第2話 MAXIL


 何時しか雨は止み、小鳥が囀る中屍を貪る獣達。理に反しナタレインとサーシャの墓を作り終えると、昔盗んだ上物の短剣を握りしめ高く振りかぶった。

 

「クソッ……何で動かない……」

 

 指輪を嵌めた右腕が岩のように固まり動かない。ナタレイン……何で邪魔するんだ。


『アルフ、私の分まで生きて』


 生きる意味なんて、見つけた瞬間消えていった。生きたくも無いのに……身体は否応なしに生へと執着し、腹が減る。

 

【この国の王様がそうしようって決めたことなの。ソリオスに来たらお腹いっぱい食べさせてあげて、楽しく踊って……笑顔にさせてあげなさい、って──】


 黒煙に包まれた城へ向かう。女々しくも、ナタレインを少しでも感じていたかった。


 ◇


 城周辺には大規模な軍が屯していた。

 転がる裸体、叫び声。見慣れた蛮行が広がり、サーシャを思い出す。変形しかねない程握る短剣を止めるように、指輪が陽光を反射し私の目を眩ませた。


 落ち着きを取り戻し周囲を見回す。ふと疑問に思う。兵の数が尋常ではない。

 複数種の旗が視認出来た。少なくとも七カ国以上の兵士がここソリオスに集まっているらしい。

 理由は分からないが、何人もの兵士が発していた“王女”という単語。察するに、こいつ等の目当てはその王女なのだろう。

 

 昼寝をしていた兵士を気絶させ、鎧一式を拝借する。城内へ侵入すると、城と言うには随分質素な造りにどこか親近感が湧く。ナタレインとサーシャが居たあの家に何処となく似ているからだろう。

 大挙する兵士たち。やはり皆王女を探しているらしい。小ぶりな城、隠れるような場所は少ない筈だが……


 厠の一角、煉瓦の継ぎ目が僅かに新しい箇所を見つけた。軽く叩くと中に空間があることが確認出来た。先に人を入れ後から塞いだのだろう。

 今ここを壊すのは得策では無い。最終的に王女を逃がすのならば…………いや、私は何を考えている?利益も無い行動をするなんて……


 きっと、誰かのお人好しが感染ったのだろう。

 

 ◇


 悪臭漂う排水路。他人の汚物と考えるだけで吐き気が止まらない。私はこんなところで何をしているのだろうか……

 複数ある排水経路の内、一つだけ使用されていない場所を見つけた。人一人分の隙間。身に付けていた鎧を脱ぎ捨て、芋虫の様に登っていく。

 引き返そうと脳裏に過る度、聞こえる筈の無い声が右手から囁いていた。

 

『アルフ、頑張れ!』


 後悔しても戻れないのなら、前に進むしか無い。身体を引き摺りながら出口へと這い出た。


「……どなたですか?」

「ハァ……ハァ……アンタが王女さん?」


 外壁の隙間から微かに漏れる光だけが薄っすらと照らす空間。姿はよく見えないが……この佇まい、間違いなく件の王女だろう。


「……攫いに来たのですか?」

「私に聞かないでくれ」

「では何故ここへ?」


 思考するにも腹は減る。脳への通路を遮断して、腰を下ろす。排水路から漂う匂いに辟易しつつ、目を閉じた。このままここにいれば誰かが見つけ、殺してくれるだろう。願うことならば、このまま目を覚ましたくなかった。


 ◇


 暗闇。壁の隙間からは光が見えず、どうやら夜になったらしい。王女さんの気配は変わらない。

 相変わらずの匂いに、馬鹿馬鹿しくも下ろした腰を上げる。


「 王女さん、この壁壊してもいい?」

「構いません」 


 隙間風流れる外壁を思い切り蹴飛ばすと、数個の煉瓦が崩れ落ちた。月灯り、生温い風と共に現れた王女の素顔。救いようのない結末に、目が覚める。


「……アンタ、目が見えないのか」


 尚更に……どうしろと言うのだろうか。

 

「……お願いがあります」

「なに?」

「私を殺してください」

  

 土埃の匂い。城周辺の水堀は小魚が跳ねたように波紋を撒き散らしている。人が死ぬ時には雨が降る、なんて迷信があるらしいが……強ち間違いではないと思い鼻で笑う。


「いいけど、理由を教えてくれる?」

「国が滅び多くの民が亡くなったことでしょう。私が生きている理由がありません。しかし私が自死すれば私をここへ隠してくれた城の者達に言い開き出来ません。もうこれ以上……何の為に生きろと言うのですか……?」


 人の気持ちは他人事。本人にしか分かる筈がない。私も同じだ、なんて言う奴には反吐が出る。

 

【アルフが嬉しいと私も嬉しいの。えっ? 変? ふふっ、変じゃないよ】


 ただ……寄り添うくらいは出来るのだと、気が付けば教わっていた。

 それが本人の為になるのかは分からないが、今この場で私が出来ることなどそれくらいしか無いのだろう。


 彼女の両の頬を思い切り抓り引っ張った。

 額に一発指弾きをすると、間抜けな声を放つ元王女。


「王女としてのアンタは今私が殺した。もう今までのアンタはこの世に居ない。アンタの名前は?」

「マ、マクロフェルドシルケスト……です」


【ねぇ、私が名前考えてあげる──】


 こんな私でも、人真似をすれば少しは人間らしく見えるだろうか。なぁナタレイン、笑うなら私に聞こえる程大笑いしてくれ。


「今からアンタの名前はマクシルだ。アンタの生きる意味なんて知らない。これから探せばいい」

「で、ですが……」

「それ以上喋るな。壁を伝って降りるから私に掴まってな」


 半ば無理矢理身体に縄で括り付け一歩ずつ煉瓦に指を掛けて降りていく。降り続く雨は、私の背中で啜り泣く彼女をより冷たく叩き付ける。

 強まる雨に紛れ橋を渡り、林の中へ身を隠しながら歩き続けた。

 泣き疲れ、何時しか私の背中で眠る小さな灯。


 生きるっていうのは、辛く冷たく、重たいものだ。

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