第6話 研究員たちと情報交換

 十九歳の誕生日を向かたばかりのリリベットは研究棟五階にある会議室にいた。


 理由としては就職して五年以内の各分野の研究員たちと交流する場が設けられていたのだ。

 今日はエリンの王立第一学院の若手研究員たちも来るということもあり、異分野かつ同世代の研究員たちで話すことは貴重な場になる。

 もともと研究職に進む学生も少ないので若手のうちから他分野との連携を取れるようにするためらしい。


 持ち物には各々軽食と飲み物を持ってくることを決められていて、昼食から多めの菓子などが置かれてあるのがわかる。

 毎回長丁場になることが恒例になってきているらしく、夕食などは外部の飲食店に出前で頼むことができる。


 魔法研究所からはアウローラとリリベット、そして彼女の同期であるベルナールがこちらに来ていた。

 かなり急いでいるのか仕事着のままやってきていたのだ。


「アンダーソン。久しぶり」

「うん。元気そうで何よりね、考古学の研究所にいると会わないもんだね」

「そうだなぁ。俺は魔法国家について知りたいからマギーア・アド・オリエンタムの詳細とか」


 同期のベルナールは魔法工学技師と上位魔法導師を取得してから研究所でもその手腕を発揮しているのだ。

 同時に考古学の分野で考古学研究所に在籍していたこともあり、卒業後に研究を同時に籍を置くという異例の配属になっている。


 学生時代にある程度の遺跡発掘にも携わることを希望していたこともあり、その両立をしているためか研究所でなかなか会える人物ではなかった。


「アンダーソンは魔法導師の資格取ってるんだろ?」

「うん。上位魔法導師ね。今度妹が市民講座で挑戦するみたいだから」

「そうなの? 中位魔法導師の資格持っているのね」

「マジ? 妹何者なの、てか弟も取得してなかった?」

「三年のときに取得してる。両親ともにその資格持っているし」

「すごいな。魔力が大きいのか、もともとの家系が」

「平均ちょっと大きいくらいだけどね。扱いが上手いみたいで」


 そう言いながら待っているときに他の分野の研究員たちがこちらへやってきていた。

 そのなかには顔を知っている人もいて、会釈をしたりして色んな表情をしているのだ。


 リリベットは先に配布されている資料を読み始めていた。


 最近、ジュネット南部のブランシュ地方で発見された古い魔法具と思しきものについて。さらに大陸に存在している古代の魔法国家についての議論についてだ。


 今回は考古学や民俗学、物理学や生物学、魔法工学などの研究員たちが集まっているのだ。

 集められたのは十五人ほどの若手研究員たちはそれぞれの分野の知識を共有するためのものだ。


「それでは本日の議題は『魔法国家とは何なのか』ですね。魔法具と思しき発見があったのだが、これについてのお話を考古学研究の一人から」

「はい。それでは魔法国家には三つあったとされています。まず西にあったマギーア・アブ・オクシデントと呼ばれる大陸西部のローマン帝国を中心とした国、もう一つマギーア・アド・オリエンタム、これは現在のエリン=ジュネット王国やシュミット王国から西はメリュー共和国までの範囲と巨大になっています。さらに北側諸国を中心としたマギーア・センプテントリアニズの以下の三つです。この三つの魔法国家間での交流がありながら、独自の文化を発展させていったことが見受けられます」


 そのときにリリベットは手を挙げて自分が考えていることを話し始めた。


「魔法具が似たものが発見されていることもあって、もともとは地域同士の交流はあったのでしょうか? また他の種族との交流も盛んに行われていたという記録も残されていますが、この視点からはどのようになっていますか?」

「それはわたしが」


 その言葉を聞いて手を挙げたのは猫の耳を持つ女性で強大な魔力を持つ考古学研究員だ。


「他の種族、わたしの出身である獣人と精霊、エルフなどの交流が盛んに行われていたのは西のマギーア・アブ・オクシデントと言われていますが、古代から現代までの獣人の種族別に分類されていることは主にメリーディーエス海沿いに多く、このあたりまでは獣人たちと同じ住民として暮らしていたことが明らかになっています。さらにマギーア・アド・オリエンタムの北部であるシュミット王国にも鷹族や鷲族などがいることもあり、獣人としては多くの交流があったと思われています。精霊は自然や聖域に多かったので、この辺も同様に周辺の現地住民たちとの共生があったと思われています」

「ありがとうございます。他に質問や意見がある人」


 そのときにベルナールが手を挙げて地図を見ながら語り出した。


「もともとの魔法国家同士に繋がりが濃く、もし国境というものがないことがあったとすればどうでしょうか」


 その言葉を聞いてどよめきが起きている。


 遺跡から新しく発見された魔法具はどの国家にでも存在し、ショーン大陸での魔法詠唱が統一されていることを考えると筋は通っていると思われている。


「この魔法具、帝国で見たことがあります。繋がりが途絶えていないのであれば、魔法具を各地で工房があったことになるな」

「それにしても、まだ物的証拠が少ないな」

「国境という概念っていつからできましたっけ?」

「そこの概念ができていない。古代国家はほとんどが山脈や川などの自然的な境界を使う」

「国が興った約三千年前になるんじゃないか? それぞれの現地人たちの国をつくることになっていると思いますし」

「それにしても魔法具の統一性が確かであれば歴史的なものだよ」

「物理学はどうだ?」

「魔法国家間の学問のなかで物理学が誕生していたのはシュミット周辺、おそらく鷹族と鷲族がいたことで重力などを知っていたのかもしれない。空を飛ぶときにはその理について知っていたのかもしれない」

「民俗学的にも興味深くて、民間伝承のなかに半神伝説があるじゃないですか。物語の構成があちこちの国で同じ伝承が見つかっていて、子孫と言われている一族の姓にも共通した語感があるんです」



 それ以外にもそれを軸とした議論が続き、気が付くと窓の向こうは暗くなっている。

 持ってきていた食べ物もある程度減ってきたのを見ながら、楽しそうに議論を深めていくのに時間が終わっていた。


 時計を見ると午後八時半に近い、かなり白熱した議論が行われていたということになる。


「今日はここまでにしよう」

「はい。そうしましょう」

「ありがとうございました」


 研究棟の会議室から出てからアウローラとベルナールと共に家路につくときに、懐かしそうな顔をしているのが多い。


「面白かったなぁ」

「いやあ。ベルナールの仮設、あれは壮大だね」

「あれの魔法国家が一つの国だったら、すごいわね」

「世界の国が全て同じ源流があるとするならばな。まだ考古学的に深く知りたいことが山積みでね、これからメリュー共和国とフェーヴ王国、リュミエール公国に行くんだ。三つの国境地域で遺跡が見つかってね。魔法具と考古学を調べに」

「行ってらっしゃい。リリベットは出張とかは」

「まだだね。どういう方向性に行こうか迷っているの。医術院で患者の治療を行うための魔法具とか」

「ああ、確か家族に医療関係者がいるんだよね」

「そうだよ。父が医術師で一つ下の弟が薬師の養成課程にいる学生」


 そのときに弟がもうすぐ誕生日であることを思い出したので、早めの誕生日プレゼントを上げようと考えた。


「それじゃあ、今日は良い議論ができたよ」

「また来週」


 家路につくときに自分のつけているピアスに通信が入った。

 そのときに流れてきた音を察すると二つ下の妹からだ。


「もしもし、ロッティじゃない」

「あ、リリー今度ジェスの誕生日でしょ」

「そうだね。プレゼントは用意しているからね」

「ありがとう。学院に直?」

「そうなるね。学生寮の住所は変わってないみたいだし」


 そのことを聞きながらリリベットは帰宅して寝ることにした。

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