第19話 夏の休暇の始まり
リリベットはテレーズ駅発アリ=ダンドワ駅へと向かう特急列車は帰省客や、観光客によって通常よりもかなり混んでいるのだ。
彼女が乗るのはアリ=ダンドワ駅から主要都市の駅しか停車しない特急列車に乗るのだ。
料金は高くなるが、席に座りたいので予約して押さえた方が楽なのだ。
リリベットは予約の席に座ってからはトランクを上に置いて、誰もいないであろう場所に立っている。
「よし、ようやく座れる」
彼女は旅装の上着を脱いでから窓際の席に座るとすぐに学院の入学祝いに贈られた懐中時計を確認する。
エリン=ジュネット王国は主に街道とこの鉄道が感じていることが多い。
リリベットは学院に入学したときは鉄道を使っていた。
十六歳のときに自動二輪車の免許を取得して愛車を手に入れてからは荷物を持って、実家へ行くこともよくあったのだが今年はそれはできないと感じていた。
列車は定刻通りに出発をしてから動き出してから、彼女はみんながこちらを歩いているのが見える。
列車は約一時間半ほどで到着するが、今日は車内も混みあっている。
彼女は読みかけの恋愛小説を読み始めることにした。
乗っている車両は三等指定席でかなり人数が少ないので、これから人数が増えてくるようだ。
景色を見る間もなく、一冊の小説を読み終えて終点のアリ=ダンドワ駅へ到着しようとしていた。
リリベットが顔を上げると見慣れた街並みが見えてきた。
王都アリを見下ろすことができる高架橋は徐々に低くなり、赤レンガの駅舎と鉄骨で組まれたホームへと滑り込む。
学院一年生のときはこの光景を見て思わず泣きそうになったが、それを我慢して両親の顔を見て泣いてしまったのを思い出していた。
そんなことを思い出しながらジュネット方面へ向かう九番線ホームに滑り込んだ。
荷物を持って彼女はホームへと降りてから人の波に乗って改札へと歩いていく。
「おーい、リリベット‼」
「あれって……もしかして」
リリベットに大きく手を振っている成人と思しき女性が立っていて、母と似たような極東特有の顔立ちをしているのが見える。
「アンジェ姉ちゃん!」
「リリー、元気そうでよかったわ」
「ありがとう。迎えに来てもらって」
「たまたまよ。アンちゃんに頼まれたから」
出迎えに来たのは親戚のアンジェリカ、今月二十五歳になったばかりだ。
年齢はリリベットたち三
実際は母の年の離れた
「アンジェ姉ちゃんは仕事どう?」
「え、ああ……任される仕事は多いよ。極東系移民の人たちは言葉も文化も違うから」
「そうだよね。
アンジェリカの本名は少し長く、アンジェリカ・ミレイ・シャオ=サクラノミヤという名前で過ごしている。
カリュウでの名前は
両親の母国語の他に、エリン=ジュネット王国の公用語であるエリン語とジュネット語の四つの言語を話せる環境下にあった。
極東からの移民問題を王立第一学院で社会福祉を中心的に学んでいるときに気づいたのだ。
そして、国家資格である
王立機関の移民局に入局したばかりではあるが、そのバックグラウンドと語学力を買われて研修を終えてすぐに現場に入った。
現在は極東地域からの移民を中心に通訳や、生活についてサポートする仕事を行っている。
主にカリュウとアズマの言語が双方ともに扱えるので、戸籍登録から生活の文化などを教える機会を紹介したりしている。
そのときには呼びやすいようにそれぞれの母国語での名前で名乗るようにしている。
アンジェリカという名前はこちらで長く暮らしていないと発音とかが難しいという。
今年は六年目に入るが幼い子どもから高齢者までと幅広い世代と話していることが多いという。
「いやあ……でも、リリーも大変じゃない? いきなりテレーズ学院へ入るって聞いたもんだから」
「アンジェ姉ちゃんもじゃない? お互い男性社会に身を投じているわけだし」
「まあ、確かにね……うちも極東の血を引いているから故のこともあってね。差別される人も少なくはないしね」
「うん。母さんって言われてきたのかな?」
リリベットは思わず母のことを考えていた。
極東特有の容姿をしている母の学生時代にはまだ極東系の学生は少ない割合だったはず。
それを考えていると実家へ戻ってきているのが見えていたのだ。
実家は母の実家だったのを両親が受け継いだかたちだ。
両親が結婚した頃に空き家になった隣家を買い取り一軒家に改装したものだ。
実家部分がリビングと応接間、両親の寝室と書斎、隣家には三人の子どもたちの部屋になっている。
そのままアンジェリカと共に家に入ると、往診帰りの父が白衣を脱いでこちらにきているのが見えた。
まだ母は学院で仕事をしているみたいで夕方には戻ってくるだろうと考えた。
「アンジェ、お迎えありがとう」
「いいの。ヴィクターさん、今夜はお邪魔するね。ご飯は持ってきたりするからさ」
「ありがとう。また来てね」
「またね」
それからアンジェリカは婚約者を連れて再び家に来るみたいだ。
「今日はパーティーだね。料理は頼んでる?」
「それはみんなが持ち寄る形だね。キッチンもだいぶ料理するみたいだからきれいに整理していたしね」
「うちも手伝うよ」
「みんなが集まれる日には集まろうと計画していてね。だいたい帰省する初日の夜が良いかなって」
父が話しながらキッチンへと歩いて冷やしている飲み物を出しているのが多い。
今夜はリビングについているサンルームまで使って、親戚たちと夕飯を食べることにしたと話していた。
だいたいメンバーは大叔母一家と祖父、両親と三人姉弟が集まることが多いが、その周りに関係した人が集まったりもしていることもある。
あと弟のジェシーに関しては恋人を連れてきたりするので、今年も来るのか自分としてはとても楽しみにしているところだ。
「父さん、ジェスたちはいつ戻ってくる?」
「ジェスは四時の列車で来るよ。ロッティは五時には来るはずだし、アレクサンドラさんとコーデリアさんも来るらしいし」
「ほんとに? 楽しみだな」
「うん」
「リリベット、どの飲み物が良い?」
「ジュースで良いよ。すぐに飲めるし」
「それじゃあ、オレンジで良いよね」
「うん」
父はすぐにオレンジジュースを氷を入れたグラスに注いでリリベットに手渡した。
「父さん、おじいちゃんの家に行ってくるよ」
「ついでに連れてきてくれるとありがたい。冷えてる家の方が良いな」
「わかった。先に行くね」
リリベットは着替えをして夏らしい服装になってから、麦わら帽子を被って祖父のいる単身者向けの集合住宅へと向かって歩いて行った。
祖父というのは母方の祖父で陸軍を退職してからは街の市民講座で護身術を教えている。
彼が暮らしているのは集合住宅の二階の角部屋で、間取りが一番広めの部屋になっているということは聞いていた。
ドアについているドアノックを使って来客を知らせると、大きな声で一度呼ぶことが恒例になっている。
「おじいちゃ~ん、リリベットだよ」
「ちょっと待ってて」
ドアの奥からその声が聞こえてきたので、祖父が出てくるまで待つことにした。
そして、ドアの開錠音が聞こえてドアが開くとリリベットは嬉しそうに笑っていた。
白髪交じりの茶髪に母と同じ
「リリーはいつ帰ってきてたんだ?」
「今日の午前に着く特急で来たよ。おじいちゃん元気そうでよかったよ」
「今日は暑いね。中に入りなさい、しらばくしたら家に行こうか」
「うん。お邪魔します」
そのまま部屋に入ってリリベットはリビングから一望できる王都の街並みを見るのが好きなのだ。
「仕事はどうだい?」
「え、慣れてきたよ。義肢の改良とかを任されていたよ」
「すごいな。改良は進めているんだね」
「一区切りはついたかなって感じだね。休暇が終われば、次のプロジェクトになるはず」
「そうか。魔法工学技師は女性も多いのか?」
「うちを含めてジュネットの研究室は五人くらい。でも、一人減りそうなのよね」
「そうなのか」
「ヴェルテオーザ公爵令嬢でこの度、アンリ=ルセール公爵嫡男でルセール伯爵と婚約したの」
「ああ、ニュースになっていたな。珍しい組み合わせだとは思ったが」
「そう感じる?」
「うん。そろそろ時間かな、俺も行くよ」
それを話してから祖父と共に実家へと戻ったのだった。
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