第2話 城壁の外での滞在

 土魔術で建てた家に衛兵長は驚きました。


「お前、魔法使いじゃないのかっ?」

「魔術師ですよ? ドワーフが鍛冶以外の魔法の才能があるわけないじゃないですか」


 だから私は魔術師になったというのに。


「魔術っ? これが魔術だとっ?」

「魔術陣を使ってるのですから、魔術に決まってるじゃないですか。何言ってるんですか?」


 私は魔力で魔術陣を編み、衛兵長に見せます。


「ありえないだろ。あの魔術だぞ? 基礎魔術ですら、その発動に一分近くを要するというのに……」


 衛兵長はブツブツと呟き、困惑したようにその場を行ったり来たりしています。


 どうしたのでしょうか? 魔術はそこまで珍しくないはずなのですが。まぁ、いいです。


「あの、それで門の前で二週間過ごさせてもらってもいいでしょうか?」

「あ、ああ。いいぞ。ただ、余計な事はするな。僅かにでも町に害があると判断した場合は、即追い出すか、逮捕する」

「分かりました」


 逮捕とは物騒ですね。


 変な事をしないように気を引き締め、私は小屋に入ります。トランクから衣服を取り出し、長旅でできていなかった洗濯をします。ローブも洗濯します。


 洗濯を終えたら、お天道様の下でします。ああ、もちろん下着は衛兵たちに見られないよう、小屋の影になる場所で乾します。恥ずかしいので。


 それから杖の手入れを行い、トランクの整理もします。手持無沙汰になったので夕方になるまで魔法書を読み、夕食を作って衛兵たちに振舞いました。


 神様や精霊たちに感謝して、眠りました。


 翌朝。


 日の出前に起き、水魔術で水を生成して顔を洗います。ひげと耳を覆う黒魔鉄を手入れします。


 神々や精霊たちへの感謝を伝えた後、軽装に着替えて結界魔術で小屋の周囲を透明な障壁で覆い、衛兵に声を掛けてランニングに出掛けました。


 ドワーフは健脚ですが、短足ですので足はあまり早くありません。城壁を一周するのに、一時間近くかかってしまいました。

 

 それにしても、一時間で一周できるほど、この街はあまり大きくありません。魔力探知で探った限り、住人もそう多くないです。二千人前後でしょうか。


 なのに、防壁は立派で街の中央にはお城もあります。


 そんな事を疑問に思いながら、筋トレを行います。腕立て伏せや腹筋などはもちろん、土魔術で作った岩を持ち上げたりもします。


「よっこいせ」


 持ち上げていた岩を降ろし、土魔術で消します。その後は、魔力制御や魔術、闘気制御の訓練も行っておきます。


 朝のトレーニングが終了したので、さくっと周囲の平原で三つ目ウサギの魔物を狩り、解体を行います。野草も採取します。

 

 朝食はウサギと野草のスープと、堅いパンです。

 

 朝食を終えたら魔術の研究を行います。昼飯を食べ、また魔術の研究をします。夜になれば魔術で作ったシャワーで体を洗い、神々と精霊たちへ感謝して寝ます。


 そんな生活を二日続けました。


 その日は門の前で二人の衛兵とトランプをして遊んでました。


「それにしてもこの門。立派なのに誰も通りませんね」

「今、冒険者の殆どが出払ってるからな」

「東門なら商人とかがそれなりに使うんだが」

「それはつまり、この門は冒険者しか使わないのですか?」

「当たり前だろ? ここは魔境、ヘルフェン平原に繋がる門だぞ? 冒険者以外の誰が使うんだよ」

「使うとしても、薬草採取に出掛ける薬屋の嬢ちゃんたちくらいだぞ」


 ヘルフェン平原?


「あそこはカオタバク平原ではないのですか?」


 地図ではそのような名前だったはずです。


「何を言っているんだ? カオタバク平原はシュトローム山脈の向こう側だぞ?」

「……? あの、ここの国の名前は……」

「フルーア王国に決まってるだろ。何言ってるんだ?」


 ……ふむ。


「ちょっと失礼」


 一度小屋に戻りトランクから地図を取り出します。衛兵のところにもどり、トランプをしていた机の上に地図を広げました。


 地図を指さし、尋ねます。


「あの、私がいるのはこの国ではないのですか?」

「だからそれは反対側だっつうの。ここはデケル町だ」

「……なるほど」


 つまり私は道を間違えたわけですか。正確には地図の北と南の記載が逆になっていたわけです。どうりでシュトローム山脈を降りるのに一ヵ月以上もかかったんですね。


 墓参りしたときに、地図を描いた師匠に文句を言いましょう。


「まぁいいです。それよりトランプの続きをしましょう。今度はポーカーです。勝ったらお金をください」

「どうやって文無しが賭けられるんだっ!?」

「俺らが勝ったらなにくれんだよっ!」

「お花でも」

「いらんわ!」


 仕方ないので、普通にポーカーをしました。途中でトランプしているところを衛兵長に見つかり、怒られました。


 衛兵は仕事に戻ってしまい、暇になってしまいました。仕方がないので、小屋の屋根の上で昼寝をします。


 結局その日は昼寝で終わりました。


 翌日。


 暇なので魔術で鍛冶場を作り、シュトローム山脈を抜ける道中で拾った鉱石をトンカンと叩き、魔術具を作っていました。


「叩けよ叩け! 燃えろよ鉄よ! 鍛え抜け! 堅く強くしなやかに! あ~トンカントンカン! あ~トンカントンカン!!」


 衛兵長が飛んできました。


「おい、何をしている!」

「魔術具を作っています」

「今すぐやめろ!」


 怒られました。鍛治はダメだそうです。なぜ。


 仕方がないので、手持ちの魔術具の整備をしました。


「ん?」


 昼過ぎ、平原から数十人の人間がこっちに来ることが魔力探知で分かりました。


「衛兵さん。平原の方から人がくるのですが」

「ああ、冒険者たちだな。遠征が終わったのだろう。それでどこにいる?」

「向こうです」


 平原の方を指さします。


「見えないが?」

「はい、見えませんよ?」


 衛兵と顔を見合わせます。


「いやいやいや。見えないのにどうやって分かるんだっ?」

「魔力探知に彼らの魔力の反応があったので。分からないんですか?」

「そんな遠くまで分かるわけないだろっ」


 そうなのですか。


 一時間後、氷漬けにされた百近いサルを荷車に載せてく集団が現れました。その集団は主にヒューマンと獣人で構成されており、一目見て強いことがわかります。


 冒険者でしょう。お猿さん討伐の帰りのようです。


 彼らは小屋の前で魔術具の整備をしていた私に気が付き、何事かと首を傾げていました。


 リーダなのでしょうか? 凜とした雰囲気を放つ重戦士が、私に近づきました。


 背は私より一回り高く、大剣と斧を背負い騎士の如き大きな鎧で全身を隠しています。他の冒険者とは比べ物にならないほど強いのが、分かります。


「……ドワーフか。見ない顔だな」


 兜をかぶっていて素顔は分かりませんが、声音からして女性でしょう。


「グフウと申します。シュトローム山脈からやってきたのですが、無一文のため街に入れずここで過ごさせていただいてます」

「シュトローム山脈からだと?」


 全身鎧の重戦士がドスの利いた声で聞き返してきます。他の冒険者が少しざわつきました。


「なにかおかしいですか?」

「……いや。それよりグフウと言ったか。お前はもしかして魔法使いか?」


 大男の冒険者が馬鹿にしたように全身鎧の重戦士の肩を叩きます。


「おいおい、セイラン。ついに頭まで筋肉になっちまったのか? 常識的・・・に考えて、ドワーフが魔法使いなわけないだろ。なぁ?」

「はい。私は魔法使いではありませんよ。だって――」


 私はフィンガースナップをして三つの魔術陣を浮かべ。


「〝我が想いカエルフラ・は咲きトリア・狂え――想花ブルーメンガルテン〟」


 小さく詠唱を呟き、木魔術で周囲に沢山の花を咲かせました。


「私はドワーフの魔術師、グフウですから」


 そして私は蒼い花を摘み取り。


「これは蒼夢花という、とても良い香りのする花です。枕元に置いて寝ると、その日の疲れが夢のようになくなります。もしよろしければ、お試しください」


 全身鎧の重戦士、セイランに差し出しました。女性に花をあげるといいことがあると、よく師匠が言っていたのでそれを実行しました。


 まぁ、毎日師匠に花をあげてもいいことはあまりなかったのですが。


「とりあえず!」

「ぶべっ!?」

 

 セイランは自分を馬鹿にしてきた大男の冒険者を殴り飛ばしたあと。


「……今夜ありがたく使わせていただこう。魔術師グフウ」


 軽く頭を下げて蒼夢花を受け取りました。顔は兜に隠れて見えませんが、声色はとても柔らかかったので喜んでもらえたのでしょう。


 ついでに私は呆然としていた冒険者たちにも近くの花をプレゼントします。皆、さらに呆然としました。ふふん。第一印象はバッチリでしょう。


 花を配り終えた頃に衛兵長がやってきて、咲かせた花々を元に戻せと、怒られました。綺麗なのに。


 冒険者たちは街へと消えていきました。


 そして翌日、セイランが再び私の前に現れました。


「魔術師グフウ。おかげでよく寝れた。感謝する。その礼といってはなんだが、アタシがグフウの身分を保証しよう」


 つまり。


「町に入れるのですか?」

「ああ。そうだ」


 お花が通行料に変わりました。稲わらわらしべが布に変わったくらいの変わりようです。長者になれるでしょうか。


「いや、通行料じゃないぞ。一ヵ月の滞在証明書だ」

「なんと」


 稲わらが一気にお城に変わってしまいました。


 



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