53.迷宮崩壊

それは、その一閃は、たしかにぼくが描いた円の中心に突き刺さった。

魔力の、賦活と操作と属性変化の三重を込めた一撃。


けれど、通しきれなかった。


「くそ――っ!」

『まだ足りねえのかよ』


分厚い岩盤に弾かれる。

けれど、感覚としては、あともう少しだ。

もうあと一撃でこのダンジョンを壊せる。


なにせ今のだって、笑い揺れる死神をそのまま消失させるくらいの威力はあった。


「やら、せるがよぉ!」


口を裂かれた怪物が、体中を燃やしながらも来た。

いや、より正確にいえば、それはその表面を覆う入れ墨のようなものを――侵食している部分を焼いていた。


「来之葉我模盧!」


悪魔ルツェンが何事かを喚き、炎の蛇にまとわりつかせながらも突進する。


まあ、なんの問題もない。


だって、手には槍がある。

エマの魔力で形作られた、エマそのものだと思える武器が。


心には武技がある。

身体は自然に動く、周囲の魔力を絡め取り、槍の先端へと届かせる。


その量は、その大気魔力は、あまりに重い。

まるで岩盤を穂先で動かそうとしているみたいだった。


だから――ぼくは、息を吸う。


ライラの炎じゃない、その隙間に生じたものを体内に取り込む。

第七階層の大気魔力、刃でしかない悪意の塊、けれど、今は溶解している。

とても取り込みやすくなっている。


その魔力を取り込み、操る。


ぼくの体内の魔力は溶鉱炉のように何種類もの魔力が蠢き、暴れる。

それらすべてを、力とする。

槍を振るための動力源とする。


大気魔力そのものの変質は、すでにライラが行っていた。

すべての悪を、敵対者を焼かんとする熱の照射。

赤を越えて灼熱し、悪魔と地獄を半ば滅ぼし、そして、ぼくらには一切の被害が来ない。


伝説でしかなかった敵味方識別の魔術攻撃って、こういうものなのかもしれない。


あとは、うん、ぼくの心得違いを正すだけだ。

そう、間違っていた。

本当に恥ずかしくなるくらいの盛大な勘違いだ。


なんで、ぼくが槍を振るってんだ?


それは――ぼくの担当じゃないはずだ。


身体の主導権をエマへと明け渡した。

入り込んだ魔力に意識を譲る。


ぼくの身体に取り憑いたぼくという幽霊、っていうヘンな状態になる。


「は――」

『やっぱり、戦闘は戦闘担当じゃないとね』


身体から飛び出て、ぼくの顔でエマの表情をした「ぼく」へと言う。


「おまえ」

『エマ、頼んだ』


瞬間、その顔が複雑に変わるのがわかった。

泣き笑いのような、後悔のような、暗い喜びのような、あるいは、ただの感謝のようなそれらが、いくつもいくつも浮かび――


「やっぱ、リーダーは、馬鹿だ!」


最終的にそう断じた。


『ひどくない?』


ぼくのぼやきなんて知らないように、さっきまでとは段違いの動きで魔力を巻き込み、穂先へと集わせ――


跳んだ。

軽い動作のはずなのに、悪魔ルツェンの顔と同じ高さにまで行く。


幽霊体のぼくから離れて、遥か遠くへ。


焼かれて苦しむ悪魔は手を伸ばす。

けれど、エマの視線はただ標的を――真下にある、円形の中心だけを睨み続けた。


空を踏みしめる。

どうやってそうしているのかわからない。


ただ、正しい武技の動きとは、宙空であっても正しく行われるのだとでも言うように、それは行われる。

最適の動きで槍が突き出される。

炎が螺旋を描く。


『あ、ライラ、もうちょっとだけあの周辺の火力を上げて?』


隣で思念を凝らしていたライラに注文する。


「リーダー、無茶言い過ぎ……ッ!」


赤が、更に深い紅へと染まった。

ほとんど白熱とも思える温度の上昇。


ライラはそれらを、ただの一閃として放つ。

途中の悪魔の腕を壊し、更に進む。


「やがべろォッ!!!!!!」


怪物が叫んだ。

エマの身体で、裂けた口で。


強引に割り込ませようとしたその体ごと、槍は貫く。

きっとコイツが殺した被害者と似たような悲鳴が、その口から上がった。


真上から、真下へ。

白い槍はレーザー光線のように行き、突き通す。


ぱりん、という軽い破壊の音がした。


完全な静寂が、一瞬だけ辺りを包んだ。

一瞬だけだった。


ず、と地面が、ズレる。

一点を中心に破壊が円形に、幾度も広がる。


まるで静かな湖面に一滴を落としたみたいな光景。

波打ち、上下を繰り返す。

けれどそれをしているのは岩盤だ。


空気が――いや、魔力が、流れる。

ダンジョンと地上との魔力差は絶望的なくらいある。


本来なら、行き来を封じる安全策みたいなものが、ここの大気魔力にあったのかもしれない。

だけど、ぼくが地獄化させて、ライラが燃やした。

ぜんぶ変質していた。


そう、攻撃は、地上とダンジョンとの境に穴を空けた。

エマが引き抜いた穴から魔力が行く。より破壊を大きくしながら、無制限に拡大し、より激しく外へと吐き出される。


ギュルゥ!!――と絶望的な音をさせて風が吸い込む。

真下の岩盤すべてが巻き込まれながら落下する。

轟音が無制限に巨大に鳴る。


ダンジョンが壊れた音だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る