48.呼びかけ
場所はダンジョン内の住居、血まみれの饗宴の跡が刻まれた場所。
それこそ悪魔の所業と言われれば納得できる有り様だ。
戦力は、ぼくとライラ。
ハナミガワも傷無も、それ以外の人たちも戦闘力は失われている。
マトモに立って話すことすらできない。
敵は悪魔。
都市で連続殺人を行い、不意打ちとはいえ傷無とハナミガワの二人を倒したくらいの相手。
その性質は、おそらく幽霊学生に近い。
物理的な攻撃が通用しない。
攻撃しても、エマの身体にダメージが行くだけだ。
笑ってしまうくらい状況は最悪だ。
戦って勝てる目なんてない。
笑う悪魔を止めることができない。
「ハッ、お前ら馬鹿だな。なんで今すぐ頭を下げて土下座しないんだ? そうすりゃ生き残る目がすこしはあるぞ」
「本当にそうか?」
戦力差は、背後からの奇襲とはいえハナミガワを一撃で倒したので把握した。
そう、普通に、マトモにやっても敵いっこない。
「どうして、ぼくと会話なんてしている?」
「ふん?」
「どうして実力でとっとと排除してしない? こんな生意気な口を叩いているぼくを殺して終わらせない理由は何だ?」
「――」
「去れ? 違うだろ、悪魔ルツェンの方こそが、ぼくらに去って欲しいんだ」
「実力差もわからんか?」
「お前は傷無さんに上手く取り憑くことができなかった。怪物を生み出すほどの無念によって邪魔された。今ここでぼくらを殺せば、同じことのくり返しになる」
エマの性格はわかってる。
そんな事態になれば、きっと自分自身をひどく責める。
それは「エマ自身」をこれ以上無く攻撃する概念になる。
槍を肩に担ぎ、圧倒的な強者の風格を醸し出す相手。
けど、それはハリボテだ。
「今この時も、エマは外界を認識できている。悪魔ルツェン、お前の支配は完璧じゃない」
「だからどうした?」
けれど、むしろつまらさそうに、その悪魔は言う。
「それがなんだ? なんの問題がある?」
手を広げる動作。
だけれど、どこかにまだぎこちなさがある。
「なあ、ここで俺が失敗したとする。すべてお前の願う通りになったとする。せっかくやった準備がすべて無駄になる。だが、そうなったとしても俺はまた次の取り憑き先を探せばいいだけだ。なあ、わかるか? おまえがやれるのは、どれだけ上手く行っても時間の引き伸ばしだ。結局は俺を止められない」
「ああ、人の話とか聞かないタイプなんだ?」
「ハッ、なにを――」
「ぼくは、三人で自由になると言った。お前は勝手になんでもやってればいい。だが、エマを巻き込むな。ぼくらの自由の邪魔をするな」
誰よりも去りたいのは、実は悪魔ルツェンの方だった。
他に邪魔が入らない状況で、ゆっくりエマの魂を殺傷したがっていた。
周囲にぼくらがいるからこそ、身動きが取れなくなっていた。
言っちゃ何だけど、ぼくはまだ初心者だ。
強者が全力で逃げたら、その余波でくたばりかねない。
「エマ、聞こえるか! そんな程度のヤツに操られるな! そんなことしてるとまた君の身体のニオイを嗅ぐぞ!」
「なにを言っている!?」
ほとんど反射的に悪魔は服をひっぱり、嗅いで確かめようとした。
「クソ、なにを俺は――いや、瞬間的とはいえ俺の支配を上回ったのか? クソが……」
それは、チャンスだった。
ようやく視線が外れた。
「――何をしている!」
その隙にぼくはビンの蓋を開けて、飲むことができた。
わずか一口だけ。
霊水。
ぼくらの村における信仰の物質化したものを飲み込んだ。
これがニセモノかどうかなんて、関係ない。
ぼくは本物だと信じる。
これが本当に「日本という概念との通路となるもの」であると思い込む。
辛く、けれど、芳醇な液体が喉を伝い、身体に満ちた。
賦活される力が後から後から湧いてくる。
身体の内部で暴れ続ける。
それを力としようとして、けれど制御できなかった。
暴れる、ぐるぐると弾ける。
日本という概念は、正規の手続きを取らない「違うもの」による強引な支配に徹底的に抗った。
「貴様、それは――!」
「カはッ」
制御できずに、吐き出した。
荒れ狂っていた欠片が、物質として射出される。
力の塊のようなものが最高速度で吹っ飛んだ。
流線型をした、日本の一部。
本当にその欠片でしかないものを、現出させた。
それは半透明の構造物としてエマへとぶち当たり、身体ごと外へと吹き飛ばした。
ぼくの口から吐き出されたと思えないそれは、時速285kmという常識外の速度で行く。
その名を、新幹線といった。
+ + +
巨大な鉄の塊、人が乗って移動するものだとは信じられないほどのもの。
半透明のそれが線路もなしに直進する。
「くっ――」
悪魔にぶち上がり、住居の壁ごと外へと押し出した。
閃光のように行く列車は、そのまま空間を突き進み、はるか上の天井を盛大に破壊した。
悪魔は脱出できず、その衝突を受け取る。
半端な形で召喚したそれは、さしたるダメージにはならない。
けれど、好機だった。
「ライラ!」
「ユハを滅せし炎、アラズカーンの金床、この地、この場、この時を、UlughOdにまで至らんことを……!」
ずっと機を伺っていたライラ、彼女がつかみ放った僅かな灰。
それはまたたく間に拡散し、広がり、住居の外を――エマのいる天井付近の空間そのものを赤色へと塗り替えた。
燃えるというよりも、現れた、って方がきっと正しい。
直視できないほどの熱が大気を焦がした。
「ガあッ!?」
広大な第二階層に太陽が現れる。
新幹線がぶち当たり、こぼれた岩が蒸発した。
球状の熱が白くすべてを焼き尽くす。
その中で黒点のように悪魔は耐えた。
「……ッ!」
ライラがこれを使わなかったのは、きっとここで倒れている他の人達を巻き込まないためだった。
倒すべき敵でも、愛すべき味方でもない対象は、ライラにとって燃やすべきものじゃなかった。
「あ、あ゛! 舐めるなッ!」
そして「足りなかった」。
槍が一閃する。
炎の球界が壊れる。
エマの顔で、黒い槍で横断した。
その槍はすでに実体のあるものじゃなくて魔力塊だ。
赤が黒で切断される。
「貴様ら程度のニンゲン風情が、俺に逆らうなど百年早い!」
「くっそ――」
ライラが信じられないというように目を見開き、ぼくが新幹線を吐き出した反動で膝をつく中。
「是非も無い、他に道も無い――」
震える声でそう言ったのは、ハナミガワだった。
傷口を押さえ、片膝をついた姿勢のまま、地面に描いた円形の血に向けて叫ぶ。
「小生の名は花見川安威(はなみがわ・あい)! 国王勅許校エルシェントの教諭にして戦闘訓練を行うもの! この地、この場所にてある己の影よ! 我が怪物よ! 望むのならばこの身などくれてやる、呼びかけに応えよ!」
本当に先生だったの?!
そう驚きの間もなく、暗闇が生じた。
ハナミガワの前、なにもない場所にそれが発生した。
悪魔ルツェンの纏うそれとはまた違う色が、その血の円から浮かび上がる。
空間の一点に昏い穴として穿たれている。
「ふむ――」
声がした。
聞き憶えがあった。
それが、ズルリと這い出た。
穴の大きさを無視して骨ばった手が抜け出す。
その全身ですらも。
「我が本体は、無茶をする」
ローブを着ていた。
長い大鎌を構えていた。
その顔は、見えない、けれど、その口元が僅かに分かった。
それは、直ぐ側のハナミガワのそれとそっくりだった。
「このような強引な呼びかけは、当然のことながら相応の代償を必要とするが?」
「――」
ハナミガワはもう言葉を口にすることもできない様子だった。
「さて、とはいえ、やることはさして変わることがない」
それは――「ハナミガワの怪物化した姿」である死神は、そう嘯いた。
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