第5話 研究員と後輩
四月の半ばを過ぎる頃には学院の授業も落ち着いてきた頃だ。
リリベットの勤める魔法研究所では学院で学んでいる学生がこちらに来ることもある。
「今日は研究所で行われている魔法具の改良についてですが」
ときどき個人の研究室のなかで授業を教えていたりする声が聞こえてくることもある。
魔法科目で学院の課程を終えた学生のなかで授業中に研究室で共同研究をしたりすることができる。
それにリリベットも去年まで行っていたので、懐かしそうに後輩である学生たちを見つめていた。
「あ、ルセール先生。課題提出しに来ました」
「ああ、これね。ありがとう。それじゃあ、また授業でね」
「はい」
ジル・ルセールは淡い茶髪に紺碧の瞳を持つ男性だ。
本当の名はジルベール・リオン・アンリ=ルセール、アンリ=ルセール公爵家嫡男でアンセルム伯爵と名乗っている貴族だ。
しかし、彼は偽名で研究所にいるのだが次期公爵であることも全く気にしていないようだ。
「ルセール先生。ありがとうございました」
そして課題を見て採点をして翌日にでも返却できるように考えているようだ。
そのときに魔法書を一通り読み終えてから再びルセールに声を掛けた。
「ルセールさんって先生だったんですね」
「え、ああ。非常勤講師だけどね、まさか君も教え子だって言おうとしているんじゃないか?」
「わたしはルゼ先生に教わっていたので。エレーヌ・ルゼ先生です」
「ああ。トマ・ルゼ先生のお孫さんね。俺もかつてはおじい様に教わっていたんだ」
「え⁉ そうなんですか?」
「晩年だけね。俺が最終学年だった冬にお亡くなりになられたけれど」
トマ・ルゼというのは稀代の魔法導師の一人で、伝説の人物であるカミーユ・ルゼの子孫の一人だ。
その孫でリリベットの恩師であるエレーヌも祖父に似て魔法の才能が強く発揮されているのだ。
「一度だけでもトマ・ルゼ先生にお会いしたかったです」
「君だって一般の学生にしては魔力が大きいよね」
「両親ともに魔力が大きいので普通に遺伝です。母方の祖母がアズマ人なので」
「そうだ。魔力を持つという不思議な国ですね」
「そうですか? 身近な国ですね」
それを聞いてからルセールはすぐに個人の研究室へ向かった。
すると午後四時過ぎになると授業を終えた学生たちが先輩が所属している研究室に遊びに来ることがある。
「リリベット先輩」
「あ、みんな。久しぶりね」
同じ学生寮に暮らしていた仲間たちがこちらへやってきたのだ。
年齢はリリベットよりも年下なのか、体の成長に合わせて新しく誂えられた制服がまぶしい。
アウローラも同じ寮で過ごしていたが、卒業後に入ってきた学生なのでほぼ初対面だ。
「あ、あの人がヴェルテオーザ公爵令嬢の」
「アウローラ・ヴェルテオーザと言います。よろしくね」
彼女は微笑んで後輩たちに自己紹介をして、驚いているのが見えて嬉しそうにしている。
そのなかで学生寮の寮長をしている学生が笑顔で話し始めていた。
寮長は代々卒業する学年の学年が行うことになっているが、年齢によって学年が異なることがあるのだ。
アウローラが卒業した代は五年生が、リリベットの代は自分が七年生のときに行われていたのだ。
「先輩。あのリボンありがとうございました。とてもうれしくていまもつけています」
「ああ、卒業式で制服のリボンをあげたんだね」
テレーズ学院には卒業式にリボンを手渡すことが慣習としている。
もちろんこれは手渡す相手によって意味が変わり、それを手にした者は舞い上がってしまう場合もあるのだ。
同性の場合は親愛の証として、異性の場合は愛する人の意味だ。
「あれ? それってわたしがあげたリボンを?」
「ううん。アウローラがつけていたのは大事に家に保管してある」
「ありがとう。うれしい」
リリベットは自分が担当しているレポートを書くためにタイプライターを出している。
タイプライターで義手を装着している女性との会話で出てきた改善点や良いと思っている点を打ち込んでいく。
彼女自身はタイプライターを扱うことは慣れていて、実家でもときどきタイプライターの音が響いていることがあったのを思い出した。
それは両親が仕事で事務的な作業をしているときに使用していたときだ。
そのときにリリベットは幼い頃にときどき遊び感覚でタイプライターを触らせてもらっていた。
もちろん自らの名前や弟と妹の名前を打つことをしたりすることが多かったようだ。
それを聞いてから思い出したのか書類に目を通しながら話し始めた。
「そうだ、この前までエリン研究室に出張してたじゃない? 驚いたことがあるの」
「そうなの?」
「エリンの王立学院って満十歳から入れるのね。驚いちゃったよ」
「そうだね。ジュネットが昔の成人年齢が低かったからね。十六歳だっけ」
「そう、それよ。てっきり十八なのかと思った」
エリン=ジュネット王国では義務教育が満七歳から四年間だ。その間に簡単な計算や魔法、読み書き、地理歴史を教わるのだ。
子どもの頃から魔法に扱えることは護身術の一部として学んでいるのだ。
しかし、
そこを卒業すれば未成年ではあるが平民の場合は、一人前として働きに出ることができるのだ。
それ以降に学びたいという気持ちがあるなら、高等教育に場である学院へ行くことになる。
リリベット自身も初等学校を卒業した翌年にテレーズ学院へ入学しているので、魔法について詳しく勉強をしたいということを決めたのはその時期だ。
ちなみに王立テレーズ学院は入学時の最低年齢が満十二歳と決められているが、他の学院はそれぞれ満十歳となっている。
創立時は成人年齢が低かったため、入学時の年齢が自然と低くなったらしい。
そのなかで母校であるテレーズ学院は創立した際に貴族の子弟のために作られたと言われるので、社交界へ出る前の教養などを学ぶための教育期間だったこともあるので年齢が高いのだと言われているのだ。
そのときに入学したときに出会ったときのことを思い出していた。
二枚目の用紙を打ち込み始めたときに疑問に思ったことを問いかけた。
「アウローラは留学してたんでしょ? 一年生から入学するのは異例じゃなかったの?」
「ああ、そこは希望して一年生から入学してね、もともと初等教育は貴族令嬢としての教養でほとんど基礎からだったから」
「そうだよね。一緒に教わってたもん」
懐かしそうな話をしている間にそろそろ帰宅するようにと守衛の職員に言われ、お互いに自宅へ戻ることにした。
建物を出ると春の暖かい風が吹いているのがわかる。
「春らしいね。そろそろ誕生日じゃない? お祝いするわ」
「ありがとう。来週、二十日だよ」
「もう十九歳になるから去年のお祝いでもらったワインも開ける?」
「ああ、それは飲みたいね。あと料理は任せて」
「久しぶりに食べたいな。楽しみにしているよ」
自分の十九歳の誕生日をお祝いされることを楽しみに自宅へと歩いて行った。
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