57.その先へ(終)
もともとは、「どうすれば初心者を脱して第二階層探索者になれるか」って話だった。
そのための手段として、都市へと行くための経路を探せと言われた。
それは単純に探しただけじゃ見つからなかった。
どこをどう調査しても、必ず途切れた。
だけど、変な話だけど、これはとても簡単な試練でもあった。
ぼくらは第一階層で、あの触手ミミズ退治をすることだけを求められた。
他のことを、できないようにされていた。
簡単に階層を変えることを許していない。
逆を言うと、ぼくら以外の人なら、けっこう楽だった。
地上のギルドで、探索者登録をする。
第二階層に挑めるだけの実力があると示す。
本当に、たったそれだけで済む話だった。
寝泊まりしてるところすら半分ダンジョンみたいな場所にいるぼくらにはかなり無理で、都市に住む人々であれば気軽にできるカラクリだ。
うん、初心者を脱したければ、探すべきは第二階層じゃなくて、地上の都市だった。
そこから下へと行ける道を探す。そして、まったく得にもならない怪物退治を続け、実力を証明する――これは、そういうとても意地が悪い試験だった。
だから、あからさまに怪しい、怪我人だらけで半死半生で、第一階層初心者だと丸わかりのぼくらに対しても、ギルドの受付員は淡々としていた。
「第二階層に行きたいのですが」
「力量の提示をお願いします」
ぼくらのような奴が来るのは、きっとよくあることだった。
抱えている二人の怪我人なんか見えないかのように、平然と受付員は聞いた。
「これでは、その証明に足りませんか?」
あとは、実力を提示するだけでいい。
それは、悪魔を退治した痕跡が残る槍を見せるだけで十分なはずだ。
黙ってもらってるから、「生きた」悪魔だとはわからない、はず。
「ぼくらの仲間に魔力中毒が起きています、今すぐ第二階層に行かせてください」
「いや、キミィ、それは――」
「たしかに第二階層探索者相当の力量を認めました」
隣のやけに偉そうな職員と違い、やけにツルンとした顔の人は無機質にうなずき、やっぱり淡々と言った。
「こちらへどうぞ――」
そうして、よくわからない部屋へと招き入れられた。
ここで待てってこと? さすがに時間がないし悠長すぎるんじゃないかと思ったけど、違った。
「下へ参ります」
そんな言葉と共にボタンを操作し、がくん、と部屋ごと下がった。
「な、え!?」
「これは、エレベーターです。エスカレーターではありません」
「それ、ぼく以外の人に言っても絶対に伝わらないやつじゃ!?」
「びっくり。理解されたのは初めてです」
変な人だった。
ライラとエマは横たわらせた。
苦しそうな、ほとんど息も絶え絶えのそれが、わずかに楽そうなものになるのがわかった。
魔力の濃い場所へと、戻ろうとしている。
「ぐるっと回ります」
「なんて?」
受付員は、素早く操作をした。
部屋にいたまま部屋の上下がひっくり返り、下がっていた箱が上昇する。そんな経験をはじめてした。
胃がひっくり返りそうになる経験だった。
「気色悪っ!?」
「これに頻繁に乗りたがる方もいます」
「アトラクション代わりにされてる!?」
「到着します」
上下が逆になったような錯覚が消えないまま、ドアが開いた。
懐かしい魔力の香りがした。
突き刺す寒さではなく、充填された空気だ。
寝ているエマの苦しそうな顔が、また更に緩んだ。
油断はできないけど、即座の危険はきっともう無い。
峠は越えた――
よし、と運ぼうとして、腰が抜けたのも、その安心が原因だった。
へたり込み、動けなくなる。
自然と身体が折れ曲がり、顔が床へと近づいた。
疲れすぎたのかな、と思ったけど違った。
「あ、やば――」
単純に、もう限界だった。
安堵が気骨をへし折った。
ぼくの意識は闇へと落ちようとしていた。
「お運びしましょうか?」
受付員のその言葉になんとか頷くので、精一杯だった。
+ + +
目を開いたら、光景が変わっている。
それはさっき第七階層から地上に出る時に味わったものだけど、今回もまたそうだった。
「う……」
ただし、前回と違うのは、酷い頭痛がセット販売されてることだ。
脳の奥が悲鳴を上げるような、鋭い痛み。
思わず目を閉じ、身体を縮こませる。
「ええ、と――」
どうやら、ベッドの上にいた。
久々に、文明的な場所で寝ていた。
シーツがさらさらと動く感触を味わう。
窓のひとつもないのはここがダンジョンだからで、密閉されているからだった。
第二階層以上の、やけに濃い魔力が充満しているのがわかった。
受付員の気配は、もう無い。
どれくらいかはわからないけど、けっこう時間がたったみたいだ。
きっとあの後、受付員が二人を運んでくれて――
「あ、エマ、ライラ!」
「へいよ」
「……呼んだ……?」
起き上がりながら叫ぶと、すぐ近くから声がした。
もっと言えば、横の椅子に座っていたエマがそう返答したし、隣のベッドでミノムシみたいに包まったままライラが生返事をした。
「無事!? 怪我ない?」
「オレは平気、ライラはまだやべえ」
「燃え尽きぅ……」
「魔術の使いすぎだってよ」
「うぅ……」
もぞもぞと出たライラは、ひどく憂鬱そうだった。
月曜日が百回まとめて来たみたいに動きが悪い。
「体調、まだ悪い?」
「……んーん……」
首を左右に振る動作すら億劫そう。
「反省中……」
「なにを?」
「燃やしきれなかった……」
「えーと?」
ライラが肩をすくめた。
「あの大悪魔と第七階層を、燃やし尽くせなかったのが心残りらしい」
「いくらなんでも無茶すぎない?」
「火力が、熱が、足りぬ……うぬぅ……ぬー……!」
シーツをかぶって力なく暴れてた。
ぼくからすれば最上の火炎だとしか思えなかったけど、ライラからすれば物足りないものだったらしい。
それともなければ、「敵対者を燃やす」って定義したのに、やりきれなかったのが嫌だったのかもしれない。
ライラの信じる「火とはそういうもの」って信念を揺るがせた。
「まあ、それだけなら、まだいいのかな?」
「なにが……?」
「シーツ被ったまま暗く恨んだ声を出さないでね、怖いから。ただ、またやればいいって話」
「ぬ……」
「ライラが手に入れたものは、このダンジョンの宝箱に入ってた。探せば見つかるものだ。だったら、もっといい魔術触媒だって、きっとある。ここなら、どんなものでも手に入る」
想念が形作るもの。
怪物やアイテム。
そこには限界なんてない。
ぼくらが手にしたのは、「初心者でも入手できるもの」でしかなかった。
「もっと、すごい、火を……?」
「うん、できると思う」
シーツミノムシが動かなくなった。
「リーダー」
「なに、エマ?」
「オレ、言ったよな、焚きつけるようなことあんま言うなって」
「え」
隣から、声が聞こえた。
「……そっかぁ……」
声は軽いのに、なんか、こう、ドロドロしてた。
「ぼく、なんかやらかした?」
「着火したな」
たぶん、ライラのやる気というか燃やす気を。
シーツにくるまったまま、熱くて湿った笑い声がしていた。
元気なのはいいこと。
きっと、たぶん、そうだと思う。
魔術放火狂の、最後の一押しをしたとかないはず。
「そういうエマは大丈夫なの?」
「なにがだよ」
エマの口元には、うっすらとまだ傷が残っていた。
霊薬を使ったのか、それとも別の手段なのか、もうほとんど見分けがつかない。
それだけ、鋭い刃だった。
「悪魔に身体を乗っ取られて乗っ取り返して、その上、第七階層の魔力を取り込むって、やってたことが割と無茶じゃない?」
まあ、普通に不都合が出てないほうがおかしいレベルだ。
「――なあ」
「なに?」
「それに関しては、オレは文句がある」
「どういうこと――」
『ハッ、なにが文句あるんだよ、なあ?』
別の声がした。
うん、知ってる声だった。
見ればエマは槍を小脇に抱えてた。
その槍は、よく見知ったもので、内側から染められたように黒かった。
声は、そこからしていた。
『オレがいなけりゃその魔力中毒は治せなかったぜ? たかがニンゲンが準備もなけりゃ実力もないまま第七階層まで行って、そこの魔力を取り込むどころか存在再構成までしやがった、俺の助けがなけりゃおっ死ぬのがオチだったろうぜ』
「おおう……」
気絶復活直後に聞くにはハイテンションすぎた。
「コイツから、聞いたぜ」
「なにを?」
「自慢してやがった」
「あー」
なんとなく、気づく。
ぼくはこいつに誘いをかけた。
自由を得ようと言った。
たぶんそれは、初めての経験だった。
初めてこいつは、一緒に冒険しようと人から誘われた。
ハイテンションの理由、ぼくだった。
「なんで、こんな奴をチーム入りさせようとしてんだよ」
「嫌?」
「嫌に決まってんだろ!? オレは身体を乗っ取られたんだぞ?! てーか全員が殺されかけたし、地上での連続殺人の犯人でもあるだろうが! たしかに助けられたけどよ、魔力の不調が治ったけどよ、だからって仲間だって認めらんねえよ!」
すごく嫌そうだけど、それでも手放せていないのは魔力の制御というか魔力中毒を脱しきれてないからだと思う。
少なくとも、現時点でその程度の協力はしてくれていた。
「んー、ライラはどう思う?」
「それ、燃えない……」
「敵でも味方でもない判定ね、わかった」
「なんでわかんだ」
賛成1、反対1、中立1ときれいに分かれた。
無理強いはしたくないけど、確かめておきたいこともある。
「ルツェンは――って言うと、なんかあの悪魔そのものみたいだ。黒槍はエマのことをまだ乗っ取るつもりはある?」
『それを名前にするつもりかよ。まあ、当然、隙ありゃ乗っ取るぜ?』
「だよねえ」
「やっぱ叩き折るぞ――」
「いいよ、認める、乗っ取りたいなら乗っ取ればいい」
「おい? リーダー?」
「黒槍が武器として強力なのは見ればわかる。その上で心からの忠誠なんてものまで欲しがったらバチが当たる」
「バチってなんだ」
「エマ」
「なんだよ」
「この程度の脅威を乗り越えられないで、できると思う?」
「なにをだよ」
「もうエマは言ったよ、ぼくもそれに乗る」
「だから、何のこと言ってんだ?」
「たかが第七階層の床を壊した程度じゃ、ダンジョンを制覇したってことにはならない、そう言ってるんだよ」
外の様子はわからないけど、そこまで大変そうじゃなさそうだ。
ぼくらがしたことは、下手をすれば第一階層でエマが炎で蹂躙したのと同じ程度の破壊規模だった。
ダンジョンが使えなくなっている、って事態にすらなっていない。
大事件として扱われていない。
ぼくらがいるのはあきらかに治療施設で、牢獄の類じゃなかった。
「エマの目的は、このダンジョンを壊すことだ。そうだよね?」
第七階層で、そう言った。
友達の死がきっかけでこのダンジョンが消えた、そう誰に対しても言ってやると宣言した。
「だとしたら、取れる手段は、全部取るべきだ」
この槍は、悪魔そのものじゃなくて、その怪物化したものだ。
この程度は御することができなきゃ話にならない。
「それは、けど、あくまでもオレの目標で――」
「エマの目標なら、ぼくの目標でもある」
「んー……水草、なし……」
「ライラ、それ、水臭いの無しって言いたいの?」
「そうとも言う説……?」
そうとしか言わない。
エマは少しうつむいた。
まだ、ぼくらを巻き込むことに抵抗感があるみたいだった。
そんな抵抗は無駄だと教えなきゃいけない。
でも、それは時間をかけてゆっくりと、徹底的にだ。
「黒槍」
『なんだ』
「そっちはエマに武器として使われるつもりはある?」
問題点はそこ。
仮にも地上で好き勝手してた奴が、武器の形で居続けることに納得するかどうか。
その確認はしなきゃ駄目だった。
『おい』
「なに」
『ひとつ、聞くぞ』
病院のような場所。
殺風景でベッドだけしかない、普通よりも魔力の濃い部屋。
そんな場所で、槍は、真面目に聞いた。
『それを受け入れたら、俺が自由になれると思ってんのか?』
「さあ? 黒槍の思う自由と、ぼくの思う自由が一緒かどうかなんてわからない」
『それは――』
「でも、楽しいよ、きっと」
『――は?』
「想像してみてよ、ぼくらはきっと強くなる、もっともっと力を得る。そうして果てには、最下層にすら到達する。君の本体が届かない地点にまで行く」
ぼくは笑う。
敵に向けるのと味方に対するものの、中間の笑顔。
「怪物が、悪魔を越える。そんな逆転劇、やってみたくない?」
『ハッ、できるのかよ』
「当然」
ぼくは自由になると言った。
三人でそうすると言った。
けど、どこで?
それが問題だ。
たとえばライラは地上のどこで自由を謳歌できるんだろう?
好き勝手に燃やし尽くせる場所なんて、限られてる。
エマも、友人を殺してしまったという罪悪感を払拭できそうにない。
このダンジョンを壊すまで、その苦しみはきっと続く。
二人を救える道が、地上にはない。
ぼくも――村を滅ぼした連中が我が物顔でうろついてる場所で好きにしていいよと言われても困る。
力がいる。
ぼくらの自由を邪魔されない力が。
個人でそれだけの力を持つ手段。
それは、都市の薄皮すぐ下の、絶対的な力を保持する地点にまで行けば、きっとある。
「やれるだけ、やろう」
そう誘いかけた。
黒槍は沈黙した。沈黙したまま、エマの魔力調整を続けているのがわかった。さっきよりも更に緻密に。
エマは難しい顔をした。ぼくらを巻き込むことが、彼女の思う正義に反しているからだった。その正義は粉微塵に破壊する必要がある。
ライラは顔だけを出してぼくを見た。しばらくそうしていたかと思うと「いい燃焼……」とつぶやいた。きっとこれ以上無い肯定だった。
「行くよ」
目指すはダンジョン最奥、最下層。
そこにしか、ぼくらの自由と救いはないと信じる。
火炎と暴力の救い方 〜国に攫われてダンジョンに放り込まれています〜 そろまうれ @soromaure
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