第3話 ドワーフの信仰

 町に入りました。


「グフウ。今まで社会で暮らした経験はあるか?」


 世界の人口の八割近くを占めているのが、ヒューマンと獣人です。セイランのニュアンスからして、エルフやドワーフが形成する社会を指しているわけではないでしょう。


「いえ、殆ど。一か月ほどですね」

「そうか」


 セイランが私の顔をジッと見ます。


「それにしてもお前、若いな。成人しているか?」

「五十歳です」


 ドワーフとしては未成年ですが、ヒューマンや獣人からしたら立派な大人となります。だから敬ってもいいのですよ? と視線でセイランに言ってみます。


「いいや。どっちにしろまだまだ子供だな。あと十年はママのおっぱいでも吸っていろ」


 兜で顔は見えませんが、セイランはハッと鼻で笑った事から、確実に小馬鹿にしたような笑みを浮かべているでしょう。


 まったく、これだからヒューマンは。礼儀がなっていません。葉っぱエルフたちでもこのような無礼は働かないというのに。


 思わず顔をしかめてしまいます。


「ああ、悪い。軽口のつもりだったのだが、冒険者アホどもと一緒にいた気分が抜けてなかった。すまん」


 セイランが慌てて頭を下げてきました。


 なるほど先ほどのは冗談だったのですか。冒険者ではこれが普通なのですね。


「気にしてませんよ。それより師匠がヒューマンでしたので、それなりに常識を知っています。ご心配ありがとうございます」

「……そうか」


 その声音はとても胡乱気でした。


「それで一つ相談なのですが、今すぐお金を手に入れるにはどうすればいいのでしょうか? 早急に今夜の宿代が必要で。冒険者になるにも入用でしょう?」

「……昨日お前が整備していた魔術具があっただろう」

「雨よけの魔術具ですね」

「10万プェッファーで買い取ってやる。節約すれば一ヵ月近く過ごすことができるぞ」


 おお、これはラッキーです。すぐにトランクから雨よけの魔術具を取り出し、セイランに差し出します。


「買い取ってください」

「……はぁ」


 溜息を吐かれました。


「何がそれなりに常識を知っているだ。いいか。小型の雨よけの魔術具は20万プェッファーはくだらない品物なのだ」

「なるほど。つまり私は騙されたわけですか」


 これも社会経験。仕方ありません。


「では、10万ください」

「は……? いや、お前、だからアタシの話を聞いていたか? それは20万もするのだぞ」

「はい。でも、そんなすぐに買い取ってくれる人はいないでしょうし、一か月分のお金が手に入るならそれで十分です」


 そもそも雨よけの魔術具程度、材料さえあれば簡単に作れますし。


「それに、その差額分は私の身分の保証と滞在証明をしてくださったお礼という事にしてください」

「いや、そもそもその身分の保証が……まぁ、いい。分かった」


 雨よけの魔術具を受け取ったセイランはライゼ大銀貨四枚、10万プェッファーをくれました。


「ああ、やっぱりライゼ硬貨なんですね。三十年近くも同じ価値を保っているとは」

「ギルドが発行しているからな。ヒメル大陸のどこでも使えるぞ」


 神炉の穴倉こきょうでは使えなかったはずですが、ここ三十年で変わったのでしょうか?

 

「この後は冒険者ギルドに行くのだろう?」

「ええ。世界を旅するなら冒険者になっておいた方がいいと師匠から助言があったので」

「それなら、アタシもギルドに用があるから案内してやろう。それと口利きもしてやる」


 なんと!


 一ヵ月の滞在証明をしていただいただいただけでなく、案内や口利きまでしていただくなんて。


 感謝してもしきれません。今なら葉っぱエルフ相手に土下座してやってもいいほど、感謝の気持ちで溢れています。


 私は何度も何度もセイランに頭を下げました。


 冒険者ギルドに向かっている途中、教会が見えました。


「あの、少し寄ってもいいでしょうか」

「アタシも寄りたいと思っていたところだ」


 教会に入り、神父さんに断ったあと、九柱の神々の前で二礼二拍手一礼をしました。


「我が糧に感謝を」


 鍛治と技巧の神大おやじ殿が言うには、神々はこの世のあらゆる存在と繋がっているそうです。なので、彼らに感謝すれば必然、私の糧となった存在への感謝に繋がります。


 静かに胸の前で手を組みこうべを垂れていたセイランが尋ねてきました。


「相変わらず面白い祈り方をするな」

「祈ってはいませんよ。感謝していたんです」


 ドワーフは数が少なく、その殆どが穴倉こきょうに引きこもっているので文化が伝わっていないのでしょう。師匠も詳しく知りませんでしたし。


「ドワーフは鍛治と技巧の神オーゼインによって創られました。故に、まずたゆまず励み、己を、技を鍛え上げるのです」


 そういう意味では、私はドワーフらしくありません。己を鍛えることから逃げましたから。


「ですから、神には祈らないのです。奇跡を願わないのです。それは己を鍛えて手に入れるものだから。その代わり、己を鍛える糧となった、そしてその糧に関わった森羅万象に感謝を捧げるのです。まぁ、少しは例外がありますが」


 「ふぅん」とうなずいたセイランは、そしてあり得ない言葉を口にしました。


「やはりエルフと似ているな」

「は? 葉っぱ――こほん。あのエルフと似ているですか?」

「今、葉っぱと言わなかったか?」

「いえ。聞き間違えでは?」


 私はエルフと違って礼儀正しいドワーフです。例え小さい頃に、葉っぱエルフに幾度となく陰湿な嫌がらせや罵倒をされたとしても、蔑称など言わないのです。


 セイランが咳払いしました。


「いや、なに。エルフも祈りを捧げないのだ。自然を愛し自然を受け入れ、恵みに感謝する」

「……確かに言われてみれば、はっぱ――エルフも神々や精霊、森に感謝する種族です。似ている部分も…………あるのでしょう」


 ちょっと認めたくなくて、言い淀んでしまします。しかし、事実ではあるので認めなければなりません。


「けれど、ドワーフとエルフの違う点は、やつらは大変原始的だという点ですね」

「……原始的だと?」


 セイランの声音が低くなった気がします。気のせいでしょう。


 私は意気揚々と葉っぱエルフのことを話します。


「そうです。やつらは鍛えません。己は多少鍛えるようですが、ありのままを受け入れるとかで道具は簡素で原始的なものばかり。しかも、家は木のうろ! 廊下は細いし、迷路みたいな構造をしてるし! 建築のけの字くらい知ってから家と名乗ってくださいよ!」


 三十年以上前の事ですが、家庭の事情で何度もエルフの国には行った事があるのです。


「食事も素材の味を生かすとかで、味気ないものばかり。一日ならいいですけど飽きますよ! 調味料はないのですか! 野蛮そのものです」

「……調味料塗れにするのもどうかと思うが」

「ん? 何か言いましたか?」


 伝統料理だとか言われて味気のない物を毎日出された時の怒りを思い出し、興奮してしまいました。当時は子供だったので、本当に辛かったんです。


「その点、ドワーフは高度な魔法機械アーティファクト文明を誇り、家も過ごしやすく、沢山の料理と調味料がある。そして酒! エルフとは大違いです」

「確かにエルフは、何もかもを炉にぶち込んで鍛冶かなうちの糧とする脳筋アホアル中岩っころドワーフどもとは大違いだな」

「はい?」


 今、早口で罵倒されたような?


 ……いえ、セイランさんは滞在保証などをしてくれたとてもいい人です。それはないでしょう。


 それから教会に併設されている孤児院に寄付をすることにしました。


 私はライゼ大銀貨一枚と。


「ありがとう、変なドワーフさん!」

「変は余計です。その魔術具は流す魔力量で音量を変えられますので、魔法の訓練になります。ハーフエルフも魔法の才に溢れていますから、しっかり鍛えるのですよ」


 ついでにハーフエルフの孤児がいたので、魔力を注ぎながら詠唱を呟いて叩くと『ピ~ポ~!』と音がなる魔術具も寄付しました。魔物を威嚇する魔術具を作ろうとして失敗した物ですが、魔法訓練の玩具となるでしょう。


 ハーフエルフの孤児の頭を撫でました。


 大銀貨二枚を寄付していたセイランは、少し困惑した声音で尋ねてきました。


「エルフを嫌っているわけではないのか?」

「いえ。例え嫌っていたとしても、私の感情なんて子供には何も関係ないじゃないですか」


 私みたいに、不条理に罵倒や嫌がらせをされてはいらぬ憎しみを生むだけです。


「それにさっきはああいいましたが、エルフを尊敬してはいるのです。自然を愛し愛され、魔法に対する造詣が深い。彼らは誇り高き狩人で賢者です。そして、不本意ながら私たちの隣人でもあります」

「……そうか」


 それから少し子供たちと遊びました。


 魔術で姿を消したり、トランプの文字を書き換えたりと手品を見せて遊んだりしました。


 セイランは鎧を纏ったまま、十人近い子供たちを軽々と持ち上げて、教会の屋根よりも高く飛び上がったりして遊んでました。凄い力持ちです。


「じゃあね! 変なドワーフさんと鎧のお姉さん!」

「だから変な人は余計ですよ」


 そして私たちは冒険者ギルドに向かいました。





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