第4話 Reason
服は乾き人の気配が消えた明方、集落を目指し静かに出発する。私の素性は知られていない筈だが、彼女の情報は既に広範囲に知れ渡っているだろう。
特にひと目見て分かるその風貌、盲目。
目立たない様な服装に着替えさせ誤魔化すしかない。
峠を目指す街道、運良く大掛かりな荷車を展開し露店の準備をし始めている商人を見つけた。
マクシルの手を二回、間をおいて三回握る。それは複数決めた合図の一つであり……対人用、警戒しなくてもいい相手。
繋ぐ手の力がほんの少し緩み……彼女は安堵しているのだろう。
「準備中悪いね、私はマーグ。隣は妹のターニャだ。東のレイポスに向かう道中なんだけど、賊に物資を奪われてしまったんだ。服と干し肉を買う位の貨幣は持っているんだけど、売ってくれる?」
偽名に微動だにしないマクシル。どうやら思った以上に胆力があるらしい。
適当に見繕い、巾着から少し多めに貨幣を渡しその場を後にした。一先ず林道に逸れて腹拵えの準備をする。
「あ、あの……警戒しなくてもよかったんですよね? どうして偽名を?」
「間違いなく私達がいた情報は売られる。東に行くと言ったが、峠を迎える前に私達は西へ行く。欺かなければ……この世界では生きていけない。アンタがいた国とは違うんだ。これに着替えて」
先の露店、服を見繕っている最中に奥底から数枚別の服と帽子を隠し取って来た。貨幣は多めに渡したのだから、盗みにはなっていないだろう。
誰に対して言い訳を考えているのか……思わず鼻で笑ってしまう。
「随分硬い干し肉だな……よく噛んで…………どうした?」
「…………何故ソリオスは狙われたのでしょうか。国を滅ぼすだけなら私を追いかけてくる必要は無い筈です」
年端が行かない割には冷静に考えられている。恐らくは答えを出しているのだろう。が、今ここで背負わせるのは……酷な世だな。
「考え得る理由は幾つかあるけど……ついで、と言う理由が一番妥当じゃない?」
「そう…………でしょうか……?」
「側室にでもしたい輩は多いだろう」
「自分では見えないので分かりませんが……アルフさんから見て、私はどう映っていますか?」
他人の見掛なんて興味が無かった。己ですら無いのにどうしろというのだろうか。
【ねぇねぇアルフ、私って可愛い?】
【並程度……な、何で叩くんだ?】
【可愛いって聞かれたら可愛いって答えなさい!】
容姿の良し悪しなんてものに絶対の基準など無い。見掛の違いなんて……些細なことだ。
ただあの時……可愛いと言ってやれば喜んでくれたのだろう。
「アルフさん……?」
「あぁ、可愛いよ…………ん? 私は何を言って……」
「そ、そうですか…………容姿の価値基準なるものは私には存在しませんが、アルフさんの言っていた“ついで”という理由も……妥当なのでしょうか」
失言したと思ったが、良い方に転がってくれたらしい。
実際の“ついで”は……彼女を得るついでにソリオスは滅ぼされた、だろう。
「……干し肉、美味しいです」
「…………そうか。良かったな」
その仮説が確信に変わり彼女自身が理解した時……私はどうしたらいいのだろうか。
「さて、出発するか。これを被ってな」
「帽子……ですか?」
「目元が隠れれば気づかれないだろう? 手、貸して」
「はい……よろしくお願いします」
そうならないように、こうして彼女の手を引き逃げ続けるしかないのかもしれない。
そうすることで……私も彼女も、少しは報われるのだろう。
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