第4話 素顔

 冒険者ギルドは冒険者が所属し、雑草抜きの仕事から魔王の討伐まで、あらゆる依頼を斡旋する機関です。

 

 セイランに案内してもらい、冒険者ギルドに入りました。職員は十名ほどいましたが、冒険者が全く見当たりませんでした。


「ガラガラですね」

「まだ第二クランと第三クランが帰ってきてないからな。それにアタシが率いた第一クランのやつらは、飯屋や花街にでも行っているのだろう」


 受付の前に移動しました。


「おい、ギョウタン。有望な新人を連れて来たぞ」

「新人?」


 セイランに声をかけられた受付のヒューマンの男性、ギョウタンが胡乱な目で私を見ました。


「……ドワーフか?」

「はい、グフウと申します」


 ローブを纏い杖を握るドワーフが珍しいのは重々承知ですので、怪訝な目で見られても怒ったりしません。


 私は自慢のひげを撫で、耳を覆う黒魔鉄を見せました。


「……確かにドワーフのようだな。それで何の用だ? セイランさんまで一緒に来て」

「だから新人だと言っただろ。グフウは冒険者になりにきたんだ」

「そうか」


 ギョウタンは受付の後ろの大きな棚に置かれたボックスから数枚の紙を取り出し、私に差し出しました。


「冒険者登録の申請書だ。共通語は書けるか?」

「はい」


 渡された羽ペンで書類を埋めていきます。


「ああ、グフウ。昇級試験のところにチェックしろ。推薦人はアタシだ」

「分かりました」


 冒険者はその実力と実績で一月灯から九月灯までランク分けされており、殆どの冒険者が登録の際に簡易な試験を受けて一月灯からスタートします。


 その後、実績と実力をギルドから認められれば昇級試験を受けることができ、それに合格すればランクをあげることができます。


 しかし、登録の時点で五月灯以上の冒険者か、ギルドからの推薦があると、最初から昇級試験が受けられるらしいのです。書類にそう書いてありました。


「受ける試験の階級はいくつですか? 二月灯と三月灯が受けられるようですが」

「グフウの実力なら一人前の三月灯でいいだろう」

「意外と一人前の階級が低いですね」


 数字的に真ん中の五月灯が一人前かと思いましたが、違うのですね。


 私はセイランに言われた通りに書類にチェックをいれようとして、ギョウタンに止められました。


「いや、待て。いくらセイランさんの推薦といえど、冒険者としての経験もないやつに三月灯昇級試験を受けさせられるか。ギルドが許可しない。二月灯にしろ」

「じゃあなんで三月灯が受けられるようにしてるのだ」

「慣例だ」

「チッ、くだらない。グフウの実力は少なくともアタシと同等なのだ。ギルドが拒む理由はないだろう」

「はぁっ!?」


 ギョウタンが酷く驚いた声を出しました。周囲の職員が何事かとこちらを見てきます。


 ギョウタンが呆れたように言います。


「いや、そもそもデケル冒険者ギルドは二月灯と三月灯の昇格試験をしていない。しているのはヘルム都市で、次の昇格試験は二ヵ月後先だ」

「はぁ、色々と面倒だな……そういえば、ギルド規約の百何条かに、六月灯以上の推薦とお前の権限、それに一定人数の職員の推薦があれば試験なしで昇級できるやつがあったよな」


 ギョウタンの目が一瞬だけ鋭くなったのも、セイランが小さく目配せしたのも見逃しませんでした。


「……相応の実力があると認められればだが。英雄ほどの実力が」

「なら、みんなを連れて訓練場に来い。どうせ冒険者は来ないのだ」


 セイランは私を見ました。


「グフウ。アタシと手合わせしろ。すれば、試験なしで昇級できる」

「分かりました。では、お手柔らかにお願いします」


 冒険者ギルドに併設されていた屋根なしの訓練場に移動し、中央でセイランと向かいます。ギョウタンや他の職員は訓練場の端っこで様子を伺っています。


「ルール無用。殺さない程度に全力でだ。闘法で自己治癒はできるだろ?」

「はい。闘気の訓練もそれなりにしていますので」


 闘気によって自身の肉体に関する強化や治癒、また肉体が直接触れている物質の強化などが行えます。総じてそれらを闘法と呼びます。


 セイランは背中に携えた大剣と巨斧をそれぞれ片手で抜き去り構えました。本当に凄い力ですね。重い全身鎧を着て重量武器を二つ同時に扱うとは。ドワーフでもここまで力のある戦士はいません。


 膂力の低い葉っぱエルフはもちろん、一般のヒューマンでもできない芸当です。やはり彼女は獣人か鬼人でしょう。もしくは竜人か。


 一度、その兜の下の顔を拝んでみたいですね。


 私は杖を構えました。


「開始の合図はどうします?」

「ギョウタン! 頼む!」

「……分かった。では、試合開始!」


 ギョウタンが声を張り上げました。


「〝光は聖に輝き悪しアルブム・き力に屈さず。全てを祓いクィーンクェ・て守る――聖絶フォルト〟」

「魔術だとっ!」

「高位の防御魔法をっ!」

「これが魔術ですってっ!?」


 まずは安全のために五つの魔術陣を浮かべ、ギョウタンや他の職員、また訓練場全体に光魔術で結界を張ります。これで彼らが戦いの余波を受けることはないでしょうし、訓練場が壊れることもありません。


 魔術に驚く彼らに首をかしげていると、セイランが軽く頭を下げてきました。


「これで派手に暴れられる。ありがとうな」

「いえ」


 私は杖をセイランに向けます。


「〝魔の光よ。コロル・翔りてウーナ・穿て――魔弾ゲヴェーア〟」


 杖の先端に魔術陣を一つ浮かべて詠唱を呟き、魔力を実体化させて高圧縮した弾丸、〝魔弾ゲヴェーア〟を三十ほどセイランに向かって連射します。セイランは躱すことなく全てを受けました。


 土煙で姿が隠れてしまいます。


「ハァアッ!」


 土煙の中からセイランが一瞬で飛び出してきて、私に大剣を振り下ろしてきました。

 

 魔力探知でそれを読んでいたため、私は驚くことなくバックステップで躱します。大剣でクレーターを作ったセイランは巨斧を横なぎに振るい追撃してきます。


「基本攻撃魔法のくせに中級並の威力があるじゃないかっ!」

「基本攻撃魔術・・ですよ。〝魔の光よ。コロル・聳えて守れウーナ・――魔盾シルト〟」


 魔術陣を一つ横に浮かべ、魔力を実体化させただけの障壁、〝魔盾シルト〟を作り、横なぎの巨斧を防ぎます。


「堅いなッ! こっちも中級以上かっ!」


 セイランは一旦私から距離を取ります。その隙に私は周囲にとおの魔術陣を浮かべて。


「〝大地の楔よ。フラニグ・我を解きセクス・放て――浮遊シュヴェーベン〟。〝風の衣よ。ウィリデ・自由の翼を与え給クァットゥオム・え――飛翔フリーゲン〟」


 二つの魔術の詠唱トリガーを行い、飛行魔術を行使。三メートルほど浮き上がり、セイランを見下ろします。


「飛行魔法か」

「だから、魔術ですって。〝魔の光よ。コロル・翔りてウーナ・穿て――魔弾ゲヴェーア〟」


 私は詠唱トリガーして〝魔弾ゲヴェーア〟を六十ほど連発して放ちます。しかも今度は一つ一つを魔力操作と魔術陣で操り、曲射と追尾を行います。


「ッと。殺意が高いなっ!」

「殺しませんよ」


 セイランは縦横無尽に訓練場を駆けまわり、追尾する〝魔弾ゲヴェーア〟をかわします。全身鎧を纏い大剣と巨斧を握っているにも関わらず、狼よりも速く森を駆ける葉っぱエルフ並みの俊敏さです。


 身体強化の闘法の練度がかなり高いです。ドワーフの一流戦士並です。


「せいっ!」

「うおっ! 〝魔の光よ。コロル・聳えて守れウーナ・――魔盾シルト〟」


 セイランが一気に三メートルも跳びあがり、私に大剣を振り下ろしてきます。〝魔盾シルト〟で防ぎながら、飛行魔術で距離を取ります。


「まだまだっ!」

「風系統の魔法も使うのですかっ」

 

 セイランは魔法で足元に作り出した風の壁を蹴って跳び、私に巨斧を振るいます。


 加速飛行して攻撃をかわします。そのまま急ブレーキや急カーブなど変則的に空を飛び回り、魔術陣を浮かべて詠唱して〝魔弾ゲヴェーア〟を何度もセイランに打ち込みます。


 セイランは風の壁を蹴って空中を駆けることで〝魔弾ゲヴェーア〟を避け、私に大剣と巨斧の連撃を放ちます。その一撃一撃が鋭いこと。音速に近いのか、大剣や斧が振るわれると同時に衝撃波にも近い暴風が襲ってきます。


「いたちごっこですね」


 セイランの連撃を全てかわしていますが、その逆もしかりでセイランも私の攻撃を全てかわします。 


 このままでは埒が明かないと考え、戦術を変えることにしました。


 四つの魔術陣を上空に展開しながら、訓練場と冒険者ギルドを見下ろせるほどの高さまで一気に飛び上がり。


「〝暴れ狂いウィリデ・て吹き堕クィーンクェ・ちよ――颶瀑ヴァッサーファル〟」

「派手にやってくれるなっ!」


 沢山の魔力と共に詠唱し、私の下に存在する空気全てをゆっくりと訓練場に向かって叩きつけます。


 いくら〝颶瀑ヴァッサーファル〟の攻撃速度が遅くセイランが俊敏といえど、この広い訓練場全体に吹き降ろされたダウンバーストをかわすことはできません。


 防ぐにしても高位の防御魔法が必要になります。


「何をしているのでしょうか?」


 地面に飛び降りたセイランは〝颶瀑ヴァッサーファル〟が着弾する直前、体を大きく後ろにのけぞらせながら大剣と巨斧を振りかぶり、地面に叩きつけました。


「ハアアアアアッ!!」


 轟音と共に、訓練場全体に及ぶ深いクレーターが発生し、土煙と衝撃波が迸ります。


 そしてその衝撃波を魔法で上部に指向を持たせたのでしょう。〝颶瀑ヴァッサーファル〟と衝撃波がぶつかり、弾けました。暴風が横に荒れ狂います。


「おうぅ。マジですか……」


 私は呆然としてしまいます


 まさかこんな力技で〝颶瀑ヴァッサーファル〟が防がれるとは思いもしませんでした。物凄い怪力です。脳筋です。


 セイランが私を見上げました。


「まだまだイけるだろっ! アタシを楽しませてくれっ!」


 どうやら彼女は戦闘狂バトルジャンキーのようでした。兜でその顔は見えませんが、獰猛な笑みを浮かべているのは間違いないでしょう。


 生憎私は戦闘狂バトルジャンキーではありません。しかし彼女には色々と礼もありますので、その分だけ楽しませるとしましょう。


「〝魔の光よ。コロル・翔りてウーナ・――」


 一先ず〝魔弾ゲヴェーア〟を百発分ぶち込んであげようとして。


「待て待て待て!!! 終わりだ終わり! やめろ!! これ以上訓練場を破壊するな! 町に迷惑だ!!」


 ギョウタンに止められました。


 周囲を見渡すと、多くの衛兵が冒険者ギルドの前に集まっていました。



 Φ



「……ああ、こほん。まぁ、あれだ。グフウ。君の凄さは分かった。特例として三月灯からのスタートを許可しよう。登録料もいらない」

「ありがとうございます」

「登録の手続きなどは四日後には終わる。その時ギルドカードを受け取りにきてくれ」

「分かりました」


 ギョウタンに頭を下げました。先ほどまで後ろでギルドの職員や衛兵に怒られていたセイランが声をかけてきました。


「終わったか」

「はい。おかげさまで。ありがとうございます」


 深々とセイランに頭を下げました。


「アタシはこれから明日の依頼についてギルドと話し合いがあってな。このあとは案内できん。すまんな」

「いえ。むしろここまでしてくださってありがとうございます」


 文無しの私を街に入れてくださっただけでなく、お金をくださり、一人前の冒険者にしてくださいました。


 本当に感謝してもしきれません。土下座しながら葉っぱエルフの足をなめろ、と言われたら喜んでしてやるほどには、感謝の気持ちで溢れています。


「では、失礼します。また、今度」

「ああ」


 冒険者ギルドを出てセイランから聞いたおすすめの宿屋の場所へと歩みを進めました。


「グフウ! 言い忘れていたが、そのひげ! とても立派でかっこいいぞ!」


 後ろからセイランの声が聞こえ、振り返りました。


「な、なんと……」


 セイランはその無骨な兜をとり、私に手を振っていました。


 遠くから見えた兜の下の素顔は美しく凛々しく。


「エル……フ?」


 葉っぱのように長く鋭い耳をもっていました。


 セイランはエルフの女性でした。


 とりあえず私はセイランの足を舐めるために戻りました。







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