38.魔力譲渡

目的は都市部で出た連続殺人鬼の犯人探し。

手段は怪物化した被害者への聞き取り。


現実の事件現場の周辺で聞き込みしても上手く行かないことが多い。

なのにこれから「怪物化した被害者」から手がかりをつかもうとしている。


やってることが遠すぎるというか、危険ばっかり多くて上手くいくとは思えないけど、それでもぼくらは出発した。


ハナミガワとは第二階層で合流する手はずで、付近にいない。

ぼくらだけで第一階層へと向かことになった。


「ついて来てくれてもいいんじゃねえの? わりとケチだよな」

「たぶん、そうじゃないよ、むしろ逆」

「どういう意味だ?」

「これ「合流する」ってこと自体がヒントで、ぼくらへの報酬のひとつだ」


前みたいに、第一階層を一緒に通るのと違って、第二階層からハナミガワは来る。

その「来る方向」そのものが情報だ。

向こうからこっそりそれを教えてた。


「つっても、いままで他に出てきた奴らとか見たことねえけど」

「あのカツアゲ集団くらいだね、まあ、わかったらいいなくらいかも」

「第一階層も、なんだかんだ言って割とダルいんだけどなあ」


こういう会話は触手ミミズを狩りながらだった。

赤い舌を伸ばして来るより先に斬り裂くし、叩き潰す。


狭い洞窟はもうぼくらの庭のようなものだった。


「……うぅ、歩くの、嫌……」


とはいえ、その庭の移動ですらも魔術師にとっては困難だ。

そこそこ体力がついたっぽいけど、それでもまだライラは貧弱側にいた。


「ライラって、魔力の取り込みあんま上手くないよね」

「意味わかんない……魔力って……燃やすものなのに……」

「オレもそこまでわかんねえけど、こう、魔力に触れてるとなんとなく分かったりしねえか?」

「燃えやすいかどうか……?」

「いや、可燃性の話はしてねえ」


これ、魔力をどう見てるか、ってことでもあるのかも。

ぼくにとっては取り込むもので、エマにとっては操るもので、ライラにとっては燃やすものだった。


「んー……」

「あ、リーダーがまた悪巧みしてんな」

「人聞き悪くない?」

「疲れぅ……」


この先、きっと歩く距離は伸びる。

第二階層を拠点にすれば、あの広大な広さを歩かなきゃいけない。


魔力の取り込みは、必須技能だ。

体力の底上げをする手段は持っておかなきゃいけない。


すぐに完全修得ってわけにはいかないけど、きっかけくらいは必要だ。

どうやれば、魔力を内側に取り込むか、それは――


「ライラ」

「……なに?」

「ぼくのこと好き?」

「え、うん……」

「なに言ってんだ?」

「ライラから見て、ぼくらって燃えてる?」

「ぼうぼうと、めらめら……?」


擬音表現でわかりにくいけど、たぶん炎側に属しているらしい。


「じゃ、いいよね」

「……? えッ……ッ!?」


なのでぼくは第一階層の魔力を吸い込んだ後、ぐいっとライラの頭を掴んでその口へと魔力を送り込んだ。

暴れようとするけどロックした頭部は動かさない、そのまま「ぼくの魔力」を送り込む。


その肺いっぱいに満たしてやる。

なんか「ん゛ー!?」って叫びが伝わるけど、発声とかせず吸い込んで欲しい。


「お、おい!?」


エマがなんか慌ててた。

ぼくとしてはそんな場合じゃない。


目を閉じ、長く長く息を出す。

心を込めてただ吹き込む。

気分としては、ぼく自身の命ですらも伝えるつもりで、魔力を移す。


暴れてた力がだんだんと弱まる。

ぼくの両手をつかんでいたものが外れて、力なく押すような形になる。


うん、けど我慢して欲しい。


実際の時間としてはそこまでじゃなかったはず。

ぷは、と口を離したら、なんかすごく涙目のライラに睨まれた。


「え、伝わらなかった?」

「う……う……」

「ほら、今、魔力がライラの内部に入り込んだよね、それが、ぼくの魔力だ、感じ取って、ちゃんと吸収すれば――」

「なにやってんだよこのボケリーダーッ!」


なぜかスパンとエマに叩かれた。


「なにすんの!?」

「それオレらのセリフだからなっ!」

「すん……すん…………」

「え、え!? なんでライラ泣いてるの!? どこか痛かった?! あ、魔力的な齟齬とか起きた!? そっか、そうだ、その確認すべきだった、ごめんっ!」

「色々ズレてんだよ!」

「どこが!?」

「お前の村じゃキスとか無かったのかよ!?」

「え、知ってる、挨拶でしょ。この辺じゃあんまりしないみたいだけど」

「おいいい!?」

「そっか、普段からもっとちゃんとしないと駄目だったか」

「リーダー……」


いろいろと反省していると、ライラが涙目でぼくを見てた。


「なに?」

「エマにも、その挨拶、やって……」

「ライラ、おいライラ!?」

「あたしたち、友達、だよね……?」

「お前それ絶対自分だけが被害にあったのが嫌なだけだよな!?」

「そっか、たしかにエマも訓練としてやっていいよね」

「近づくなリーダーっ!」

「え、嫌?」

「そういう顔すんなよ!」

「……三人、いっしょ……」

「ライラも、今は近づくな!」


じりじりと近づくぼくらを、なぜかエマは敵を相手にするかのように警戒した。


「ふふ、ふふふ……」

「ええと、よく分かってないんだけど、そんなに嫌なら別に――」

「リーダー……?」


ライラにぐっと腕を掴まれた。

え、力が強い!?


「エマ……」

「おい、おい!? てめ、なんだよそのパワフルさ!?」


エマの腕も掴みながら、とても優しい、慈愛に満ちた笑みでライラはぼくに言った。


「やれ」


有無を言わさぬ雰囲気があった。

エマは涙目で振りほどこうとしてるけど叶わない。


「ええと、体力の賦活が、上手く行ってよかったね?」

「言ってる場合かよ!? ライラにパワーまで加えたら暴走するに決まってんだろ!」

「あ……ひょっとして、二人は今、逃げられない……?」


ぽつりと言ったライラの言葉は、なぜかダンジョン内で大きく響いた。


「ライラ、落ち着いて! なんか気づいちゃいけないことに気づいてない!?」

「もしかしなくてもオレ今すげー余計なこと言った!?」

「ああ……ありがと……そういうことだったんだ……」

「違うよ!? なんか本当の気持ち分かってくれてたんだね的な目で見らてるけど違うからね! さっきのは単純に魔力譲渡してやり方を知る切っ掛けにしたかっただけで、集団焼身自殺の遠回しの要求じゃないから!」

「馬鹿リーダー! とにかくライラのこと止めろよ!」

「今ぼく全身全霊で魔力を渡したばっかり! 体力ない!」

「詰んでんじゃねえか!?」

「ユハの灰よ……太古の怪物、水辺の悪魔、その果てにあるは――」

「ライラ呪文を唱えないで!」

「この班、暴走するやつしか居ねのかよ!」

「ええ、ああ、もう!」


結局、もう一回ライラから魔力を奪った。

与えるのとは逆のルート。

必死だった。


その後で冷静にはなってくれた。

どうやら、「体内に魔力を取り入れる」って行為は、慣れてないとハイになってしまうらしい。


「ごめんなさい……」


さすがに反省もした。


「ちゃんと皆で、準備してからじゃないと駄目だよね……」


ただ、なんか反省の方向性がズレてた気もする。


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