42.検証と鎮魂
鋭利な切断面を晒すハナミガワの傷は、引っ付けて薬をかけることで仮につなげることができた。
魔力の満ちる場所だからこその回復だった。
しばらくの間は動かすことができないだろうけど、きっとそのうちに元のように戻ると思う。
「……」
ハナミガワは、喋らなかった。
ただ倒れ伏した友達を見ていた。
「すいません」
「なにがだ?」
「ぼくらは、役に立てませんでした」
「否」
言葉少なに、けれど断じた。
「かの者の死を見届けるものが必要だった」
そうなのかな、と思う。
きっと本当は、二人きりでやり合いたかったんじゃないかな。
彼らだけの、二人だけの語り合いをぼくらが邪魔してしまった形だ。
けど、余計なことを言うのは止めた。
「これから、どうしましょうか、手がかりは失われましたが」
「調べるぞ」
「え」
その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「傷無は怪物化した、そのように化したあり方に、残されているかもしれない、犯人の痕跡が」
血を吐くような言葉だった。
先ほど、「殺人鬼に殺されたのではなく、あなたに殺されたのだ」と傷無は述べた。
半ば遺言のようなそれを、ハナミガワは踏みにじらなければならなかった。
犯人を探すために。
「ぼくらが調べます、完全にではないかもしれませんが」
「だが――」
「友の死を悼む時間くらいは、必要です」
ぼくはハナミガワを見つめる。
明らかに無理をした様子があった。
少なくとも、冷静に調べることはできないと思えた。
エマも、心配を瞳に浮かべながら言った。
「オレらは、死者を辱めるようなことはしねえ、その程度は信頼してくれねえか? 模擬戦とはいえ戦った仲だよな」
模擬とはいえ命がけだった。
それも三人がかりの命がけだ。
「そうか、そうだな……」
ハナミガワは何度かまばたきし。
「すまない、頼む」
そう頭を下げた。
+ + +
このダンジョンにおける怪物は、徐々に融解するように消えていく。
とはいえ、その期間はそれなりにある。
怪物の強さにもよるけど、半日程度は持つはずだった。
だから、それほど慌てず口元の裂けた様子を調べることができた。
とはいえ、ぼくは表のわかる部分だけを調べ、服下になにか痕跡が残されていないかどうかは二人に任せるつもりだった。
さすがにプロでもないのに人の裸をまじまじと見るのは駄目だと思う。
誰も気にしないだろうけど、やってはいけないと判断した。
ハナミガワは離れた場所で座っている。
背を向けて目を閉じ、正座の姿勢だった。
冷静ではない、心が様々に揺らめいている様子が、なんとなくわかった。
できるだけ短く済ませたいと思いながら、ぼくはその口の様子を確かめる。
「んー……」
わかることは、当たり前だけど、少ない。
「これが傷跡だとしたら、犯人、相当だね」
こんな程度のことくらいだ。
「だろうな、少なくともオレじゃ無理だ、真正面からの傷で、不意打ちですらねえよな、これ」
唇を大きく広げるような傷は、よくよく見れば、歯の一部ですらも切断されていた。
おそらくだけど、真正面から脊髄を断つ攻撃を、後ろに下がることで避けた。
さっきの戦いを見ていると、ちょっと信じられない。
あんな動きと攻撃ができるような人が、一方的に倒されるのか?
あ、いや、違うか――
「被害現場は地上だから、あんな超人的な動きはできない。あくまでも常識レベル内での強い人だ」
「そうは言ってもすげえ強いんだろうけどな」
「犯人、どんな剣の達人なんだろ」
「え、ちがうよ……?」
「なにが?」
ライラは気づいてなかったのかというように。
「これ、魔術の傷……風の刃で、切断されてる……」
そんな、信じがたいことを言った。
「え?」
「なあ、この人が殺された場所って、上だよな?」
「じゃないと、怪物化してここにいない」
魔術はマイナーだ。
大気魔力を変質させる関係上、地上では見かける機会すらあまりない。
手品の類、高レベルの戦闘では役に立たないもの、時間と準備をかけてようやく罠として作動できるもの――それが地上における魔術だった。
「けど、これ……あたしがここで、この第二階層で、中級風魔法を使ったくらいの、威力……」
ますます信じられなかった。
「なにかすっごい希少な魔術触媒を使った?」
「……わかんない」
犯人は「連続殺人鬼」だ。
傷無さんは「誰かをかばうために犯人と戦った」と言った。
あくまでも遭遇戦で、犯人がわざわざ傷無さんを狙ったわけじゃなかった。
とっさの切り替えとかできないはずだ。
希少な触媒を、強さとかで区別せずに使ってた?
それはさすがに大盤振る舞いすぎだ。
そもそも、懐からその触媒を取り出し、相手に向けて消費し、呪文を唱える。
そんな暇があれば、相手の魔法行動を阻害し、場合によっては命脈を断つ行動を取れる――それは、ぼくにすら可能な対処だった。
傷無さん相手に通じるとは思えない。
「ライラは、どうしてこれが魔術攻撃の跡だって思ったの?」
「ん、見て……?」
間近に促された。
「キレイに切断されてるように見えるけど……肌に細かいキズが、本当にちいさな跡がついてる……これ、風刃特有のもの、動き続ける風の引き裂く攻撃、鉄の刃じゃ、こうならない……」
「あ、マジだ。傷跡だけを見すぎてたか」
「殺人鬼は魔術師、ってことでいいの?」
「たぶん……?」
「そこで弱気にならないでよ」
「どうやったら、地上でこんな威力の魔術を使えるか、わかんない……」
「そっか――」
そこが根本の問題だった。
これがダンジョン内なら不思議じゃない。
それだけの大気魔力が満ちている。
けれど上は、そうもいかない。
第一階層と第二階層でも明確な違いがあるくらいだ。本当に雲泥の差になる。
「一応、他にも傷とか痕跡がないかどうか見て、ぼくはハナミガワさんのところで待ってる」
「気にし過ぎじゃね?」
「怪物化したとはいえ、できれば丁寧に扱いたい、それだけ凄い人だったよ、きっと」
「うん……すごく、とっても、良かった……」
ライラはどこか羨ましそうに続けた。
「あんな風に、あたしも、燃えたい……」
ある意味、それはライラにとっての最大の賛辞だった。
その生き様を炎と同じレベルだと見た。
「なら、オレも敬意を評しとく」
言ってエマは袋から人形を取り出した。
「なんだっけ、それパナなんとかっていう」
「パナッテイルな、これ、死者を弔う副葬品が元だ。さすがに一緒に埋められねえが、飾っとく」
「そっか」
「ん」
なんとなく厳粛な気持ちになり、ぼくらはしばし黙想した。
たぶん、今じゃなくて最初にすべきだった。
ちょっと遅すぎだと思いながら、それでもその安寧を祈った。
+ + +
「どうだろうか」
「ええ、いくつかわかりました」
ぼくはハナミガワに分かったことを伝えた。
犯人は魔術師の可能性が高いこと、おそらく蝋棚傷無は一撃では倒されていなかったことなどを。
「そうか」
「犯人は、地上でここ第二階層における中級魔術と同威力のものを使えています、その手段に心当たりはありませんか?」
「ない、だが、ある」
「どっちですか、それ」
「可能であるかもしれない場所を、知っている」
「場所?」
ハナミガワは正座の格好で座り、ぼくは立っていた。
だから見上げるような視線とぶつかりあった。
そこには、とても複雑な色が揺れていた。
「エルシェント校という場所がある、魔術師を養成するための、専門機関だ」
死神、堕ちた魔術師、巨体の怪物二体、それらが思い浮かんだ。
「あの専門機関であれば、その手段があるかもしれぬ」
ぼくはあの学校について詳しいわけじゃない。
行ったのはあくまでもダンジョンだ、そこで出会ったのは本物の影のようなものだ。
だけど、それができるかどうかでいえば、きっと可能だった。
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