45.錯覚と言葉
このダンジョンは、都市との鏡写し。
都市にあるものが、怪物の形として生成される。
怪物は本物と瓜二つだ。
ハナミガワが怪物化した傷無を、本物扱いしても構わないと思えるほどのものだった。
そして、それは「怪物が持っている物品」も同様だ。
アイテムも本物とそっくりに生成された。
つまり、ええと、そう――
「え、え?」
「誰も説明しなかったのかよ、誰も教えなかったのかよ、バッカでえ、間抜けにもほどがあるぜ。本物の貴重品が、こんなところに転がってるわけがねえだろうが!」
「む、し、知らなかったのか?」
ぼくらは、ただ呆然とした。
手元にジャルブスの霊水を取り出してまじまじと見る。
どう見ても、本物だった。
よく知っている、一度は消えてなくなったものにしか見えない。
ようやく、やっと手に入れた宝物。
これが、偽物?
ライラとエマも同じようにしていた。
恐る恐る確かめている。
信じられない。
信じたくない。
そんなわけがない。
けど、だけれど――
そう、ここは「記憶も技術もそのままの怪物」が出現するような場所だった。
ぼく自身だって、ついさっき信じたばかりだった。
あの怪物としての傷無は、本物と同じようなものだ、と。
「あー……」
「え……ふえ……?」
「まじか……」
だから、ライラは炎の制御を誤り、揺らめかせて消失させて、エマはからんと槍を落とし、ぼくはただ上を見上げた。
仮にも怪物たちが大量にいる傍でしていいことじゃないけど、どうしようもない。
手にした宝が偽物だった、ってだけじゃない。
これは、「都市に行って換金する」って目的が頓挫したってことでもあった。
すぐ近くにあったゴールが、幻のように消え失せた。
「……都市からこの迷宮へと怪物が生成される。その間に立つ探索者の想いもまた、この迷宮は時折応える。この地に満ちる魔力は、それを成すことがあるのだ」
気づく機会は、きっと色々あった。
というか、以前にも思ってた、これが――ジャルブスの霊水がこんなところにあるはずがないと。
村で長年かけて凝縮させた奇跡が、宝箱の中に転がってるわけはない。
ありえないことが起きたんだから、ダンジョン由来の奇跡だってわかってよかった。
ぼくらが持っているのは魔術と同じく、地上では効果を発揮しないものだった。
「――」
それでも、これは精巧だ。
ぼくらが本物だと断じてしまう程度には。
黙って売ってしまおうか、と少し考えた。
ここまでの偽物なら、きっと可能だ。
すぐに駄目だと気がついた。
ついさっき思ったばっかりじゃないか。
この物品は、魔術や怪物と同じようなものだと。
地上へと持ち運べば、すぐにほどけて消えてしまう。
これが物品として形を取っているのは、あくまでも「ダンジョン内」に限定されていた。
「ああ、しかしながら、その効力自体は変わらぬはずだ。また、魔力の塊であるだけに、ある程度は力としても使える」
その説明は、なんの慰めにもならなかった。
ぼくらが行こうとしていた最短経路のルートは見せかけだった。
もうすぐ手に入るはずだった自由は、ただの錯覚だった。
+ + +
いままでの頑張りが消え失せた。
ゴール寸前で「スタート地点に戻る」をされた気分。
なにもかもが台無しだ。
冷静に考えれば、うん、別にそこまで酷い事態じゃない。
だって、大金を失ったわけじゃない、手にした換金アイテムは手元にまだある。
何も失ってはいない。
けど、ショックを受けている二人に対してすら声をかけられない。
ただ嬉しそうにエマの肩をバンバン叩いてるアーバスとかいう奴は後でぶん殴る。
「ぼくは」
ただ、自然と言葉がこぼれた。
喉からこぼれる音は、繰り返しのようないつもの言葉。
「このチームの、二人の担当だ――」
ショックで混乱する頭に、ぼく自身が発した言葉が脳みそに染みる。
その行動だけを考えろと、命じる。
余計なちょっかいをかける人間からエマを取り戻し、その肩を抱えた。
エマの顔は虚ろだった。
同じく両膝をついて小さく「ああ……そっ…かぁ……」と呻くライラも抱えて近づける。
二人の顔に、生気も気力もなかった。
ショックを受けているというより、信じがたいことが起きたという表情。
現実を受け入れられていない。
ぎゅっと強く抱きしめる。
三つの頭を寄せ合うようにする。
今ふたりに何を言うべきだ?
なにを伝えたらいい?
大丈夫だ――
違う。
ぼくがそもそも大丈夫じゃない、ショックすぎる。
愛してる――
違う。
そんなの上滑りだ。
愛は誤魔化すための言葉じゃない。
次をがんばろう――
嫌だ。
がんばりたくない。
また裏切られるかもしれない、また無為に帰すかもしれない。それなのにがんばろうとは思えない。
そもそも、ぼくは今なにを思ってる?
なにを感じている?
この気持ちは――
悩むぼくの耳に、言葉が滑り込んだ。
「ごめんなさい」
エマだった。
震える声で続けた。
「間違ってた――オレ、ヘンなこと、言った――お前たちに、よりにもよって、お前たちに……だめだ、ごめん、こんな――……」
自由への片道切符は、エマの持っている人形だった。
それが偽物だったことに、一番ショックを受けているのは、エマ自身だった。
「違うッ!」
「ん!」
すべてどうでも良くなった。
ぼくの気持ち?
そんなのは仲間が傷ついてることに比べれば何でもない。
「エマ」
「――」
震えて縮こまるエマの両肩をつかんだ。
「戦える?」
「え、なにと」
「ダンジョンと」
ぼくがやるべきことは、方向を示すことだ。
リーダーとしてやるべきことは、究極的にはそれだけだ。
「ぼくらは騙された、嘘をつかれた、欺かれた。このダンジョンに」
「え――」
「だから、ぼくはこのダンジョンをぶっ壊す。その落とし前をつけてもらう。人の、とても大事なものを踏みにじったんだ。その程度の報復は当然だ」
エマは信じられないというようにぼくを見ていた。
「クソみたいな奴にクソを叩きつける、ぼくは絶対にやる。ねえ、エマ、協力してくれない?」
ぼくが今最優先でするべきは、エマにエマ自身を攻撃させないことだ。
他に攻撃先を示すことだ。
悪いやつは他にいる。
それは絶対にエマじゃない。
「オレは――」
「だいじょうぶ……」
ライラがエマの頭を抱えるようにながら、優しく言った。
「エマが嫌いな相手、ぜんぶ燃やそ……?」
「え」
「大丈夫、あたしが、全部、焼き尽くすから……」
「それ、最終的にはぼくら三人も燃えるよね?」
「え、うん、もちろん……」
きょとんとして言われた。
「はは――」
けど、どうにかエマを涙まじりでも笑わせることはできた。
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