第5話 Memorial


 街道を伝い目を晦ます様に林道へと入っていく。愚痴一つ言わずついてくるマクシルだが、休み無く歩き続けている為肩で息をし足元がふらついてきた。

 件の集落へ今日中には到着したい。担ぐ他なさそうだ。


「暗くなると厄介だ。担ぐから背中に乗って」

「……いえ、私の足で行かせてください。走れますから」


 少々頑固な所が多いが……責任感が強いからだろう。例え目が見えなくとも、己のことは成る可く己で解決したいのか。

 まぁ……それは別として──


「無理だな。この狭い道に新しい足跡が幾つもある。この形は兵士の跡じゃなさそうだ。ってことは一つ……野伏が近くにいる可能性が高い。集落も最適解じゃないかもな」

「野伏……対話出来る相手ではないのでしょうか?」


 あんな目にあったのに、コイツはまだ何か諦められないらしい。追い求めた理想の先にあるものなんて、実にくだらない結末しか無い。

 そう……こうして周囲を野伏に囲まれているように。


「全部置いてきな。その隣の餓鬼も置いていけ」

「……出来ればそうしたいんだけどね」


 十人はいるだろうか……このまま集落に逃げ込んでも意味は無さそうだな。かと言って、街道を抜けて大きな街へ行けば兵に見つかるだろう。

 最適解は一つ、野伏をここで全員殺して集落へ向かう。

 指輪が木漏れ日の陽光を反射し、頭らしき野伏の目を眩ませた。もう何かを奪うつもりなんて無かったが……これ以上コイツから奪うなら致し方無いだろう。


「ぶつかったら何かに掴まってな」

「えっ? あ、あの──」


 空高くマクシルを投げ飛ばし、藪へ引っ掛けさせる。持っていた短剣を正面へ投げ、目を眩ませていた野伏の脳天に突き刺す。

 腕力では敵わないだろう。ただ、人を殺すのに力なんて必要無い。二十七もこのくだらない世を生きてきた術、身の熟し。最小の動きで避け、急所を狙う。

 足首を切り落とした最後の野伏にとどめを刺し……奪い合いに勝利する。まぁなんとも……いい気分ではないな。

 マクシルは終わりを察したのか、木を伝い上手く地上へ降りてきた。この雰囲気は……面倒な感じだな。


「……殺めたのですか?」

「じゃなきゃ殺されてたからな」

「私を置いていけば……助かった命なのでは……?」


 複雑な……怒り先行の入り乱れた感情。

 私も初めはこんな感じだったのだろうか。


「アンタが居なくなったら私一人なんだけど、それはいいの?」


 我ながら狡い人間だと鼻で笑ってしまう。他人の感情を利用し……思ってもないことを。

 こんなおべっかも、ナタレインなら喜んで尻尾を振ってくれたのだろう。


「……ではアルフさんはご自身の為にしたのですか?」

「まぁそれも一つだね」

「……他に何があるんですか?」

「アンタを守りたかった。それだけ」

「…………埋葬は出来ますか?」

「十人いる。無理だ」


 納得していないマクシルに野花を十輪渡すと、跪き祈るように花を地面に添えていた。

 この先何本の花が必要になるのか考えてしまい、鼻で笑いながら指輪に付いた血を拭った。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 宣言通り、手を引かれながら走るマクシル。

 履き慣れていない靴、踵からは血が滲んでいる。お陰様、日が落ちる既の所で集落へ辿り着いた。

 畑仕事から戻る農夫に一声掛けると、空き家を使うことを快諾していた。軍の息が掛かった様子も無いので、単にこの集落に人が欲しいだけなのだろう。

 中央から一番離れた空き家へ向かう。以前来た時と同様に、相変わらず苔だらけだ。


「とても親切な方でしたね」

「まぁ……暫くこの場にいても問題ないだろう」


 小屋の中は外見程汚れてはいなかった。

 火を強く灯し、湿気た室内を乾かしていく。

 小屋横にある井戸から水を汲み、布巾でマクシルを拭く。


「……滲みる?」

「いえ、大丈夫です……その……申し訳なくて」

「そうやってしおらしくしてる方が似合ってるよ。飯作るからあとは自分で拭いて」 


 先の農夫から貰った魚と野菜、それから刻んだ干し肉煮込み、香草を入れる。部屋の隅で鳴る腹の音に、つい笑ってしまった。

 木の器に鍋の中身を入れ、商人から買った塩を振る。その香りの違いに、マクシルは気付いていた。


「あ、あの……節制した方がいいのでは……」

「今日はここに初めて来た……記念日ってやつだ。私はそんな文化無かったけど……ソリオスの連中はなにかと言うと記念日って騒いで、こうやって馳走をくれたんだ。まぁ……これが馳走かは分かんないけど」

   

 涙を流しながら頬張るマクシル。 

 ソリオスは失くなったが……ここにアンタ達がくれた大切なものは残ってるんじゃない?


「とっても……とっても美味しいです」

「そうか。沢山食べな」


 木の器が一つしか無いことを察していたマクシルは、笑いながらそれを私へ手渡してきた。

 城から連れ出して初めて見る……良い顔だ。


「アルフさんも一緒に、ですよ?」

「……そうだな、いただくよ」

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ALF-RAIN @pu8

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