第6話 Be fulfilled


 集落に着いて十日が経った。

 やることは毎日変わらない。朝起きて水を汲み、飯を作り働きに出る。昼に戻り飯を作りまた働く。そうして夜になる。

 馬鹿らしいなんて考える暇が無い程に、陽光が眩しい。逃げ出そうと小屋を出ると、星が眩しい。

 変わったことといえば……こうして屋根に登り星を眺めて眠ることが嗜好になったことだ。


「アルフさん、居ますか?」

「いや……居ないよ」

「…………居るじゃないですか」


 マクシルが梯子を使いゆっくりと登ってくる。見えていないのだから、手探りで梯子を探したのだろう。


「こんな所で何をされているんですか?」

「……落ちても助けないからな」

「きゃっ!!!?」


 苔だらけの屋根。当然滑り落ちるだろうと思っていたが……咄嗟に手を伸ばしてしまい、落ちていくマクシルを掴んでしまった。


「……アンタ、少し重くなったな」

「自分では分かりませんが……その……」

「何よ?」

「配膳されたものは完食しなければ失礼かと」

「私のせいだって言うのか!!?」


 この年頃の子がどれくらいの量を食べるかなんて分からなかった。ただ……いつもナタレインは私が残した分の料理も食べていたので、そういうものかと思っていたが……


「言いたくないけどさ、アンタ目が見えないんだから口でハッキリ喋ってくれないと分からないんだけど」

「アルフさんが毎食苦労して調理をしてくれるので……言える雰囲気ではありません」

「なっ……」 


 馬鹿らしい。夜が明ける前にコイツを置いてここから立ち去ろう。そもそも、私は何故こんなことをしているのだろうか。

 そのまま滑り落ちればいいと思い握った手を離そうとした。


「ですが……もう一つ理由が…………」

「何? ハッキリ言いなよ」

「……お料理が美味しいんです。いつもありがとうございます」

 

 握り直す手。星に反射して、レインの指輪が光っていた。本当に……馬鹿らしい。

 滑り止めに使っていた干草の上にマクシルを置き……何故か私は苔の上に座っている。


「こちらで何をされてたんですか?」

「……空を飛ぶ練習をしてた」

「空を……凄い……いったいどのような方法で?」

「…………アンタさ、少しは疑ったら?」

「何故です?」

「ハァ……欺かなきゃ生きていけないと教えただろう? ここの集落の人間も、道先で出会う商人も……人は簡単に──」

「ですが、アルフさんは私の傍にいてくれています。私を売れば少しは対価を貰える筈です。ですから、それが答えです。それで……どのように空を飛ぶんですか?」

「…………星に願ってた。ただそれだけだよ」  

 

 逃げようとしても……屋根から落ちないよう腕の中で眠るマクシルがしがみつき逃げられない。面倒なのでそのまま抱きかかえて小屋の中へ入った。

 朝食の準備をしていると……昨夜の言葉を思い出す。


 “お料理が美味しいんです”


 ……馬鹿らしい。私はただ、ナタレインの母親だったリーシャの真似をして作っているだけだ。

 焼いた魚と香りの強い野菜を煮込み……出来た汁で米を煮る。野菜は水気を切り細かくし塩を揉み付け合わせにする。ナタレインはこれを米の上にかけて美味そうに食べていた。

 魚は骨まで食べられる程に火で炙る。

 出来た朝食を机の上に置き、骨を一つまみして夜が明ける頃仕事へ向かった。


 集落の麓には大きな湖があり、その湖を挟んだ奥には隣国へ通じる小さな道がある。その先の国境沿いの町で取引を行う。貨幣でもいいのだが、現状は生きていくために必要な物を交換している。

 最近は少し冷えてきたので、相当な山奥までいかなければ獣が出てこない。仕方なく湖へ潜り銛で漁をする。高齢者ばかりの集落は私以外漁をする者が居ない。余分に魚を捕り、集落の住人にも数匹渡す。少しでもいい顔をしておけば役に立つだろう。

 町では魚と引き換えに塩と香草、それから布を数枚。少し遅くなってしまったが昼飯を作りに小屋へ戻ると……黒い煙が上がっていた。降ってもいない雨を思い出す。全てを奪っていったあの雨を。

 持っていた物を投げ出して走った。煙の出所も確認せず……本当に馬鹿らしいと後に思った。


「マクシル!!!!」

「ひゃっ!? ご、ごめんなさい…………」


 扉を蹴り飛ばし小屋へ入ると……竈の前で狼狽えるマクシルと、燻られ煙だらけになった室内。全てを理解して……大きな溜息を吐く。


「説明してくれる?」

「その……私も今朝の粥なら温められるかと思い火を炊こうとしたのですが……この有り様でして……」

「……理由は? 腹減ったなら待ってなよ」

「昼食の為だけにアルフさんが戻られるのは手間かと……」


 散らかり様を見るに……コイツなりに努力しようとしたのだろう。どうやって火を熾したかは分からないが……ここで責めるのは違うのかもしれない。随分と己が丸くなったと思い、鼻で笑ってしまう。


「火は扱うな、洒落にならない。ただ自分でやろうとした事は悪くはない。一つずつやれる事を見つけて…………なんで笑ってんの?」

「嬉しいからです。昼食にしましょうか」

「……そうだな。よく食べる住人が居るから追加で作らないとだからな」

「わ、私そんなに食べますか?!」


 ソリオスの連中やサーシャの気持ちが、少し理解出来た。腹一杯にさせる……その意味が。


【あらアルフ、良い顔してきたじゃない】

【サーシャ……この顔のどこがだ? 街の連中に食べきれない程飯を食わされて辟易してるんだけど】

【ふふっ。何かを満たすには、まずお腹から。お腹が満たされれば……こちょこちょこちょっ】

【な、なんで脇腹をハッハッハ止めろサーシャハッハッハ】

【ね? お腹が満たされれば笑える元気も出てくるの。今のアルフ、とっても良い顔してる】

【無茶苦茶だな……】


 確かに……私もマクシルも、その良い顔とやらをしているのかもしれない。

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ALF-RAIN @pu8

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