43.墓荒らし

「さて、行こう」


そうして一区切りをつけた後に、当たり前のようにハナミガワが向かったのは元来た道じゃなかった。


「え、どこに」

「道場へ」

「まだ調べる意味って、ありますか?」


最初から行く予定だった西方向の場所でへと歩いていた。


「わからぬ」


疲れた様子ながら、それでも意思を曲げずに言う。


「だが、行かなければ、後悔することになる」


このダンジョンは、都市からの影響を受けている。

日々受け続けている。

その影響は更新される。


だから、犯人につながるような証拠が刻まれていたとしても、そのうちに消えてしまう。

ちょうど怪物が溶けて消えてしまうように、存在しなくなる。


調査するなら早いほうがいい。

引き返すなんてもってのほか。


けど、ハナミガワの体調は万全じゃなかった。

先程の戦いは、それほど軽いものではないし、その腕はついさっき繋げたばかりだ。

顔色だって、青白い。


エマは軽く手を広げた。


「なあ、無理してねえか?」

「無論しているとも」

「自覚あんのかよ。じゃあオレらが代わりに調べるってのは――ダメか。意味がねえ」

「ああ、残念ながらその通りだ」

「え、どうして?」


当たり前のように納得しないで欲しい。


「リーダー、オレもだけどよ、もともとの道場の様子とかわかんねえだろ、違和感があっても気づけねえ」

「あー、そっか」

「故に、小生が向かわなければならない」


調査、って面ではぼくらは役立たずだった。


ハナミガワは立ち止まり、振り返るように見た。


「だが、そこのまじない師殿には、小生にもわからぬものの知見が得れるのでは、と期待している」

「ふえ……?」


何気に「ここにいるのは空気ですよ」モードを取っていたライラはキョトンとした。


「あ、あたし……?」

「あ、たしかに、ぼくらにもわからない魔力的な把握ができそう」

「おお、期待してんぜ! こういうときの魔術担当だよな!」

「うむ、第一階層を焼失させた件は小生も聞き及んでいる、たしかな実力者であろう」

「……き、期待が、期待が重い……っ!?」


涙目で後退りしていたので、手を繋いだ。

確保した、とも言う。


「リーダー……? なんでそんなに笑顔なの……?」

「ぼくは二人の担当だからね」

「あ!? に、逃げないようにされた……!?」

「ほら、行くよー」

「うぅ……」


ずるずると引きずるように向かう。

ライラは病院につれていかれる子供みたいな風情だけれど、ここは心を鬼にしなければならない。


「空気でいたかった……」

「駄目、活躍して」

「なんで……?」

「え、自慢したいから」


ライラはすごい魔術師だと思う。

火炎破滅願望って部分を別にすれば、割とこのダンジョンでも上位の攻撃力の持ち主だ。


「このチームはすごいんだ、っていう自慢に付き合って欲しい。ごめんね?」

「むぅ……」

「実際、ライラは可愛いし凄いし、もっと前に出ていいと思うよ」

「むぅ、むうう……」

「あ、でも、キツくなったら言ってね、さすがに無理させたくない。単純に、ぼくが自慢したいだけだし」

「むむむううう……」

「ねえ、なんでさっきからぼくのことを詐欺師みたいに見てるの? あとそれ痛い」


ライラは唇を尖らせて、すごく不満そうにぼくの手の甲をつねってた。

確保状態からの脱出のためというより、意思表示だった。


「エマ……」

「なんだ?」

「リーダーは、すごく悪い男だと、たまに思う……」

「奇遇だな、同感だ」

「なんで!?」

「自覚がねえところが、なおさらタチ悪いんだよな」

「ん……っ」


意味不明なことを言われた。

なぜかハナミガワは関わり合いになりたくなさそうに離れていた。



 + + +



ようやくのように道場についた。

それは毒々しくも禍々しい、広々とした場所だった。


ぼくが知っている道場って言えば、結構大きい家のことを指すけど、ここはどっちかって言えば広場だった。

上の方に雨を防ぐための簡易的な屋根があるけど、あくまでも「雨を防ぐため」って以上の意味はなさそうだったし、場合によっては取って外せるよう、簡易的な構造をしてた。


しっかりとした門はあるし、きちんと清掃されている様子もあるけれど、いわゆる道場と決定的に違うのは、地面に大きな岩がごろごろと転がっている箇所があったり、階段状の場所があったり、馬房があったりすることだ。


練習場というよりは、「実戦シミュレート場」って印象だ。

足場の悪い場所や、上下に段差のある場所でどう戦うかを訓練する。


ときには馬を使っての練習もしていたのかもしれない。

小規模な軍事練習場って雰囲気すらあった。


本来であれば完全に静かな、あるいは怪物の類が発生しているようなそこに――


「あ」

「お」


先客がいた。


こそ泥のようにコソコソとした動きは、たぶん練習場内部に発生している怪物の視線から外れるためだ。

中腰で足音を殺してながら移動し、主に地面を探してる。

ご丁寧に泥棒っぽく口元を黒い布で隠してた。


「なんで、お前ら……」


以前にカツアゲをしようとして失敗し、ぼくらと取引の後に潰そうとして失敗し、撃退された人だった。

四人でチームを組んでいたはずだけれど、なぜか今は一人だ。


「なるほど、よくある手合だ」


だけれど、ハナミガワは納得した。


「墓荒らしか」


言って、剣を抜いた。

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