第3話 帰省と自分の時間

 リリベットがアリ=ダンドワ駅に到着したのは午後六時半を過ぎた時間帯。

 夕暮れになっていても徐々に伸びていく日没時間を感じていたが、まだそれでも日は落ちているので街灯に街が照らされている。


 リリベットはトランクを片手にお土産は買わない方が良いかなと考えていた。

 しかし、駅の改札を抜けてからの大通りは大祝祭のためか多くの人で賑わいを見せている。


 きょうだいたちと待ち合わせに使っている喫茶店に入ると、リリベットを見つけて手を振る姿を見せていた。


「あ、リリー」

「ジェス。久しぶりね、ロッティも背が伸びたんじゃない?」

「もちろん、少しだけね」


 ここに待ち合わせをしていたのは一つずつ離れている弟と妹だった。

 一つ下の弟のジェシーは八月に十八歳になる青年だ。

 現在は王立第三学院四年生で薬師養成課程に在籍している。

 短く整えられたダークブラウンの髪に切れ長の琥珀色の瞳を持つ彼は母親似の顔立ちをしている。


 その一つ下、リリベットの二つ下の妹のシャーロットは十二月に十七歳になる。

 この三人のなかで唯一亜麻あま色にエメラルドの瞳を持った美少女になっているのを見て思わず心配してしまう。


 服飾専門学院で服飾の専門的な技術などを二年勉強し、リリベットと同じ今年の二月に学院を卒業して働いている。

 職業は婦人服仕立店ドレスメーカーを営む従伯母いとこおばのコーデリアのもとでデザイナーを目指している。

 服も買ってきて自分で改造をしていたりするので唯一無二の服を作り出している。


 三人は年がとても近いので幼い頃から呼び捨てが当たり前で関係性はほぼ同い年のような感じだ。


「あ、ロッティ話してたもの揃えてる?」

「うん。今日受け取りに行ってきたよ。父さんたちに渡す贈り物でしょ」

「ありがとう~~、うちテレーズにいるからお金だけは払ってたけど、任せてよかった」

「あと花束はジェスに頼んであるよ」

「うん。これで結婚記念日の贈り物はできたね!」


 それを聞きながら全員で結婚記念日に渡すものを確認して家に帰ることにしたのだ。


 リリベットたちの実家は王立第一学院から徒歩十五分ほどの場所にある東区の住宅街だ。

 ここは昔から戸建て住宅が多く、だいたい近所の人だと知り合いである付き合いの濃い場所でもある。


「ただいま!」

「あら、リリー。遅かったわね、混んでた?」


 母は嬉しそうに微笑んで出迎えて娘を優しく抱きしめたのだ。

 癖のない黒髪に琥珀こはく色の瞳を持つ彼女は今年四十三歳を迎えるのにとても若々しく見える。


「ただいま」

「あ、父さん。おかえりなさい!」

「リリーも帰っていたのか。おかえり、元気そうだな」


 どうやら仕事が遅く終わったのか父が少し疲れを見せながら帰宅してきた。

 ジェシーは荷物を持って先に仕事部屋に置いてくると言っていたので、先に父の書斎に置いてくるみたいだ。


 シャーロットと共にダイニングテーブルの自席に着くと、父が嬉しそうに微笑んでいるのが見えた。


「父さんは仕事が立て込んでたの?」

「いや、往診から帰ってきたら急患が来てね、その処置でかなり時間を割いたね」

「仕方ないよ。外科を専門医術院なんてそんなにないんだから」

「そうだな」


 父の職場は外科と地域医療を中心としている珍しい医術院だ。

 ときどき急患が来たときには手伝いとして補助をしたりしている。

 父が担当しているのは地域医療が中心だ。

 高齢者や医術院に入院はせず、できるだけ生活の中で利用する患者を診ているのだ。


「父さん。荷物いつもの位置に置いてあるから」

「ありがとう。最近は体の衰えがしんどくてね」

「もう六十近いんだから無理は禁物だよ? いつ倒れてもおかしくない勤務時間なんだから」

「はい。ヴィクター、ご飯食べるよ」


 家族全員が揃ってから夕食を食べ始めたのだ。

 今日は家族が好きな料理が多く、久々の母の味をかみしめているような表情をしている。


「おいしい……母さんのご飯。レシピ教えてほしい」

「良いよ。暇になってきたらね」

「わかった。ジェス、ロッティ、明日の奉納される催しに行かない?」

「ごめん、リリー。明日の午前中は先約があるから」

「俺もパス、夕食会までに戻るけどな」

「あ、そうだね。食事会があるものね」

 そして、それぞれ夕食を終えてから自分の部屋で寝ることにしたのだ。



 翌朝、リリベットは庭の隣にある車庫兼作業場で工具を取り出して作業を始めていた。


 服装も汚れても構わないグレーのつなぎに一つにくくった髪で作業をしている。

 彼女作業をしているのは十六歳で自動二輪車の免許を取得してから、整備士として長期休暇のときにアルバイトをして購入したものだ。


「よし、点検できたけど。一応、見てもらうか」


 整備士の資格を持っているがアルバイトをしていた作業場で点検をお願いして不備を探してもらう。

 なぜか祝日なのに整備場を開けているのが見えて、同じようなことをしているみたいだ。


 店主は久しぶりに見た彼女を見て軽く手を振っているのが見え、笑顔で煙草をふかしているのが見える。

 十五歳から自動車と自動二輪車の整備について詳しく教えてくれた男性だ。


「おう、リリベット。元気そうで何よりだ」

「店主さん。これ、点検したんだけど、見てほしい」

「わかりましたよ。すぐにやろうか」


 自動二輪車のボディは彼女の好みであるネイビーに塗装されているものだ。

 エンジンやギアの動作などが変化はないかなどの点検をしてもらう。


「うん。最近長距離移動した?」

「父方の親戚のいるキングスガーデンと、一人で旅行でエリシオン高原まで」

「それなら問題ないな。かなり酷使されてそうだけど、さっき点検したんだろ?」

「うん。燃料も入れてきたばかりだから、お代はこれで良いの?」

「ありがとう。また来てね」

「はい。これもテレーズに置いてくるからしばしお別れかな」

「そうか。気をつけてな」

「はい」


 そう言いながらリリベットは自動二輪車を押して家に戻ると、両親もどうやら外出しているのか静かになっている。

 暇になったのでつなぎから着替えて久しぶりに散歩をすることにした。


 エリンの王都でも新しい店が軒を連ねているところが多いが、彼女が行くのはいつも決まって西区のはずれにある店だ。

 書店なのだが古書を中心としている店でかなり安価で掘り出し物が買える店ということで知られている。


「こんにちは」

「おや、いらっしゃい。すまないが、今日は店は閉じてるんだ」

「残念だな。また夏季休暇に来ます」

「うん」


 だいたいの店が祝日のため、開けていないようだ。

 そのままリリベットは若者が多い東区の店に行こうと走り出した。

 東区には多くの教育機関が多く、学生街と呼ばれているようにとても賑やかな場所だ。


 そこから夕方までを散歩しながら過ごしていた。

 今日の夕食はいつも家族の人生の節目ごとに通っているレストランだ。


 今回はプレゼントの品物を選び、それをリリベットとジェシー、シャーロットで割り勘したのだ。

 そして、レストランは主にリリベットとシャーロットが予約について話し合っていた。


 ジェシーは花束を自分で選んできたのでそこは普通にセンスがいいので任せている。

 贈り物に選んだのはアズマのヒガシウミで作られている切子細工のグラスだ。

 深い青のグラスの入っている丁寧に包装されている箱を手渡したのだ。


「ありがとう。三人とも、うれしいよ」

「本当にありがとう」


 両親は対になるグラスを見てとても驚いていたが、嬉しそうに三人へ笑顔を見せた。

 リリベットは三日を実家で過ごし、自動二輪車に荷物を載せて自宅へと戻ることにしたのだ。


「それじゃあ、またね」

「いってらっしゃい。今度は夏休みに」

「うん。気を付けてね」


 そう言ってパンツスタイルの彼女はヘルメットをかぶり、エンジンをかけて乗り始めた。

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