大兵肥満

三鹿ショート

大兵肥満

 私はそれほど健啖家ではなく、私以外の家族の方が食欲旺盛である。

 だが、私以外の家族は全員痩身であるにも関わらず、私だけが太っていた。

 体型のことで他者から揶揄されることが多かったために、ある日、私は涙を流しながら、家族に向かって、自分は血が繋がっていないのだと告げた。

 そのような言葉を吐いた私に対して、家族が怒りを露わにすることはなく、私を抱きしめると、

「何時の日か、他者があなたの魅力に気が付く日が来るでしょう。そして、あなたがそのような人間のことを大事にすれば、あなたたちは支え合うことができるようになり、やがて人生における愉しみを見出すことができるようになるのではないでしょうか」

 全てを包み込むような声色を聞いて、私は首肯を返した。

 考えてみれば、家族が私の体型について言及したことは一度も無かったために、家族なりに気を遣ってくれていたのかもしれない。

 ゆえに、私は家族のことを大事にしようと決めた。

 その影響か、反抗期などといったものが私に訪れることはなかった。


***


 進学先で出会った彼女は、やたらと私に接触していた。

 相変わらずの体型である私に対して、異性は漏れなく距離をおいていたのだが、彼女だけは異なっていた。

 登下校の際には必ず声をかけてくれ、週に一度は昼食を共にし、私の誕生日を祝ってくれることもあった。

 そのためか、同性の友人たちは彼女と私の関係を羨ましがっていた。

 彼女のような人間とは出会ったことがないために、私は困惑の日々を過ごしていたのだが、言われてみれば、これまでの言動から、彼女が私に対して、特別な感情を抱いていたとしても、不思議ではない。

 そのことに気が付いてからは、彼女との時間を愉しむようになった。


***


 教室に忘れ物を取りに行こうとしたところで、内部から女子生徒たちの会話が聞こえてきた。

 邪魔をしてはさらに嫌われることとなってしまうために、その場から離れようとした。

 しかし、女子生徒が私の名前を口にしたために、私は思わず、足を止めてしまった。

 好かれているわけではないことは理解しているが、それでも、他者がどのように私のことを考えているのかが気になってしまうものである。

 耳をそばだてていると、女子生徒たちの中に彼女が存在していることに気が付いた。

 そして、私は、彼女の口から聞きたくはなかった言葉を聞いてしまった。

 それは、彼女が私に対して接触している理由だった。

 異性が関わろうとしない私に対して優しくしているのは、私の兄に近付くためだったらしい。

 自分だけが味方であるのならば、そのことを喜んだ私が彼女のことを兄に話すことで、彼女が私の兄に好印象を抱かれるということを期待したための行動だったのだ。

 何かの冗談ではないかと思ったが、たとえ冗談だったとしても、そのような言葉が彼女の口から発せられたということが問題である。

 気が付けば、私は自分の部屋で膝を抱えていた。

 どのようにして帰宅したのかは、憶えていない。

 だが、たとえあの場で暴力を振るっていたとしても、大きな問題ではないだろう。

 何故なら、私は二度と、学校に行くことはないと決めたからだ。


***


 久方ぶりに私の姿を目にした家族は、驚いたような表情を浮かべた。

 促されるままに鏡を見てみると、其処には見たこともない人間が存在していた。

 どうやら、しばらく食事を口にしていなかったことが理由で、私は痩せたらしい。

 その姿は、彼女が惚れている私の兄と遜色が無いほどのものだった。

 ゆえに、私は良いことを考えた。


***


 私の姿を見て、学校の人間たちは漏れなく驚いていた。

 同性の友人たちの私に対する態度に大きな変化は無かったものの、女子生徒たちは、明らかに媚びを売るようになっていた。

 これまでの自分の言動を忘れているようだが、良い気分であることに変わりはない。

 私は女子生徒たちに笑顔を向けるが、彼女に限っては、無視を決め込んだ。

 何故、そのような態度を示されるのか、どうやら理解していないらしく、彼女は困惑の表情を浮かべるばかりだった。

 その表情を見る度に、私は口元が緩んだ。

 優位に立つことができる人間とは、これほどまでに良い気分と化すことができるのかと、私は毎日のように、笑いが止まらなかった。

 しかし、それで終わるほど、私は甘い人間ではない。

 彼女が自分のことを唯一の味方だと思わせながら私のことを利用していたのならば、その報復に及んだとしても、責められるいわれはないのだ。

 私は、彼女の友人の一人と深い関係を築くと、彼女の秘密を聞き出しては、それを素行の悪い人間たちに伝え、好きなようにすると良いと告げた。

 やがて、彼女が学校に姿を現すことはなくなったのだが、罪悪感は無い。

 虐げられていた人間の気持ちを理解するということは、人間として成長することができるということだからだ。

 数年後、露出の多い格好で道を行く男性たちに声をかけている彼女の姿を目にしたが、私は声をかけることもなく、その場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大兵肥満 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ