40.想い
その建物は、この場所からもよくよく見ればわかるくらいの距離にあった。
その間には何も無いから、遠くからでもわかる。
うっすらと、四角いのが建っていた。
話を聞いたからかもしれないけど、どこか禍々しい雰囲気を醸し出している。
「確認しますよ」
「うむ」
「ハナミガワさんは、あくまでもそれが「知り合いが怪物化した姿」かどうかの判定だけをしてもらいます。下手に剣も抜かないでください」
「…………了承した」
「今なんでちょっと葛藤したんですか? どうして間があったんですか? いえ、ともかく話し合いや聞き取りは、こちらで行います」
「危険があれば助けよう、ああ、決して君等を危険に晒すことはない」
「何気にそういう危機を期待してません? いえ、ともかく、平和的に聞き込み調査をする、これが大前提です」
「――うむ」
剣の様子を確かめ、腕を組んで葛藤し、それからようやくのように頷いた。
大丈夫なのかな。
「今更ですが、その人、どういう人なんですか?」
「ライバルだ」
「いえ、立場や人となりです」
「ふむ……」
しばし考え。
「一言で述べるのなら、楚々とした人物であった。相争うものであってもかの者の前であれば思わず居住まいを正した。何を言うでもなく、自然と周囲をそうさせた。師範代の地位にあり、その実力はたしかであったが、決して驕らず、研鑽を続けた。小生が心より敬服するものの一人だ」
なんとなく少し年上かな、くらいに思ってたけど、このハナミガワって人、割ともっと年上かも。
師範代できるくらいの人を、まったく同格の人みたいに扱ってる。
「蝋棚傷無(ろうほう・きずな)という名であったか、東洋より来たそのものに傷をつけることは誰も叶わず、代わりに周囲の人々を血達磨へと変えた」
「ん?」
なんか風向きが変わった。
「小生との出会いは偶然ではあったが、決して忘れられぬ。三日三晩に渡って斬り合いを続けた。ただ一目合うなり殺し合った。互いに誰であるか、どのような者か、そんなことは些事であった。何をしても殺せぬものが、そのような相手がいた――あれほど幸福な時間を小生は知らぬ……」
「それ、いいな」
「ごめん、わからない」
「完全燃焼、いい……」
「まさかの少数派」
ハナミガワの語るそれになぜか二人共頷いてた。
「傷無は小生の友である、と言いたいところではあるが。確認もせず断ずるのは傲慢に過ぎると思えた。偶然に出会い、必然として殺し合った。ならば、いつしかまた偶然に出会い、酒を酌み交わし、きちんと語り合おう、そう想い定めるうちに、事件が起きた……」
本当に後悔しているようで、足を止めてうつむいた。
「まったくもって慚愧に堪えぬ。運命に任せるなどしてはならなかった。どれほどの後悔をしても足りることはない」
ついでに剣のグリップに手をかけた。
下を向いた顔に笑みが浮かんだ。
「だが、これは、この小生の想いは――」
「!? 退避しろ!」
「っ!」
ぼくはライラを抱えながらその場を離れる。
エマも反対方向に飛び退いた。
ただの道、なにもないはずの地点、だけれど――
「どうやら、小生の一方通行ではなかったようだ……ッ!」
高く、金属音が鳴り響いた。
巨大な鉄塊同士が衝突したと思えたそれは、実のところ剣と日本刀とがぶつかった音だった。
いつの間にやら、着流しを着た人――いや怪物が、ハナミガワと鍔迫り合いをしていた。
頬が裂けているかと思えるほどの凶悪な笑みを浮かべ、怪物が全身から凶悪な歓喜を振りまいた。
細く、けれど筋張った手首が、その内部からギチギチと音を立てて強化される様子がわかる。
「ふぅッ!」
「あは……!」
間近で確かめるようにハナミガワを睨みつけていた。
楚々としたとかそんな要素完全皆無だった。
「クソ、そっちから来んのかよ……っ!」
エマの、その言葉で気づく。
そうだ、ハナミガワと同等の戦闘狂であれば、「怪物した被害者」から襲ってくることだって想定してなきゃいけなかった。
仮にハナミガワが怪物化したら、そうする。
強者、それも生きている間に決着をつけれなかった相手なんて目にすれば一目散に駆けていく。
一切の枷が外され、対面や面子など何も気にせずに済む立場となったことに歓喜し、駆ける。
それは、ハナミガワの気の合う友達であり――「怪物化した蝋棚傷無」も同じだった。
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