55.迷い

衝撃吸収とか考えない、本当にただの岩でしかないものへの落下。

割と急な岩山をゴロゴロと転がりきるより先に、二人の手をつかんで引き止める。


城の高さからのフリーダイブよりはマシとはいえ、骨はどっか折れてるかもしれない。


「ぼくら、落ちてばっかりだ――!」

「あ、あ゛……」

「エマ、今は喋らない方がいい」


あの怪物がそうしてたのか、多少は塞がってるみたいだけど、まだ口とか痛いだろうし、無理は禁物だ。


見ればライラの発生させた岩は、本当にちょっとした山くらいの大きさだった。


それがぼくらの落下距離を縮めた。

即死が打撲に変わる程度のものになった。


ただ本当にゴツゴツとした無秩序な岩だから、降りるのに少し苦労しそうだ。


「え……? え……!?」

「とはいえ、まずは一件落着、かなあ」


上から見下ろす街の景色は変わらない。

シャボン玉が弾けた様子が見えたのか、指さしながら人が集まる様子はあるけど、まあ、さすがにぼくらは遠すぎてまだわからないはず。


第七階層と地上との境を破って悪魔を地上に引き出した張本人だとバレてはいけない。

すぐに降りて逃げなきゃ駄目だった。


「リーダー……ッ!」

「なに、ライラ」

「エマ、エマが、不味いっ……!」

「んん?」


たしかに、苦しそうに身体を抱え、横になっている。


打ちどころが悪かったのかな、と思う。

体を乗っ取り返した直後だったし、上手く受け身を取れなかったのかも。

それ以外の理由なんて――


違う。


なんで今、ライラが慌ててる?

ぼくが平気そうだと判断して、ライラが死ぬほど慌てた様子なのはなぜ?


そうだ。


さっきまでのエマは「第七階層に適した状態」だった。

ぼくらと違って、あの高濃度の魔力状況で自由に動けた。


そんな人が、すぐに地上に戻って平気でいられるわけがない。

魔力不適合症状、その最上級。


第二階層ですら、薬草スープで魔力を散らす工程が必要だった。

魔力状況に慣れれば慣れるだけ、別階層へと行くことが難しくなる。


ぼくらが第七階層で呼吸すらままならなかったように、今のエマは「地上にいるだけで生存が危うい」状態にある。


「穴は――」


完全に塞がっている。

当たり前だ、他でもないぼくらがそうした。

すぐさま戻ることはできない。


クソ、馬鹿すぎる。

なんで気づかなかった。

この状況になることくらい予測できたはずだ。

ダンジョンを甘く見すぎた。


「せめて、第一階層へ――」


戻るにしてもどうやって?

そこまでエマが持つのか?


ここは王城付近、中央広間こそ近くにあるけど、ほとんど城内と言っていい地点。

第一階層がある場所は、郊外だ。

都市の外縁部に位置している。


ダンジョンに潜るまでが、遠すぎる。

最低でも、あの広大な第二階層を横切るくらい進まなきゃいけない。


「ここまで来て!!」


周囲からは騒ぎを聞きつけ人々が集まっていた。

彼らに助けを求めたところで意味がない。

せいぜいがこの状況を引き起こした犯人として捕まるだけだ。彼らにとってぼくらは悪で、日々の平穏を脅かしたものだ。


手助けする理由がない。

むしろ打倒することが正義だった。


どこへ行く?

どうすればいい?


いや、迷ってる場合じゃない。


「ライラ、そっちを持って!」

「んっ……!」

「ダンジョンに戻る! どこからかは、すぐには思いつかない、だけど、できるだけすぐ!」

「わかった……!」

「いい、やめろ――」


かすかな、息も絶え絶えの声がした。

エマだった。


「自由、だ」

「はあ!?」

「もう、オレらは、戻らなくていい――」

「なにを――」


言いかけて、気づく。

ぼくらの目的は自由になること。

ダンジョンから抜け出すこと。

正直にノルマ達成やら金銭を積み上げることやらをしなくても――


そうだ、今の状況って、自由を手にしたのと同じだ。

このままバックレてしまえばいい。

その機会は、いまここだ。


バカ正直に戻ったところで、手にした宝はもうどこにもない。

生き残るためにすべて消費した。


ならせめて、地上に来れたチャンスを活かすべきだ――

三人の目的を果たせ。


エマの視線は、そう訴えていた。


「この程度、へいきだ、だいじょうぶ――」


ひょっとしたら、もしかしたら、その言葉に従うことが最短経路なのかもしれない。

上手くすれば自由を得られる。


これだけの騒ぎだ。

たかが攫われた子供が三人くらい減ったところで問題にもされない。


エマが確実に死ぬと決まっているわけでもない――


「却下」

「んっ……!」


だけど当然、そう言った。

なんでエマ一人だけが苦しまなきゃいけないんだ。


「エマの犠牲で得る自由に価値なんてない」

「……その炎、あたし、いらない……」

「あ――」

「ライラが炎を拒否するんて、相当だよ?」

「でも、でも、オレ――」


抱え直すように抱きしめる。

逃げ出したりしないように、その重さを抱える。

ライラと一緒に分担する。


「馬鹿なこと言ってないで、行くよ」


エマは歪んだ笑いのような顔をしたかと思うと、がっくりと倒れた。

涙を流しながらも気絶してた。

言って伝えるだけで限界だったらしい。


二人でその重さを分け合う。

ぼくらは三人で岩山を降りた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る