56.地を征く
危険は去ってない。
なにも解決していない。
時間はない。
本当にない。
一刻も早くダンジョンへと戻る必要がある。
ここでの決断がエマの生死を分ける。
ぼくらは二人がかりでエマを抱えて歩いてる。
移動速度はかなり遅い。
ハイハイしている赤ん坊かって具合だ。
その上――
「リーダー……」
「なに?」
「ご……めん……」
ライラが、ふらりと倒れる――
転倒よりも先にひっつかんで阻止した。
ライラは第七階層の魔力に抵抗した。
その上で最上位魔術を、それも敵味方識別した状態のものを使い、大悪魔に命令までした。
もうとっくに限界は越えていた。
「問題、なし!」
だって、そう。
「ぼくは、リーダー――!」
二人の担当だ。
この重量は、ぼくが抱えて行くべきものだ。
だらんと全身を預ける重量を二人分を運ぶ。
正直、相当きつい。
周囲の人達はぼくらに目もくれず、さっき弾けた巨大シャボン玉はなにかと向かっている。
歯を食いしばり、その流れに逆らいながら向かう。
行く先は、本当に賭けだ。
上手く行かない可能性も十分ある。
だけど、二人を抱えていける距離には限りがある。
今はただ、それが合っていることを祈るしかない。
魔力なんてない、奇跡なんて起きない、この地上で。
エマが戦士の本能なのか、槍を手放さずにいることがありがたい。
一方のライラはとっくに杖を手放している。
きっともう戻ってくることはない。
中央広場、なにもないだだっ広いそこを横切る。
頭の中に地図がある。
迷うことなんてない。
あのダンジョンが都市の鏡写しだって気づいてから、何度も何度も読み込んだ。
最短経路を行ってるはずだ。
「ぐ、ぎ……!」
けど、それでも、一歩一歩が、あまりに重い。
あんまりにも遠い。
血がボタボタと流れる。
ぼくのものか、二人のものなのかも不明。
足を滑らせないことだけに意識を向ける。
一歩を、また進む。
道すがら、ちらりとこっちを確かめるように見た人がいた。
すぐに振り払うように、ぼくらが塞いだ穴へと向かう。
エマの記憶にあった人だった。
彼女の身内で親族だ。
きっと正義を成しに行くんだろうと思う。
それは無駄だ。
ぼくらがもう解決した。
塞いだ穴しかありはしない。
まあ、ダンジョンから都市への貫通って事件を起こしたのもぼくらだけど。
そういうことは、何も教えてやんない。
勝手にやってろ。
ぼくは、二人抱えたまま、また歩く。
腕が折れてるとか知らない。
そんな違和感は気にしない。
それは、二人を手放していい理由にはならない。
――手放しちまえよ……
なにかが、囁いた。
本当にささやかな音量で。
――そんな必死になって助ける理由なんてあるか? 無いだろ?
あるに決まってる。
友達だ。
――おまえは、村が滅びるのを黙って見過ごした。
それは……
――知っていたはずだよな? 気づいてたんだよな? お前は村が滅びる事態を予測できた。
完全にじゃない。
よく来る行商人の素っ気なさが気になった。
取引に、妙な感触があった。それが村を鏖殺する前兆だなんて、気付けなかった。
――だが、助けなかった。ハッ、そんな奴が、いまさら善人ぶるのかよ?
村が滅んだ様子を思い出す。
天を称える聖句を唱和しながら、ひとり残らず殺傷する狂人たちの行いを。
――羨ましかったか?
なにを……
――圧倒的な力で蹂躙する。統一された思想の元にそれを行う。なあ、お前もあっち側にいたかったのか? お前も蹂躙する側になりたかったか?
見れば、実際に声がしていた。
それは、エマの持って離さない槍から聞こえた。
魔力の痕跡が色濃く残る地点から。
そう、怪物を討ち滅ぼした槍が、その内側から黒く変色していた。
「しぶとすぎない?」
――ハッ、仮にも悪魔だ。あの程度でくたばってやれるか。だけど、なあ、俺の言っていることは、なにか間違ってるか?
「いいや、全部、きっと本当だ」
一歩一歩、動きを止めずに言う。
そう、正直に言えば。
「どれだけ狂っていても、同じ想いのもとに心を通わせることができるのは、羨ましかった」
ぼくらの村では神様を作ろうとしていた。
違う世界、違う国の、違う文化だ。
それは、詳しく知れば知るほど、他の人々と共通の価値観を持てなくなる、ってことでもある。
ほんの断片的にしか見て取れなかったけど、龍玉?とかひと繋ぎの財宝?とかって漫画がすごく面白そうとか、苦労して作る釜玉うどんの美味しさとか、他の神様のお祭りでも楽しければ乗ってしまうスタンスとか、まったく理解されない。
それはただ異常なことで、おかしな行動で、「間違った邪悪」として扱われる。
ぼくらの村が日本にのめり込めばのめり込むほど、周囲との違いが浮き彫りになった。
――それは、コイツらも同じだな? お前は誰からも理解されない。お前はただ違う奴だ。
「なんで?」
――はあ!? お前それは……
「理解されないなら、理解されるようにすればいい。互いを、ただ知ればいいだけだ」
ぼくはずっとそうしていた。
二人にとって、一番大切なものを尊重するように心がけた。
「だから、手放さない。二人は、仲間だ」
エマが握っている黒い槍は不機嫌そうに黙った。
「ねえ、悪魔ルツェン、あるいはその怪物――」
――なんだ……
「一緒に来る?」
――は?
「ぼくらの仲間にならないか?」
コイツがやった手段はまったく褒められたものじゃない。
あるいは、いつか罰を受けるべきなのかもしれない。
だけれど、その「自由になりたい」という想いばかりは共通していた。
「一緒に、自由を得よう」
だから、怪物に誘いをかけた。
――お前って正気?
その言葉は、たぶん心からのものだった。
「ぼくらが羨ましいんでしょ?」
――はあ!? 誰が??!!
「さあ、もうすぐ、着く」
――いーやふざけんな、撤回しろよ!!
なんとか、間に合いそうだった。
二人と一本の槍を、どうにか運び切る。
ギルドの、入口をくぐった。
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