44.宝の価値
このダンジョンは、都市との鏡写しだ。
都市で発生した事件や無念や想いがこのダンジョンまで届けば、それは怪物として形成される。
それは殺人鬼はもちろん、その被害者も同様だ。
ただ、怪物は倒されたら消えるけど、怪物の持っている物品は意外と長く持つらしい。
適切に魔力を注げば自分のものにもできる。
それこそ蝋棚傷無が持っていた日本刀とかそうだ。
あのチェーンソーみたいな風刃は、きっと傷無の技によるものなんだろうけど、ひょっとしたら「武器の性能によるもの」だったのかもしれない。
確保できれば、このダンジョン探索が有利になる。
それを求めて行くものを、このダンジョンでは「墓荒らし」と呼んで忌み嫌った。
怪物化した犯人を倒して戦利品を得るのならいい。
けど、その被害者に対して行うのは、殺された人間をもう一度殺す行為に他ならない――
ギルドで調べた書類には、そう書いてあった。
そして現在、ハナミガワの前で、その友達の「墓荒らし」しようとしている人がいた。
「は、ハナミガワ先生!? なんで!」
「ここにいるとは、そういうことだな、アーバス」
「ち、違う! ほら、だって、こ、ここのヤツってみんなから嫌われてたんだろ!? クソやべえヤツって話だったろうが、そんなヤツから盗ったところで誰も困んねえだろうが!」
「それは小生の友だ」
「嘘だろ!?」
どうやら元からの知り合いだったらしい。
というか教え子?
カツアゲ集団のトップことアーバスは、あきらかに腰が引けた様子だった。
ハナミガワは片腕しか使っていない。
右腕はだらりと下がっているけれど、そんなことにも気づかない狼狽っぷりだった。
「あー、一応ですけど、あんまりここで戦わないほうがいいと思いますよ」
「なぜ」
「周囲の環境が乱れます」
傷無との対決では、それこそ剣による衝突はもちろん、魔力同士のぶつけ合いも行われていた。
全力でハナミガワがお仕置きすれば、そして、防御型のこの人がそれに耐えれば、「事件現場の状況」を破壊してしまう。
「ええと、アーバスさん? ここへは何をしに?」
「へあ?」
なんかすっかり格を落としてる男に目線で伝える。
というか口元を布で覆ってるから目しか見えない。
だけど、せめて「殺人鬼に殺された被害者をもう一回ぶっ殺してそのアイテムを取りに来ました」とここで言うのは自殺行為だとは理解して欲しい。
むしろ言うべきことは逆。
探索者なら、機転を効かせるべきだ。
しばらくしてからハッと顔を上げ、わざとらしいくらいの大きな身振りで。
「も、もちろん!? 俺は、その、調査を!? 仇を取りたくてッ!?」
「先ほど、別の趣旨の事柄を言ってはいなかったか」
「こ、混乱してたんだ!」
剣士が一度剣を抜いた以上、そう簡単に収めることはできない。
あからさまに怪しくて、誤魔化していると丸わかりを相手にしては、特にそうだ。
だからこそ、ぼくは聞いた。
「なにか、この周辺で気付いたことはありませんでしたか?」
「へ、へ……!?」
「ぼくらより先に、ここへと来たんですよね? 何か普段と違うことは?」
「いや、俺、そもそもここ、そんなに知ら――」
す、とハナミガワの目線が細くなった。
剣の柄に手をかけた。
見かけ上はわからなかったけど、無茶苦茶に苛立っていた。
「ここからちょおっと離れたとこに住居みたいなところがあるが、そこに怪物がたくさんいる! なんか騒いでるっぽかったなあ!」
「なるほど、了承した」
殺傷の矛先は気軽に別へと向いた。
「今、ハナミガワさん、気が立ってるから逆らわない方がいいですよ」
「逆らったつもりねえよ」
うん、この人は、ただハナミガワさんの友達の物品を盗もうと来ただけだ。
その死を汚そうとしていると、まったく自覚できていないだけ。
言ったところで伝わらない。
「ハナミガワと戦いたがっていた傷無の想い」が失われたのは、つい先程のことだなんて理解されない。
けど、想いという一点において、本物となにも変わらない喪失だった。
「くそ、いいじゃねえか、ちょっとくらい……」
なので、この人に何も教えちゃいけない。
埋めた位置とか、絶対に伝えちゃ駄目だと脳裏に刻んだ。
帰るルートも変えたほうがいい。
「なんで一人なんだ?」
気にせずエマは聞いてるけど、できれば距離も取ったほうがいい。
「……関係ないだろ、お前らには」
「へー」
だってこのアーバスって人、きっとチームが解散して、お金が欲しくてたまらない状況だ。
+ + +
少し離れた場所に立てられたそこは、住居施設のようだった。
そこかしこがボロボロになっているのは、元からそうなのか、それとも「再現」が半端だからなのかはわからない。
だけれど、その内部では新年の宴会でもこうはならないだろうって大騒ぎが漏れていた。
「なんで、こんな近くなのに聞こえなかったんだろ」
「たぶん、結界……?」
「結界?」
「ほかから邪魔されたくない、入られたくない、って結界かな……」
すごく弱いけど、とライラは続けた。
たしかに「なんとなく行きたくないな」という雰囲気はあった。
敷地内に入るまでそれほど音は聞こえてなかった。
とても緩いものだけど、あの学校みたいに「内外を区別する」法則性があるのか。
「――」
ハナミガワの機嫌が更に急落下しているのがわかった。
「なに喜んでんだ、コイツら?」
「あー……」
内部はまだ見えないけど、それでも盛大な騒ぎは聞こえた。
悲鳴にも似たそれは、たぶん喜びの声だ。
ここに来たのは失敗だったかもしれない。
「ハナミガワさん、戻りましょう、ここにヒントは絶対ない」
ぼくの言葉は通じなかった。
たぶん、まだ冷静じゃなかった。
据わった目で、ライラに向けて頭を下げる。
「ライラと言ったか、どうか、ここを焼き払ってはもらえないだろうか」
「ふえ……!?」
「このような悪所はもはやいらぬ」
「お、おい? なんかわかんねえけど、やり過ぎじゃねえの?」
「灰燼に帰すべきだ」
気持ちはわかるけどね。
だって、宴会騒ぎしてる人たちは、たぶん「蝋棚傷無がいなくなったこと」を喜んでいた。
目の上のたんこぶ、圧倒的に強い指導者、気に食わない正論ばかりを言うような相手が消え失せたことに歓喜した。
この騒ぎは、上の都市でも似たようなことが行われている。
だから、ハナミガワがそれに苛立つのはわかる。
片腕を斬られたばっかりの人が暴れて回るよりは、ライラの炎で一気にやっちゃったほうがいいかもしれない。
犯人につながるヒントとかがあったとしても、今やってる宴会騒ぎでごちゃごちゃにされてるだろうし、本当にここは調査する価値とかない。
「ライラはどうしたい?」
それでも一応は、本人に聞いた。
「え、うん、燃やしたい……」
呼吸したい、と言うのと同じくらいの即答だった。
「んー」
ぼくらは住居の外から、騒ぎを聞いただけだ。
内部がどうなってるか、本当のところはわからない。
単純に奇声を上げる練習をしているだけかもしれない。
だけど、まあ、中にいるのは怪物だ。
ここは、ダンジョンによって生成された建物だ。
「じゃあ、いっか、燃やして」
「へへ、えへへへ……ふへへへ……」
杖を片手にくねくねしながら、それでも的確に触媒を揃えた。
とてもとても嬉しそうに。
ぼくから頼んで燃やす、というシチュエーションはめったに無い。
ライラのやる気が爆発的に上がった。
きっと燃焼温度にも影響する。
この周辺一帯は焼け野原になる。
それはもう、第一階層のとき以上の惨状になる。
それが直感的にわかった。
「エマ、どうしよう」
「なにがだ」
「ちょっとくらい火加減はしてね、って言えない雰囲気なんだけど」
ライラは鼻息荒く吟味している、きっと妥協なく火力を追求する。
下手したらクレーターとかできるかも。
「知らね」
「エマ!? ぼくら仲間! 友達! 悩み一緒!」
「リーダーは、ちょっとオレらを不用意に焚き付けすぎてるとこある、もうちょと加減してくれ」
「え、かなり抑えてるのに?」
「わかったリーダー、絶対にオレら以外の奴と喋るな、普通の会話とかすんな。確実に誤解させる」
「なんでっ!?」
本当に心当たりとかない。
なんとなくこういう方向性のこと望んでいるな、ってことをぼく自身の本心として伝えているだけだ。
「ああ、そうだ、そこの戦士」
「なんだ」
このリーダー、わかってねえ、みたいな視線で見るエマにハナミガワが喋りかけた。
「よければその人形も一緒に燃やしてしまわないか、それだけの対価は支払う、やはり一度は副葬品として使われたものは、そうすべきであると思うのだ」
「え、いや、これかなりの高級品だぜ? 都市で売ればそれこそかなりの額だ」
「む? むむ……?」
戸惑うハナミガワとエマを見て、それまでつまらなさそうにしていたアーバスが、あっけに取られたと思うと。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒ、ば、馬鹿だ、馬鹿がいるッ!」
指を指して笑い出した。
「おい、なんだよ」
「やっぱりお前ら初心者だ、なんもわかってねえ、馬鹿丸出しの素人だ!」
「それ、どういうこと?」
「それダンジョン産のアイテムだろうが、宝箱から出てきたもんだろうが」
「そ、そうだけど、それがどうしたんだよ」
「どうして、それが、まだ本物だって思ってんだ?」
「――」
「このダンジョンにあるもんが、この魔力ばっかでできた場所で発見されたもんが本物のわけねえだろ、バーカっ!」
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