大剣の剣先をボルボルゼンに向けます。


「……あれだ。関節を斬ったのだ。見てみろ。全て関節部を切断している」

「たしかに」


 考えなしというわけではないようですね。


 しばらくして大暴れしていたボルボルゼンの動きが大人しくなりました。


「死んだか?」

「そんなわけないでしょう」


 災害級の魔物が足を切断されたくらいで死ぬわけがありません。というか、切断された足の再生が終わっていました。


 魔物は魔石という魔法の核を有した生物です。魔法がより身近であるがゆえに、才能はもとより、魔法に対しての精神構造イメージが人と大きく異なっています。


 ですから、人よりも簡単に、人には使えない魔法が使えるのです。


 例えば、数十キロメートル範囲の大地を泥沼に変えてその全てを手足のように操ったり、または短時間での肉体の再生をしたり。


 まぁ、再生の方は魔力の消耗が激しいのか、頻繁に使わないようですが。


「チッ。そう簡単にはいかないか。流石は人外。扱う泥の質量もだが、あの再生能力も厄介だな」


 元の態勢に戻って泥や岩を体に纏い、また無数の泥の弾丸を周囲に浮かせて私たちを睨むボルボルゼン。


「グフウ。もっと速く魔法を放てるか?」

「ですから、魔術ですって。魔術陣や詠唱が必要な以上、あれより速くするのは無理ですよ」

「だよな。はぁ、分かっていた事だし、仕方ないか。予定通り再生できなくなるまで魔力を削るぞ」


 セイランは溜息を吐きながら、大剣と斧を担ぎ戦闘態勢をとります。


 その態度にムカッとしました。まるで魔法なら良かったのにと言わんばかりです。


「セイラン。一分だけ時間を稼いでください。そしたら、魔術で・・・とても大きな隙を作ります」

「は?」

「セイランはここらへんで魔術の素晴らしさを理解するべきです」


 私は杖を掲げ、数十の魔術陣を周囲に展開しては消すを繰り返します。演算し続けます。


「……まぁ、考えがあるなら乗ってやる」


 セイランはボルボルゼンに向かって飛び出しました。私に攻撃がいかないように誘導しながら、勇猛果敢に暴れまわります。


 それを見やりながら、私は魔力を練り上げます。


 魔術は魔法と同様に魔力を用いて様々な現象を引き起こすことができます。しかし、魔法とは違い発動には必ず魔術陣と詠唱が必要になります。


 そのため魔法よりも発動速度などが劣ってしまうのです。


 だがしかし! 魔術には魔法にない利点がいくつもあるのです!


「解析が完了しました」


 私は戦闘が始まってから、いえ、最初に遭遇した時からずっと解析を行っていました。ボルボルゼンが使う魔法について。


 それは何度も言うように、人類が扱うことのできない人外の魔法です。


「〝逃げることは能わず囚われ、イリスエルラー・底無き母なる大地にオクトー・深淵まで溺れろ――泥王ボルボルゼン〟」


 けれど、魔術なら話は別なのです。


 八つの魔術陣を展開し、ありったけの魔力と共に詠唱すれば、ボルボルゼンが操っていた泥がピタリと止まります。泥の弾丸に触手、泥の津波など全てが。


 そしてそれらは、次の瞬間。


「逆襲の時間ですよ!!」

「ギィェォアアアアア!?!?」


 ボルボルゼンに向かって襲い掛かりました。


 そう、私です。私がボルボルゼンの魔法をパクった魔術、〝泥王ボルボルゼン〟で泥の制御権を奪い取ったのです。


 これでボルボルゼンは泥に関わる全ての魔法を使えません。


「っっ」


 魔術陣だけでは処理しきれない情報を脳で処理しているせいで、激しい頭痛に襲われますが、気にせず杖を掲げます。


「ついでに体を綺麗にしてあげましょう。〝彼の身と泥は交イリスエルラー・わることはなクィーンクェ・く――泥弾リュストゥング〟」

「ギィェォアアアアア!?!?」


 今まで使えていた魔法が使えなくなって混乱し、大きな隙を晒していたボルボルゼンに向かって、泥弾きの魔術を行使します。


 すれば背負っていた器状の岩も、全身を覆っていた泥と岩も、ボルボルゼンが纏っていた全てが弾き飛びました。


 甲殻に覆われた蜘蛛型のデカイ蟲が現れます。


「セイラン!」

「言われなくてもっ」


 ボルボルゼンの頭上に飛び上がったセイランは、大剣と巨斧を振り下ろし。


「双天撃ッッ!!」

「ギィェォアアアアアッッ!!」

 

 ボルボルゼンの頭をかち割り、真っ二つにしました。ボルボルゼンは死にました。


 ついでに魔力を切らした私はぴゅーっと真っ逆さまに落下しました。


「大丈夫か」

「ありがとうございます」


 セイランに抱きとめられました。






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