ドワーフの魔術師
イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師とエルフ
第1話 旅立ち
精悍なドワーフがいました。
そう、私です。
「〝
円形の幾何学模様、魔術陣を三つ浮かべて詠唱し、自分の前に水で作った姿見を作り出します。
自分の姿をマジマジと見ました。
「……威厳があるでしょうか?」
一五〇センチメートルの背丈はドワーフの中ではかなり長身な方ですが、他の種族からしてみれば短身でしかありません。
舐められないか心配です。
「でもガタイは良いですし、ヒューマンたちの社会は
ドワーフは生まれつきガタイがよく、そのうえで小さい頃から欠かさずトレーニングをしていたので、筋肉もあります。師匠いわく『お相撲さんっぽいガチムチ』だそうです。
それに、自慢のたっぷりと
舐められる心配はない……はず?
「まだ少し威厳が足りないような……そういえば眼鏡は威厳の象徴のはず。前に読んだ小説の丸眼鏡のおじいさんがカッコよかったので間違いないでしょう」
トランクから丸眼鏡を取り出し、かけます。眼鏡の奥底で深緑の瞳が光ります。
「う~ん。丸眼鏡よりも師匠がよくかけていた
トランクから
「どちらも捨てがたいですね……」
両方とも威厳がありそうです。
「よし、決めました。丸眼鏡にしましょう。
すこしゴワゴワとした黒の髪を整え、ドワーフ特有の耳を覆う黒の金属、黒魔鉄を布で磨き上げます。
そして灰色のローブを羽織り、幾何学模様が彫られたエメラルドが先端で浮かぶ杖を持ちます。
「うん。立派な魔術師に見えるでしょう……」
姿見の前でジッと自分の姿を見やります。
「でも、見た目が立派でも口調が……私よりもオレの方がいいかもしれません。言葉遣いも変えて……」
コホンと咳払いします。
「オレはグフウ。大魔術師ヨシノの弟子だ」
…………むぅ。
「あまり慣れませんね」
小さい頃からずっとこの口調だったため、今更変えるのはむつかしいものです。
威厳を出すために四苦八苦していますと、突然目の前に魔術陣が八つ浮かび上がりました。
「はて? なんでしょうか?」
私が魔術を行使したわけではありません。首を傾げていると、魔術陣から一枚の手紙が落ちてきました。
手紙を受け取ります。私宛でした。読みます。
『グフウよ。威厳を出そうと悪あがきをしているのだろうが、お前には無理だ。似合ってない。口調はそのままの方がよいし、眼鏡はやめろ。ダサい』
師匠からでした。
私が威厳を出そうと姿見の前で四苦八苦するのを見越して、事前に魔術を仕込んでいたのでしょう。
流石、師匠です。その天眼通のごとき怜悧さに憧れます。
『お前はお前のままでいい。時間が経てばいずれ威厳はでる。そういうものだ』
「今、威厳が欲しいのですがね。師匠の弟子としてふさわしい威厳が」
苦笑いしました。
手紙の最後はこう締めくくられていました。
『グフウよ。世界を旅しろ。沢山の魔法に出会い、魔術を愛せ』
師匠らしい締めくくりでした。別れの言葉一つありません。けれど、それだけで十分なのです。
ふっと頬を緩め、眼鏡外したところで、もう一枚手紙が落ちてきました。これも師匠からのようです。
『
「……
あまり過去話をしてくれなかったので、知らないのです。面倒そうな頼みです。
「……当分は師匠の故郷を探る旅になりそうですね」
二通の手紙と共にトランクにしまいました。
「さて」
トランクを手に石を削りだして作った小さな家を出ました。家は山の中にあり、周囲には高い木々が並んでいます。
振り返って数秒間、師匠と共に過ごした家を見つめました。静かに目を伏せ、杖を掲げます。魔力を練り上げ、周囲に七つの魔術陣を浮かべました。
「〝
そう呟けば、周囲の木々が家を覆うように伸び、枝や幹が絡み合います。そしていくつもの木々が連なってできた巨大な大樹によって、家はその姿を消しました。
大樹に向かって膝をつきます。
「我らが祖たる
これから何度もするであろう、たった一つの
「行ってきます、師匠」
私はグフウ。
大魔術師ヨシノの弟子にして、ドワーフの魔術師、グフウ。
今日、師匠と共に過ごした家から旅立ちます。
Φ
晩年の師匠が人嫌いだったのもあり、私がいた家はヒメル大陸を縦断するシュトローム山脈にありました。
シュトローム山脈はヒメル大陸でも有数の高山が幾重にも連なってできた山脈であり、ドワーフの健脚でも簡単に降りることができません。
それでも山脈の比較的浅い部分に家は建っていたので、一週間くらいで降りられるかと思ったのですが。
「どこですか、ここ。平原があるはずなのですが……」
地図通り進んだのにも関わらず迷いました。
しかも、途中で地殻変動を起こし山を隆起させる力を持つ地竜などと出くわしてしまい、死闘を繰り広げる羽目になりました。頑張って逃げました。
そして一ヵ月以上山脈を歩き。
「……おお、ようやくですか」
ようやっとシュトローム山脈を抜け平原にたどり着きました。嬉しくて、喜びの舞いを踊ってしまいます。ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃです。
「広いですね……」
目の前に広がる平原は思った以上に広かったです。
一夜で抜けることはできず、土魔術で作った小屋でひと眠りします。朝起きて、ひげと耳を覆う黒魔鉄の手入れをしたら、出発します。
途中で逆立ちで移動する巨大なサルの魔物の群れや、泥沼が入った器状の岩を背負った八本足の魔物などに襲われましたが、魔術で撃退しました。
両方とも他の魔物と争ったのか、怪我を負っていましたが、それでもかなり強かったです。危険な魔物が多いですね、この平原。
ともかく、撃退した魔物などを避けるために迂回をしながら、地図に書いてある町に向かって歩くこと、二週間近く。
「城壁……ということは、街。つまり人がいるのですね」
ヘトヘトになったところで、遠くに城壁が建っていることが魔力探知で分かりました。一時間以上歩くとようやく城壁の前にたどり着きます。
門を見つけました。街に入ろうとしました。
「おい、そこの老人! 待て」
ヒューマンの衛兵に何故か止められました。
「ろうじ……ん? お前、ドワーフか?」
衛兵は黒魔鉄に覆われた耳を見て、胡乱な目を向けました。
「はい」
私はひげを撫でました。一ヵ月以上のサバイバル生活でもひげの手入れは欠かしていません。この艶やかなひげを見れば、驚くでしょう。
「その杖、魔法使い、だよな。ドワーフの魔法使いとは見たことがないな……」
衛兵は私が杖を持っていることに驚き、ひげには驚きませんでした。それと私は魔法使いではなく魔術師です。
まったく、見る目がありませんね。
「まぁ、いいや。ドワーフ。ギルドカードを出せ」
「ギルドカード……? ああ」
聞き覚えのない言葉に少し首を傾げましたが、思い出しました。
確か、ヒメル大陸のヒューマンの国では、薬草の採取をしたり、魔物を討伐したり、様々な仕事をこなす何でも屋を冒険者として雇っているのでした。
そして彼らはギルドカードという身分証を持っているとか。その身分証はギルドがある国ならどこでも通用するらしく、師匠も旅をするなら冒険者になっておけと言っていました。
「私は冒険者ではありません」
「……セイランさんと同じタイプではないのか。なら、通行料を払え」
「え」
こんな辺鄙なところにある街になのに、通行料が必要なのですか?
「まさか金を持ってないとか言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかですよ。三十年もシュトローム山脈で修行をしていたので」
「三十年もっ!? というか、シュトローム山脈でかっ!?」
衛兵は驚きました。門の奥から偉そうな衛兵が出てきました。
「おい、どうした」
「いや、衛兵長。コイツ、ギルドカードもお金ももっていないらしく」
衛兵は偉そうな衛兵、衛兵長にコソコソと耳打ちします。そして衛兵長はジロリと私を見下ろしました。
「書簡や身分を証明できる物は持っているか? ドワーフなら出身の証くらい持っているだろ」
「いえ、私特製の干し肉なら沢山持っていますが。いりますか?」
トランクから干し肉を十個ほど取り出し、衛兵長に渡します。彼は「……いい干し肉だな」と呟きました。
これは
「
「え?」
「お前は町に入れられん。冒険者でもない、金もない。おまけに魔法使いのドワーフときた。犯罪者でなくとも、怪しいことこの上ない」
えぇ。干し肉返してください。賄賂のつもりで渡したのですよ。あと、私は魔法使いではなく魔術師です。
「まぁ、この干し肉の事もある。二週間だ。怪しいお前でも街に入れるよう、領主に掛け合い書類を用意してやる」
「二週間ですか」
「お前みたいな怪しいやつが街に入るためには、それくらいの時間が必要なのだ。いやならどっか行け」
二週間程度なら一瞬ですので、問題ありません。
「分かりました。待たせて頂きます」
私は三つの魔術陣を浮かべ、
「〝
土魔術で門の近くに小屋を建てました。
「おい、何だこれはっ!?」
衛兵長が目をひん剥きました。
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